第7話 友達と同じ人を好きになったらどうする?

 去年、一年生の時ホテル客室清掃実習で、初日にいろいろと説明してくれた人がフロントマンの篠山さん。アラサーの大人の男の人で、ホテルのフロントマンらしく隙のない身だしなみに、丁寧な物腰、感じのいい笑顔。優しい口調で話しかけられると女子校の私たち一年生は一発で舞い上がってしまった。


「篠山さんって素敵ねえ、奥さんか彼女いるのかしら。指輪してないから結婚してないよね。」


「ちょっと佐智ったら、私だって篠山さんのこといいなあって思ったんだからね。」


「メグのものじゃないでしょ!ずっと前から好きだったわけじゃない、今日から同時に気になったんだから、お互い遠慮することはないじゃん。」


「ちょっと、二人とも声が大きいわ、部屋の外まで聞こえるわよ。」


「ねえ、ゆかりん、友達と同じ人を好きになったら、どうする?」


「えっ、友達と同じ人を好きになったら…。」


「ゆかりんって友達に気を使って黙って身を引くタイプよね。それで応援までしちゃうの。」


「まあ、自分が身を引くか、友達に引いてもらうか、正々堂々あるいはずるい手を使って戦うかのどれかよね。メグ、聞くまでもないけど、どれにする?」


「「もちろん戦うわ!」」


「ゆかりんも?!マジで?」


「だって篠山さん、素敵だったもの。」


「どっちにしろ篠山さんは私を選ぶわ。メグ、ゆかりん、そうなっても友達よ。」


「ふっ、笑わせないでよ佐智。そのセリフそっくりお返しするわ。大層な自信の根拠は一体どこから湧いてくるのかしら。」


「二人ともやめて!私の篠山さんに対してそんな醜い争いは迷惑だわ。」


「「ゆかりん、よく言ったわね。手加減しないから!」」


 私と佐智とゆかりんによる恋のバトルが幕を開けたが、すぐにレフリーが登場した。ノックの音がして当時二年の泉先輩が現れたのだ。


「一年生は元気ねえ。外まで声が聞こえたわよ。」


「泉先輩、すみません。ちょっと盛り上がっちゃって。」


「盛り上がるのはいいけど、もう少し静かにね、あっそうだ部長から注意しといてって言われたのを忘れてたわ。」


 泉先輩は部屋に入ってきてベッドに座る。


「ホテルってフロントマンとか、素敵に見える男の人がたくさんいるけど、騒ぎにならないようにね。何かあったら来年から合宿ができなくなってしまうから。」


「「「えーそんな!」」」

 

「なんなの、あなたたち。」


「だって篠山さんとか、すごくかっこよくて……。」


「ああ、あの人?あの人はやめたほうがいいわよ。掃除のパートのおばちゃんが言ってたけど、宿直室の都合か知らないけど、たまにホテルの人がスイートやキングの部屋に泊まることがあるのよ。その時あの人、彼女か商売の女かを連れ込んでるって話よ。女じゃなくて男かもしれないけど。」


「パートのおばちゃんはチェックイン前に帰っちゃうじゃないですか、なんでそんなこと知ってるんですか。」


「おばちゃんたちくらいになると、その部屋に何人泊ったか、男か女か、掃除するとき大体わかるんですって。一回ではわからなくても、何回も同じ人が使った部屋を掃除すると、一人じゃなかったなってわかるらしいわよ。そうそう、トイレのにおいで糖尿病って当てられるおばちゃ……。」


「「「うわーん!」」」


 こうして友達と同じ人を好きになったら問題はあっけなく幕を閉じた。

 むやみに突っ走らなくてよかった。


「こうなったら篠山さんには男を連れ込んでいてほしいわ。」


「わかる、ゆかりん。それなら気持ちよく諦められるから。」


 

◇◇◇◇

「そういうことが去年あったのよ。ホテルで働いている人を想うのは諦めて、来年の一年生に注意して頂戴ね。」


「優は篠山さんのこといいって思わなかったんだよね。」


「メグったら…、フロントマンってお客様に愛想よくしまくってる職業だから、本当はどんな人かわかりづらくて苦手なのよ。私もっと素朴な人がいいわ。」


「それよりアレが出るってこと言っといたほうがいいんじゃないの、優。」


 佐智が意味ありげに笑った。


「何ですか、アレって。」


「芦谷ちゃん、ホテルや旅館で、でるものでアレって言ったらアレしかないでしょう。」


「メグ先輩、その不気味な顔、もしかしてお化けがでるんですか。」


「川西ちゃん、不気味な顔って何よ。」


「メグ、不気味だったよ。そう、出るのよ。この世のものではないものが…。」


「「「ギャー!」」」

 

「佐智ったら、いい加減にしなさいよ。でも心配しないで。夜には出ないっていうか、昼にしか出ないのよ。」


「昼間に?」


「このホテル、出るって話はお客様からは聞かないの。ただ、掃除のおばちゃんが、誰もいないはずの非常階段から音が聞こえたとか、連泊中のお客様もいないのに廊下に人の気配がしたとか、それくらいよ。」


「優先輩、どうしたらいいんですか。何か対策は?」


「別に気が付かないふりをして放っておけばいいわよ。生物は子孫が繁栄するのを望むもの。先に死んだ人が生きている人を祟るとかありえないわ。」


「優先輩は霊とか信じてないんですか。」


「いるとは思うけれど…それが?ってとこかしら。」


「私は見たことないから信じないよー。」


「メグは単純でいいわね。あ、これ褒めてるのよ。」


 見えないほうが幸せって、私はわかっていなかった……。

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