1-2
――急がなきゃ。
湖のほとりにやってきたサラは、周囲を見回した。なるべく人目につかないようにしなければならない。
深呼吸をして、息を整える。
――よし。
サラはもう一度周囲を見回すと、しばらく目を閉じて、足元に意識を集中した。
心の奥で、病気の子どもと、さっきの父親を思い浮かべる。
目を開くと、サラは湖へと足を
ブーツの底が水面に
――できた。
この
だが、なぜかサラは
湖の中央付近まで進んだ頃、
そのときだった。
「うわあ……すごいね、君」
サラはびくりとした。
湖の上に、
その少年は白いボートに乗っていた。右手に
湖には靄が立ち込めていた。そのせいで、視界の
立ちすくんでいるサラを見つめ、少年は明るく呼びかけた。
「その髪、とっても
「……」
サラは石のように硬い
「今そこに立ってるのって《マナ》の力だよね? よかったら、こっちに来て教えてよ」
少年は
ようやく
――見られた!!
サラはものすごい速さで、その場を
「あっ、ちょっと待って!」
少年は櫂を手にしてボートを
「おーい、君! 逃げないで! 頼むよ、話だけでも聞かせてー!!」
見えなくなるほど遠ざかっても、少年の
ようやく岸まで
――気味悪いって思われただろうな……。
神官でもないサラが《マナ》を使うと、よく周りから変な顔をされたものだ。
――とにかく今は、これを届けないと。
薬の入った
川沿いに歩いていくと、果たして、木を組んで造った小屋が見えてきた。
「《
サラが玄関口で告げると、
「《
彼女は驚いたように言い、サラの制服を見つめた。
「体調を
ガラスの小瓶に白い粉が入っている。それを見て、女性は手で口を
「ああ……間に合った……!」
赤ん坊の泣き声が
「レオン」
母親は
「
「早く薬を飲ませましょう。水を
サラは言い置き、
「ありがとうございます」
母親はこぼさないよう慎重に薬を紙に包むと、レオンの口元に持っていった。サラは息を詰めて母親の手元を見つめる。
やがて、レオンは薬を口に含むと、コップの水をしっかりと飲み干した。苦しそうだった呼吸が少しずつ治まっていく。
――よかった。
サラは胸をなでおろした。
汗びっしょりのレオンを着替えさせると、やがて安らかな寝息を立て始めた。
「本当にありがとうございます」
母親は泣きながら何度も同じ言葉を
「あなたは私たちの命の
泣いている母親を見て、サラも目が
サラが
「あなたが……《
その言葉に、じわりと胸が温まる。
《文書送達士》は教会に所属する神官だ。身分が高く、さまざまな特権を持ち、《
けれど、今ここで眠っているレオンの命は、《伝令》にしか助けることができなかった。
サラが頭を下げて立ち去ろうとすると、「待って」と母親は呼びとめた。
「《
サラは母親に近寄ると、その手を取った。
ごつごつとした厚い
母親は目を丸くして、サラを見つめている。
「お子さんたちを大事にしてあげてください。今までも、これからもずっと」
つつましいけれど、愛と
それが欲しくてたまらず、求めても与えられなかったものだから。
「ご家族に、宝物だって伝えてあげてください。私は……そうはなれなかったから」
母親は目を見開いた。
「あなた……」
「くれぐれもお大事に」
サラは言い残すと、温かな光の中から、外の世界の
どうして世の中には、親に愛される子どもと、愛されない子どもがいるのだろう。分かれ道はどこだったのだろう。
王都《アルマース》の、さまざまな職人が店を
ところが、ある日、父は酒場の
それ以来、父は変わってしまった。ふさぎ込んで部屋から出てこない日が続き、ようやく出てきたと思ったら、酒場や
ある日、母は何も言わず家を出ていき、そのまま戻らなかった。父に告げても、部屋に閉じこもったまま出てこない。サラは
「お母さーん! お母さーん!!」
けれど、母が呼びかけに
「ひどいよ……」
お母さんはずるい。苦しい生活から、変わってしまった父から、自分だけ逃げ出した。
――私は、どうすればいいの?
答えの出ない問いかけが、胸に重くのしかかる。
これ以上、最悪なことなんて起こりっこない。そう思っていた。
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