第5話 呪う力とは?

 大まかなことを言うと祈りの一部だが、他人の不幸を願うことを『呪う』という。ちょっと怪我をすればいいというものから、相手の死を願うものまで呪う力はまちまちだが、心で思うだけ、陰でこっそりと口に出す(失敗しろ等)、行動を起こす(丑三つ時に神社で藁人形に五寸釘を打ち付ける等)、相手に直接呪いの言葉を投げつける(死ね等の暴言)と段階を踏むほど呪う力は強くなる。

 呪いは相手の防御する力が強く届かないことが多いが、呪う力が強いとマイナスエネルギーを取り込み、呪いが成就する。その場合は呪った本人が体調を崩す、メンタルを病む等のなんらかの代償を払うことになる。



「弓道部が呪われてる?泉、本気で言ってるの?」


『くのいち』の呼び出しから戻ってきた泉先輩を有馬先輩と三年生の先輩たちが何の話だったかと寄っていき、穏やかでないセリフが聞こえ二年生もぎくりとする。


「有馬の言いたいことはわかるわ。これは全員で取り組むから二年生と一年生も集合して。」


 珍しく厳しい顔をした泉先輩を部員全員で取り囲んだ。


「実は弓道部のエース、古市さんが呪われているらしいの。練習と試合の的中率が全然違ってね。初めは試合の緊張か、自分の調子が悪いのかと色々考えたらしいけど、毎回弦が切れたり、一瞬気分が悪くなったりどうもおかしいって『くのいち』に相談して去年から調べていたの。やっと内部の仕業じゃなくて、対戦校の呪いだと推定したところ。人手不足で私たち、お掃除部に援軍の要請が来たってわけよ。」


「私たちお掃除部は何をしたらいいの?」


「来週の土曜日に弓道部の大事な試合があるわ。応援に来たというていで古市さんを守るのよ。」


「先輩、どうやって守るんですか?私たちにお掃除以外に何ができるのかしら。」


 優が、私の聞きたいことをズバリと聞いてくれる。


「とりあえず弓道部の練習を見て、対策を立てましょう。」



 弓道部はいつも自分たちで練習の始めと終わりに念入りに掃除をしていてお掃除部に依頼が来たことはない。的を立てる安土あづちという土の手入れも、やり方があって勝手に触ることはできない。


「優、どう?なにか感じる?」


「場所も清められているし、弓道部の人から嫌な気配は感じないわ。少し動揺しているようだけど。」


「そりゃあ紺の三角巾、お掃除部が全員で練習を覗いていたら何事かと思うわよ、ねえ佐智。」


「あの古市さん、上手いわね。矢の刺さっているところが集中しているし、ゆるぎないというか、凛としているというか、メグとは大違い。」


「おしゃべりしないのよ、佐智さん。でも、古市さんと恵さんは体つきが似ているわね。……使えそうだわ。」



 試合当日。


「泉先輩、確かに私はセミロングで中肉中背で、クラスに五人くらいいそうな平凡な人間ですが、私で大丈夫ですか?」


 三年生の先輩二人とゆかりんと私は借りた予備の弓道着と、袴は予備がなくて剣道部の袴で弓道部員に紛れ込んでいた。髪はうなじのところで一つにまとめて結んでいる。あとのお掃除部員は制服姿。

 弓道着はどこの高校も同じなので上手いこと影武者に成りすますことができた。


「入部したばかりの一年生に危険なことは、いえ難しいことはさせられないでしょ。もう少し姿勢をよくして、恵さん。このマスクもしておいて。」


 弓道部に紛れ込む四人のミッションはターゲットの古市さんの周りをうろちょろして呪いをかけられないように影武者の役をすること。


「もし間違って私が呪われたらどうしよう、優。」


「大丈夫よ、メグが呪われても的に矢が当たらなくなるだけでしょう?何か困ること、あるの?」


「ない。」


「ならいいじゃない。」


「おしゃべりはそこまで。制服組は呪いそうな人をさり気なくチェックして、何かあったら私か有馬に報告。影武者組は弓道部員に紛れ込んで古市さんをガードして。生徒会くのいちも来てるから今日決着がつくと思うわ。」


「『くのいち』が来ているんですか?全然わからなかったわ。」


 ゆかりんが驚いたように言うが、私もびっくりした。

 いったいどこにいるんだろう。


 古市さんはじめ、弓道部員は影武者のことを知っているので、私たちが紛れてこそこそしていても平気な顔をしている。弓を引くとき以外、今日はなるべく皆さんにマスクをしてもらっているので、ほかの弓道部員も影武者になっている。

 予選は順調で、古市さんはビシバシ的中させて楽々通過した。


「あ、トイレ行きたい。」


 はかまがネックでひとりで行けるのか……。

 そこへ戻ってきた古市さんが笑いながら声をかけてくれた。


「トイレなら私も行くから一緒に行きましょう。袴で困ってるんでしょ。」


「すみません。よろしくお願いします。」


 袴はズボンのような形で一度脱がないといけない。

 女子トイレ入ってすぐのところで袴を脱いで、個室で用を足したら古市さんにもう一度装着させてもらう。

 スカート型の袴もあるって古市さんの話だけど、女子はそのほうがいいよ。


「私もすぐ済ますから、外で待ってて。」


 すっきりした気持ちで女子トイレから一歩出たところを誰かと肩がぶつかる。


「ごめんなさい!」


 私は謝ったのに、相手はそのまま行ってしまった。なによ、感じ悪いわね。

 ぷんぷんしているとすぐに古市さんはトイレから出てきた。


「お待たせ、決勝の前にトイレに行けてよかったわ。」



 そして試合は古市さんの圧勝で、個人も団体戦も優勝した……。



「今日は呪われなかったのかな?せっかく影武者したのに。」


「全くメグは……。」


 佐智が呆れたように言う。


「呪われたわよ、メグがね。」


「えっ、私?」


「あなた、右肩あたりをぶつけられなかった?嫌な気配がするわ。」


「優、何で知ってるの。トイレ出たところで知らない人とぶつかったよ。」


「古市さんと間違えられたってわけね。フフフ、作戦が成功したわ。よくやったわね、恵さん。」


「泉先輩!私が呪われたのは構いませんが犯人が分からなくては意味がないんじゃないですか?毎回試合の度に影武者をするんですか?」


「『くのいち』から連絡が来て、そっちは無事に決着がついたわ。犯人はしらばっくれたけど、今までの呪いを全て返すとどうなるかしらって脅したそうよ。その人の最後の矢の時に弦が切れたから(切れるときは切れるが、しょっちゅう切れるものではない)もうやらないんじゃないかしら。」


 おそるべし『くのいち』。

 生徒会役員選挙で選んでいるから顔も名前もわかっているのに、この気配の消し方。味方なら頼もしいが敵に回すと…ってやつだ。


「ああ、恵さん。一応今日は念入りに入浴して穢れを清めたほうがいいわね。はい、この入浴剤、私のお気に入りなの。」


 なんか一日気疲れしてこの入浴剤が有難い。役に立ったのはうれしいけど、いいところは『くのいち』に持ってかれた気がするよ…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る