1-6
案内を断り、城のだだっ広い
――仕事熱心で、仕事に誇りを持っている……か。
仕事には
義父や義母に必要とされたい。もう二度と、あんな
――まさかね。そんなのあり得ない。
「ええーっ! あんた、ルカ様専属になったの!?」
大きな声が聞こえてきて、サラはとっさに
どうやら話しているのは若い女性のメイドたちらしい。そのうちの一人が、別のメイドに早口で言った。
「いいなぁ~。私も早く
あけすけな言い草に、笑い声が上がる。
どうも
「でもやっぱり、お付きになるならラケル様じゃない? 何といっても跡取りだもん」
「何あんた。まさか、その歳で玉の
「その歳とは何よ。言っときますけど、私はノア様と同い年の十八歳なんだからね」
「ええーっ、見えなーい。絶対サバ読んでるでしょ。十は上に見えるわよ」
再び、どっとメイドたちが笑う。楽しそうなおしゃべりだが、少々キンキン声が耳につく。サラはそっと
「あんたはどうなの、リリーナ。ノア様付きなんでしょう?」
その名前に、サラの足が止まる。
しばらくして、やや
「ノア様は……
「あー分かる。確かに顔も性格も一番いいよね。でもねぇ~ノア様はね……」
気になって、サラは再び耳を
「何なの? 教えて」
リリーナと呼ばれたメイドが
「知らないの? ノア様は奥様の
サラは目を
リリーナも驚いたらしく、息を
「だから、あの方がオズウェル公爵家を継いで領主になることは絶対ないってわけ。
それからというもの、サラの
「もう、やめにしていただけませんか」
三十日ほどそんな日が続いた頃、サラは執事に頼んだ。
彼は目を丸くして尋ねた。
「我が
「迷惑というか……」
サラは、ノアから届く手紙の内容を思い出していた。
【サラへ よかったら、また
【サラへ 今日は湖に
【サラへ
【サラへ 仕事忙しいと思うけど、元気にしてる? 体に気をつけてね。 ノア】
短い手紙は毎日、美しい字で
サラは全ての手紙に目を通していたが、一度も返事は書かなかった。
「あの、執事さん」
「ロッテンマイヤーとお呼びくださいませ」
「ロッテンマイヤーさん。私は平民です。貴族の方と親しくおつき合いできるような身分ではありません。それに毎日、仕事もありますから」
「また遊びにいらしてくださるのは難しい、と」
「そうですか……残念です。ノア様は、あなた様とまたお会いするのを心待ちにしていらっしゃるのですが」
ずきりと胸が痛み、サラは目を伏せた。
――変な人……。私と会うのが、そんなに楽しみだなんて。
ノアが身分を気にしていないのは理解できる。生まれながらに貴族で、周囲には身分が下の者しかいないのだから当然だろう。しかし、サラは違う。
――あの人は《
気軽に話したり、毎日手紙を送り合える友達。そんな相手が欲しくないと言えば
――実の親sでさえ子どもを裏切るのよ。ましてや他人なんて……。
「それでは、私はこれで失礼いたします」
ロッテンマイヤーが背中を向け、サラは「あ……」と思わず手を宙に浮かせる。
――誰かから、あんなふうに手紙をもらうのは、初めてだったの。
――本当は……
正直言って、毎日よく続いたと思う。話題を見つけるのは大変だし、たとえ短い文章でも、考えて書いて送るには手間がかかる。それだけの労力を
お礼を伝えたいと思うのに、うまく言葉が出てこない。
その
「あなたは……」
「お父さん!」
サラは事務机から立ち上がり、義父ビル・エヴァンスの元へ
「おかえりなさい、
久しぶりに会えた喜びで、自然と表情がほころぶ。義父が仕事で王都アルマースに
ところが、父の様子はおかしかった。いつもなら
「お父さん……?」
どうしたのと尋ねかけたサラの目の前で、大木のような父の巨体がゆっくりと
サラは悲鳴を上げた。
見ると、青い作業服を着た父の背中には焼け
「すぐに医者を呼びましょう」
ロッテンマイヤーの冷静な声に、放心状態だったサラははっとした。
そこへ、悲鳴を聞きつけた母が「どうしたの?」と事務所に入ってきた。義父の姿を見るなり、その場に
「あ、あ、あなた……!!」
サラは床に
「お父さん、しっかりして。今お医者さんが来るから。大丈夫だから」
それは父のためではなく、自分のための言葉だった。
ビルの
「サラ……」
いつもの
父の太い指が宙をもどかしげに動き、自分の胸を掴む。その動作を何度も
「
ステラの目には涙が
「早く……領主様……」
うわごとのように
――もしかして。
上着の内ポケットに手を入れると、くしゃくしゃに折り
「お父さんが言ってるのは、これのことかも」
ステラは頷き、ビルにゆっくりと語りかける。
「あなた。この書状を、領主様にお届けすればいいのね?」
ビルは何度も何度も頷き、
「サラ……頼む」
それを見ると、母は真剣な顔でサラに向き直った。
「行きなさい」
「でも……」
手の中にある書状が熱い。心臓が
――せめてお医者様が来るまでは、お父さんの傍にいたい。
すると信じられないことに、それまで閉じていたビルの目がかっと開き、大きな手がサラの手を
「行け」
強い瞳に
「……分かりました」
立ち上がると、ステラと視線が
言葉はなかったが、サラは何もかも心得たように頷いた。
――誰よりも速く、確実に、この書状を領主様の元へ。
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