1-4
――あれから、もう五年か。
伝令所で配達物の仕分けをしながら、サラは目を伏せた。
伝令所は《
所長はもちろんビル・エヴァンスだが、一ヶ月ほど前から仕事で王都に出向いている。
――
理由は分かっている。昨日久しぶりに《マナ》を使ったことと、温かい家庭に
レオンの病気は少しでもよくなっているだろうか。父親のジュードも、無事に家に帰りついていればいいのだが……。
そんなことを考えていると、
「はい」
と返事しつつも、サラは内心首を
「失礼いたします」
入ってきた
「サラ・エヴァンス殿ですね」
執事はにこやかに
「はあ。そうですが……」
「あなたに、届けていただきたい手紙があるのです」
「配達ですか? サフィラス内であれば――」
壁に張られた料金表と時計に目をやったサラに、「いえ」と執事は口を
「できれば今すぐにお願いしたいのです。そう遠く離れた場所ではありませんので」
サラは
「手紙を見せていただけますか?」
「もちろん」
執事は答えると、
【ウィンストン区一の一 サフィラス城 ノア・オズウェル様】
――
知り合いではない。これはサフィラスの領主が住む城の住所だ。そんなところに知り合いがいるはずがない。
手紙から目を上げると、執事と目が合った。
「特別な速達ですから、追加料金をお支払いいたします」
「いえ、そういう問題ではありません。伝令所では、配達人の指名はお受けしておりません。また、特別速達といっても、発送時間帯は決まっております。私が今すぐ事務所を離れるわけにはまいりません」
執事は
「おっしゃることはごもっともです、サラ
「申し訳ございませんが、致しかねます」
きっぱりとサラは断った。
《
「まあ、サラったら。そんな怖い顔してないで行っておあげなさいな」
やんわりとした声がして、事務所の奥から現れたのは義母ステラだった。質素なワンピースに身を包んでいるが、茶色の髪は美しく、明るく
「お母さん……」
ステラは、サラの肩に手を置いて言った。
「お父さんは留守だけど、きっと同じ考えだと思うわ。届けてほしいものがあるなら届ける。それが《
ステラはにこっと笑う。
――確かに、お母さんの言うとおりかも。
昨日だって仕事ではなかったけれど、サラは男性からの依頼を引き受けた。なのに、裕福そうだからといって執事の依頼を引き受けないというのは、少々
「事務所のことはお母さんに任せて。もうすぐ、みんな配達から帰ってくる頃だし」
そうステラは
「では、引き受けていただけますか」
「はい」
「おお、ありがたい。本当にありがとうございます」
執事は顔をくしゃりとさせて満面の笑みを見せる。それを見て、サラはほっとした。
――困らせるようなこと言って、悪かったな。
通常の倍以上の料金をあっさり支払うと、執事は事務所を出ていった。
さっそく配達に行こうと、サラは手紙を制服の内ポケットにしまう。
「いってきます」
「気をつけてね、サラ」
義母に名を呼ばれた
――そういえば……何であの人、私の名前を知ってたんだろう?
サフィラスの中心には大きな美しい湖があり、『
「すごい……」
門の前で立ち止まったサラの口から、思わず
門衛に配達の
「こんにちは、サラ」
「あなたは……」
太陽を思わせる黄金色の髪に、オリーブ色の
「来てくれてよかった。俺はノア・オズウェル。よろしくね」
ノアはにこやかに言うと、
「あなたがノア……様? では、お手紙は」
「ノアでいいよ。いや~ごめんね、どうしても君にもう一度会いたくってさ」
サラから手紙を受け取ると、ノアは右手の指でそれを
――
手紙は単なる
オズウェル公爵家は、代々この西の領国《サフィラス》の領主を
「立ち話も何だから、俺の部屋に寄ってってよ。ちょうどお茶の時間だし」
「いえ、
腹が立って、サラはぴしゃりと言い放った。
「仕事がありますので、私はこれで失礼します」
「ああ~待って」
歩き出したサラの腕をノアが
「そこで何をしているのです」
振り向くと、黒髪をきっちりと
「客人を家に
ノアは歌うような
母と呼ばれた女性は、じろりとサラを見た。
「いつも言っているでしょう。オズウェル家の者として、相応しい振る舞いをなさいと」
その言葉には、たっぷりと皮肉が込められていた。《
サラが
「ごめん、あの人いつもああなんだ。気にしないで」
ノアは軽く言ってのけると、「こっちこっち」と笑顔でサラを手招きする。サラは
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