3-1


【3】



 目覚める瞬間しゅんかんいやな感じがした。


 ――痛い。


 ずきん、ずきん、とのどの奥に痛みが広がっていく。体がだるくて頭が重い。


 ――風邪かぜかな。どうしよう……急がなきゃいけないのに。


 ただでさえ、昨日きのう襲撃しゅうげきでルートをれているのだ。今日は休憩きゅうけいなしで歩いて距離きょりかせがなければ、三日以内に王都に着くことはできない。薬も持ってきていないし、とにかく悪化しないことを祈るしかなさそうだ。

 隣で大きな欠伸あくびの声がして、そちらを見ると、ノアが猫のように伸びをしていた。


「おはよう~」

「おはようございます」


 話すと喉の奥がひりひりして、思わず顔をしかめる。


「どうしたの」

「何でしょうか」

「今、変な顔したでしょ」

「いえ、別に。何でもありません」

「何でもないことないでしょ」


 正面に回ってのぞき込まれ、サラは思わず両手でノアを突き飛ばした。


「うわっ!」


 ノアは呆気あっけにとられた顔でしりもちをついている。


 ――やっちゃった……。でも、うつしたら大変だし。


「ひどいなあ、何するのさ」

「私に近づかないでください」

「何で?」

「え? えーっと……嫌だからです」


 起き上がりかけたノアが、再び派手はでにすっ転んだ。


「何それ……。俺そんなきらわれてたんだ。ショックだな~」


 いじけた様子で地面に文字を書いている。


無駄話むだばなしをしているひまはありません。行きますよ」


 フォローする余裕もなく、サラはノアから離れて歩き出した。



「サラ、俺もう疲れたよー。休憩きゅうけいしよう」

「まだのぼりきってないのに、何言ってるんですか。水なら歩きながら飲んでください」


 また、いつ聖兵せいへいおそってくるとも限らない。見通しのいい道はけるべきだった。しかし見通しのいい道を避けるということは、ぬかるんでいたり、傾斜けいしゃがきつかったり、植物がおおしげる悪路を行かなければならないことを意味していた。


 ――絶対に、この人とレガリアを無事に王都へ送り届ける。


 まだ大して歩いていないのに息が上がる。背中がぐっしょりれているのは汗か冷や汗なのか、それすら分からなかった。なまりをつけられたように体が重い。


「サラ」


 振り向くと同時に、ひたいに手を押し当てられた。


っつ!!」


 ノアは自分の手と、サラの火照ほてった顔を見比べた。


「やっぱ熱あるじゃん!! 何で言わないの」

「熱なんてありません、ノア様の気のせいです」

うそつくなよ、めちゃめちゃ熱いじゃん」

「嘘じゃありません。これが私の平熱です」

「どこの世界に、こんな燃えるような平熱の人間がいるのさ。寒気は? 喉痛くない?」

「いいから、私に近寄らないでください」


 はあ、とノアは溜息ためいきをつくと、いきなりサラのこしを持ち上げ、自分の背中におぶった。


「ひゃっ!? 何するんですか」

「悪いけど、今は俺の言うことを聞いてもらうよ。確かに君はプロだけど、冷静な判断ができなくなってるからね」

「大丈夫ですから、降ろしてくださいっ」

「だーめ。まず大丈夫とか言ってる時点で、状況じょうきょう分かってないから」


 ノアは言うと、ずかずかと大股おおまたで歩き始めた。二人分の荷物を手に持って。


「方角だけ指示して。あとは寝てていいよ」

「お願いします、降ろしてください。ノア様にうつしたら大変なことに」

「何言ってるの、平熱なんでしょ? 風邪引いてないなら、俺にうつる心配なんてないよね」


 肩越しに振り向き、凶悪きょうあくな笑顔で言う。


 ――怒ってる……。


 どうやら完全にノアを怒らせてしまったらしい。断固として引く気はなさそうだ。

 サラは指先で方向を示すと、ノアの背中でぐったりと項垂うなだれた。


「……ごめんなさい」

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