あたたかなバレンタインデー

「バレンタインって、わたしたち関係ないですよね!?」


 ぷうっと口を尖らせてそう言った夏姫なつきに、ふふっとあやは口を形よく吊り上げた。

 その仕草に、夏姫なつきはさらにむっとしたような顔をする。


「もう! 先輩だってそう思ってるくせに」

「そうね、チョコレート会社の陰謀?」

「それですよ、嫌んなっちゃう」


 なにが気に入らないのか。

 夏姫なつきはバレンタイン否定派らしい。


 日本でも有数のマンモス名門校、桜ヶ丘春日南学院・高等部の視聴覚室。

 いつもは商業部が使っているここは、月末のみ締め切りに追われた文芸部が占領する。

 殺気立った文芸部に近づきたくないのだろう、商業部も月末はあまり姿を見せない。


「でも、これは季節柄だしね。みんな夏姫ちゃんやわたしみたいじゃないのだから」


 肩の上で揺れる前下がりボブを揺らして、あやは真面目に返答する。


 あやは、よく近寄りがたいと言われるし、自分でもそうだなと納得している部分がある。友人など数えるほどしかいない。

 しかし夏姫は、そんな綺を頼りがいのある先輩だと慕ってくれていた。


 綺は文芸部部長だ。その綺が2月のお題として出したのが、バレンタイン。

 それに異議を唱えたのが夏姫だ。


「もう決まって周知したし、どうしても嫌なら原稿落としても良いのよ?」


 そう提案すると、夏姫は渋々と言った体で首を振る。


「いやそれは……書きます、書きますけどぉ」


 1月末に締め切りが来て、製本が2月頭だ。

 締め切りまでは、あと3日。


「バレンタインかぁ~そういうの無縁だったしなぁ」


 実際の経験があまりない。だから、正直なに書いたらいいかわからないんです。

 そんなことをボソボソとつぶやく。


「そう?」

「そうですよぉ。別に彼氏がいたこともないし」


 夏姫が引っかかっているのはそこだろうか。

 好きな男性に、チョコレートを渡す日だと。


「夏姫ちゃん、友チョコとかは?」

「えぇ~ああいうのは付き合いで……」


 顔をしかめた夏姫は、辟易したようにため息をつく。

 好きな人に渡す訳でもないのに、作るの大変だったんですよと愚痴をこぼした。

 彼女にとって、バレンタインはあまりいい思い出ではないようだ。


「じゃあ、感謝の気持ちとしてあげてみたら? ご両親とかでも良いじゃない?」

「そうですか?」

「ええ。わたし去年兄貴に初めてあげてみたの。予想より喜んでたみたいだったわ」


 ふぅーん、と首をひねりながら、彼女はパソコンに目線を移した。

 キーボードに手をかける。


「なんとか、書いてみます」



 ◆ ◇ ◆



 その後、夏姫の原稿は締め切りきっちりに出された。

 バレンタインのチョコを、親友の女の子に渡す物語。

 友情が初々しく描かれ、微笑ましい話だった。


 そして。

 バレンタイン当日。


「先輩。いつもありがとうございます!」


 夏姫が差し出して来たのは、可愛くラッピングされた手作りのチョコ。


「これは、友チョコじゃないですから! 感謝の気持ちですっ」

「そう。ありがとう、嬉しいわ」


 夏姫がチョコを作る姿を想像して、微かに笑みが浮かぶ。

 それを見て、夏姫は照れたように下を向いた。


「今、ひとつ食べても良いかしら?」

「えっはい、でもそんなに上手に作れてる訳じゃ…」


 消え入るようにそう言った夏姫に少し笑い、ラッピングを開く。

 手作りという事がよくわかる、不揃いな形のトリュフ。

 でも、丁寧にココアパウダーのかけられたそれは、夏姫の気持ちのあらわれだった。


 口に入れたそれは、じんわりとしたあたたかさを感じるように綺には思われた。




 END



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