(4)

 従来のようにジャンプして、高度を調整しながら飛行する物ではなく、一定の高度を保ったまま浮遊し続ける、という趣旨のものである。

 さっそく、新しく取り付けるパーツをざっと見る。足首の部分に新たなバーニアスラスタを増設し、背部のものも再調整する。空けてあったハードポイントを使用するので改装にはそれほどの時間を要しない。


 メインエンジンも取り替える、予算拡充のおかげでもうワングレード上のものを調達することができた。提供したのはもちろん時田機動である。

 実物を装着する前にまずは、コックピットキューブを使いVRで仮想試験を行う手順となった。


「既にプログラムは斎が組んでくれた。まずは全員で好きにやって意見を交換しよう。操作感覚、改善すべき点を各々まとめてくれ。……そういえば、斎は、まだ来ていないのか?」

 室内を見渡す。


「そうみたいですね……」彼が遅れるというのはめずらしい。

「五限が伸びてるんじゃないですか」

「……そうか、そうだな。先に始めておく」

 まずは昌貴からやることになった。その間に、ノートを左から右に見渡して、今回使う新パーツを吟味する。


 思った以上に、パワーがある。うまく調整しないと、レックスが引っくり返っちゃうな。これも部長が設計したものがベースになっているのだろうか。

 訊こうと思い、口を開きかけたその時、マシン展で審査員が言った言葉が脳裏をかすめた。レックスは自分たちが作ったものではない、そんな言いようをされた。


 作る……っていうのは、どういうことなんだ。どこまでが他人から受け取るものとして許されるんだろうか。

 ただ面白くてやっているだけとは違う視点を持ち始めていた。

 そう簡単に部長やプロのエンジニアたちに追いつけるものではない。だが仕組みくらいは理解しておかないと……。


「穂高、またなにか悩んでいることでもあるのか?」

 いつのまにか真人がすぐ手前の席に腰かけていた。

「……俺は、自分で大して知りもしないものを扱っている今の自分が、歯がゆくて……」

「その焦りはわかる。だが、ここでやっていることはあくまでクラブ活動だ。今、お前たちが本気で学ばなくてはならないのは、学校で教えてくれることの方だろう」

 こちらの苦悩などなにもかもお見通しの様だった。


「真面目になるな、とは言わんが、楽しんでやる、というのも別に悪いことじゃないと思うぞ」

「……そうですね」

 そう、もっともだ。だが俺は、ここでの自分の役割がただの操作役で終わるのは……。

 その時、真人のRCが鳴った。

「ああ、斎からだ。すまん、少し出てくる」


 真人が席を外して、奥の方に行った。

 ため息をついて、額を押さえる。

 部長は夏休み中も、経験豊富で才能もある技師たちとともに仕事してますます腕を磨いただろう。それに引き換え俺は……。このままじゃ追いつくどころか、差は開いていく一方だ……。どうすれば……。

 テーブルに影が出現した。顔を上げると、今度や芳子がやってきていた。


「……奏ちゃん、どうだった?」

「さっき言った通りだよ、もうすっかり」

「あんたの方は?」

「え?」

「聞きづらいんだけど、奏ちゃんの家に泊ってるんでしょ? 寮を空けっぱなしにして大丈夫なの?」

「昨日は帰ったよ」

「今日は?」

「それは……」


「ごめん、余計なことを……」芳子が視線を落とす。

「いや……」こうなっている原因が自分にあるとわかっていれば、芳子の諫言も素直に聞き入れる他ない。

「でも、変な噂がたったら傷つくのはあの子なのよ。そこだけはちゃんと考えて行動して」

「ああ」

 自分たちの風説を耳にしたのかもしれない。自重が必要なのはわかっているが、あの広いマンションルームに彼女を独りにしてしまっていると思うと、それだけで心痛に苛まれる。

 盲愛、してるのかもしれない……。だけど、それでも今日は……。


「あ、あの……?」

 芳子の声を聞いて顔を上げると、

「部長……?」

 真人が青ざめていた。

「ど、どうしました?」芳子がたじろぐ。

「……昌貴を呼んでくれないか」

「は、はい!」

 穂高は慌てて、昌貴が入っているコックピットキューブに駆け寄った。

 三人で真人の前に来たところ、

「斎のお父さんが倒れた……」

「北斗さんが⁉」

「うそ……⁉」

 昌貴と斎が目を見開いて驚愕した。穂高は知らないが、この三人は会ったことがあるのだろう。苦し気な表情のまま真人が続ける。

「今、聞いたばかりだ。あいつは、一旦仙台に戻ることにした。しばらくは休学せざるを得ないだろう……」

 穂高は、みんなの家族のことはほとんど知らない。ただ、自分以外の部員たちはみな、入学以前から交流があったことは知っている。


 高齢とは聞いていたけど……。

 夏休み中、斎がずっと地元にいたのも、今思えば父親が心配だったからなのだろう。

「すまんが三人とも今日はここまでとする。俺は一旦、家に戻って、仙台のシンクタンク支部と連絡を取ってみるつもりだ。向こうも大変な騒ぎになっているようで……」

「俺も行きます!」

「私も!」

 二人が乗り出す。

「わかった、それでは穂高は」

「お、俺も……」

「あんたは他に……!」芳子が詰め寄ってきた。

「で、でも……」この一大事に自分だけが蚊帳の外というはつらい。

「穂高、すまん俺たちの都合で……いや、お前一人をのけ者にするような形になってしまって、だが、今、お前は……」

 奏のことを考えなくてはならない立場にあるはず、と言いたいのだろう。

「詳しい事情は後でちゃんと伝える」昌貴に軽く背中を叩かれた。

「ともかく行きましょう」

 芳子がなにかRCで操作を始めた。無人車(UV)でも呼ぶのだろう。


「それじゃあ、戸締り頼めるか……?」真人が申し訳なさそうな顔でそう頼んだ。

「ええ……。あ、あの、俺まだちょっと訓練……というかマニューバの構築やっときますから。一人でもできる作業ですし……」

「わかった……。だが、俺たちが戻るまではコックピットキューブは使うな。あれはもしもの時のために、最低でも一人は近くで待機しておく必要がある」

「わかりました」

 三人を廊下まで見送り、部室で一人きりとなった。

 斎のお父さん……。部長たちはみんな知っているようだったな……。

 時田機動のシンクタンクが動揺しているようなこと言っていたのを思い出す。相当グループ内でも大きな役割を果たしてきた人物なのではないだろうかと思案した。

 俺一人が、事態から取り残されている……。

 立ち上がりVRヘルメットを手に持ち、頭にかぶる。


「みんなのこと、なにも知らないんだな、俺は……」

 システムを立ち上げて仮想空間に足を踏み入れる、久々にレックスを動かすことになった。ハンドレバーを手に持つ。

<good morning>

「やあ、どうだった夏休みは? ずっと地下じゃつまんなかったよな、悪い……」

 一人でマシンと会話する。

「だからって、勝手に寮まで来るなよ。大変だったんだぞ」当然、返事はない。

 始めるか……。

 実在しない電子の空間で、レックスを飛翔させた。


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