2-2
とにかく時間がないということで、
サフィラスの周囲には
――本当は
森の
「何か、わくわくするね」
東の門をくぐり、広がる森に足を
サラは
――ピクニック気分なの?
アルシスは王位につくため、レガリアを狙っている。ノアがレガリアを持っていると知れば、刺客は
なのにノアときたら、町から離れれば離れるほど
「ノア様」
「ノアでいいよ。歩くの速い?」
「大丈夫です。ただ、周囲に気を配ってください。いつ
「平気平気。それより見てよ、この木。大きいな~」
両手を伸ばしても
サラは
「……ノア様は、なぜこの任務をお引き受けになったのですか」
「俺と一緒じゃ
くるりと振り向いたノアと目が合う。サラはどぎまぎして、ぱっと目を
「別に……。仕事ですから、相手が
「そっか。でも、思ってたより深い森だね。道らしい道もないし、迷わないといいけど」
「ご心配なく。地形は頭に入っています」
「よかった。頼りにしてるよ、《
サラは
「なるべく瘴気が濃くない場所を行くつもりですが、少しでも体調が悪いと思ったら、すぐにおっしゃってください」
「え、瘴気って見えないでしょ。どうして濃いって分かるの?」
「見えませんが、同じルートを行き来する《
「へえ~そんなことも分かるんだ! すごいね、《
「《
《聖具》には《マナ》が込められている。だから瘴気を払えるし、瘴気病にかかった者を
「そろそろ休もうか」
気づくとすっかり
「もう五分だけ歩けませんか? できれば今のうちに、もう少し距離を
「分かった、いいよ」
あっさり受け入れられたので、サラは驚いた。ノアはお
「何? 俺が疲れた~って言わないのが変だなって?」
サラはぎくりとした。
――
「はい……。それもありますが、私の提案を受け入れてくださったことに驚いています」
「そりゃそうでしょ。だって君が案内人で、道しるべなんだから」
当然のようにノアは言った。
――でも普通、貴族は平民の、ましてや《
ノアは
しばらく歩くと、今度こそサラとノアは
「
首をすくめるノアの様子を見て、サラは
――確かに、思ってたより寒い。
ノアの服装は動きやすいズボンにシャツ、上にジャケットを重ね、
――
かすかに水の音が聞こえた気がして、サラは顔を上げた。
――
「よかったら、これ羽織って」
ノアがコートを
「私は大丈夫です。ご自分の心配をなさってください」
「でも、風邪引いたら大変だよ」
食い下がるノアだったが、サラは断固として首を振った。
「大丈夫ですから。それより」
サラは
「
「一緒に食べようよ」
「いえ、私は少し周りを見てきます」
覚えてきた地形と照らし合わせて、方角が間違っていないか確認し、明日の朝すぐに動けるようにしておきたかった。それに、水の音も気になる。
「じゃあ俺も行く」
「ノア様は、ここにいらしてください。決して動かないように」
「意外ね……。こんなところに
思わず
――もう少し中を確かめたいな。
この情報を持って帰れば、少しは《
義父ビルの顔が浮かぶ。
『ノアをよろしく頼むよ、サラ
突然、声が頭に
出立の直前、二人でいるときにかけられた、領主エリシャ・オズウェルからの言葉だった。
『君のことは、よくビルから聞いていたよ。美人で
エリシャはサラの手に、紙片を
『これは……?』
中を確かめようとするサラを、エリシャは首を振って制した。
『今はまだ、何の役にも立たない紙切れだ。だが、その時が来れば、奥千金の真価を
問いかけられているのか
『あの子が道に迷ったら、自分の心に正直に生きろと伝えてくれ』
公爵の言葉はまるでノアだけでなく、サラにも
――自分の、心……。
サラの頭に手を置き、エリシャは祈るように目を閉じる。
『願わくは、君たちの旅路に、幸多からんことを』
はっと気づいたときには、もう遅かった。
暗闇の中、かすかにオレンジ色の
「いけません、ノア様」
サラは元の場所に
「えっ」
ノアは驚いた表情で、オリーブ色の瞳が傷ついている。
けれど、サラにはそれに構う余裕はなかった。
「私たちは追われているんです。光や煙を出しては、居場所が知られてしまうと分かりませんか?」
聞き取れるぎりぎりの早口で、押し殺した声で言う。
「獣はまだしも、教会の
ノアは青ざめた顔で口を開きかける。だが、返事も待たずにサラは立ち上がった。
「少し移動します。ついてきてください」
幸い、灯りがついたのはほんの一瞬だった。煙もほとんど上がらなかったし、見つからなければよいのだが――。
「ごめん、サラ」
後ろからノアの声が聞こえる。顔を見なくても、しょんぼりしていることは気配で分かった。
「俺、森でどうすればいいか、何も知らなくて」
サラは振り向いて答えようとしたが、それより異変に気づくほうが早かった。
「……鈴の音がする」
「え?」
人差し指を立て、ノアの
――《マナ》だ。
全身に
同時にごうっと突風が吹き、先ほどの灯りとは比べ物にならない、きらめくような火炎の光がすぐ
「燃えてる……!」
ノアが
サラは風上を確かめ、ノアの手を引いて走り出した。
「聖兵です。彼らが《聖具》を使って、森に火を放ったんです」
「まさか。何でこんな早くに見つかるんだ」
「走ってください、早く!」
行くはずだったルートを大幅に
「いたぞ!! こっちだ!!!」
――しまった。
二人の行動を予測していたのだろう、風上で誰かが待ち受けているのが見えた。
白を基調とした制服に、青い
「そうか。あいつらビルさんを襲った連中だ。彼がサフィラスに入ったのを見て、ここで待ち伏せてたんだ」
「領主様の使いが、レガリアを持ってサフィラスから出てくるのを……」
ノアの言葉を引き取り、サラは
ビルの背中の
――何て酷いことを……!
「サラ、後ろ!」
マントを引っ張られて地面に伏せると、目の前に矢が突き
燃え
――怖い。
ノアは
――このまま殺されるわけにはいかない。
《マナ》を使えば乗り切れる。サラは力を使おうとしたが、
「レガリアを渡せ。さもなくば殺す」
金の鈴が揺れ、
――どうすればいいの?
「くそっ……!!」
ノアの手が
サラは身を伏せ、ぴったりと地面に耳を押し当てた。
――聞こえる。
「サラ……?」
「
ノアが
サラはノアの手を引き、左側に広がる
「何っ!?」
ノアの腕が強く自分を掴んでいる。言葉もなく、二人は
――お願い、助けて!
目を開けることもできず、強く念じる。ふわっと体が浮く感覚がしたかと思うと、二人は音を立てて倒れ込むように着地した。
「う……」
うめき声を上げているのは自分かノアか。真っ暗闇で何も見えず、気配を感じながら手を伸ばす。
「大丈夫?」「大丈夫ですか」
声が重なり、その後でサラは、自分がノアの体を
慌てて立ち上がると、ノアが身を起こす気配がした。
「怪我はない?」
聞かれて、サラは手足や頭を確認した。痛くないし、血も流れていない。奇跡的に無傷のようだ。
「私は大丈夫です。ノア様は」
「俺も平気だよ。地面が
「すみません。私をかばって下になってくださったんですね」
「いや、たまたまだよ。俺そんな器用なことできないよ~」
暗くてよく見えないが、ノアはきっとあの
「レガリアはお持ちですか」
「大丈夫、ちゃんと持ってる」
ノアはしっかりとした口調で言った。
「近くに洞窟の入り口があるはずですから、そこに身を隠しましょう。歩けますか?」
返事する代わりに、温かい手が手を握りしめてくる。サラはびくりとした。
「……
「いえ。暗いので、足元に気をつけてくださいね」
声が震えないようにするだけで
「はーい」
サラはもう片方の手を
――暗くてよかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます