(3)

 食事を楽しみつつ、聞いておきたいことを聞いておくことにした。

「奏、クラブの方は……」

「大丈夫、ちゃんと続けるから」

 奏はテニス部を継続することにした。そのことには穂高も安心しているのだが、こちらになにかがあれば、また彼女を迷わせてしまうかもしれない。


「そのなにかあったら……」

「大丈夫……いろいろ変なこと言ってごめんね」

「いいんだ……」

 俺がしっかりしないと……。

 堂々と立ち振る舞わないと、またおかしなのが絡んでくると思い、顔の筋に力を込める。すると、スプーンが皿に落ちた音を聞いた。


「あ……」

 奏が見ていた。

「あ……アハハ!、なにやってるのぉ」口を押えて笑う奏。

「い、いや……顔のストレッチを……」なんだそれはと自分に問いかける。

「穂高って、ほんとにおもしろーい」まだ笑い続ける。

「ハハ……」

 赤面しつつも、奏が笑ってくれることに嬉しさを感じてしまう穂高であった。


「え、ええっとそういえば、なんだっけ……? そうそう部長の会社がどうかしたの?」

 時田機動、新興の重工業会社であり、真人の父が創業して三十年ほどの歴史だが、革新的な新技術を次々と打ち出し、日本における機械革命を牽引し、今や世界に名だたる大企業とまでなった。レックスの開発にも主力スポンサーとして関わっている。


「うん、私、前から知っていたみたいなの」

「……? そりゃ知っていてもおかしくないんじゃない? あれだけの大企業なんだし、CMとか見る機会なんていくらでもあるでしょ」

「あ、そういうのじゃなくてね、もっと小さい頃なんだけど、おじいちゃんと一緒に知瀬に来た時、そこの人たちとも会った気がするの。部長さんはいなかったと思うけど、たぶんお父さんの方には会った、かもしれないの」

「部長の?」

「うん……」


 時田機動も知瀬の開発に関わっていたのは当然知っている。ここでも彼らの技術は大いに活用されているのだ。

「へえ……」

「前にテレビで見たの。この人、ひょっとしたらって……それで、その時一緒にいたお……」

「うん……?」

「うん、それだけの話……」そこで奏の言葉は止まった。なにか言うのを控えた気配がある。

 たぶん……。

 彼女の母親も時田機動となにか関係があるのかもしれない。

 研究所に勤めていると聞いたが……。


 斎の実家のように系列、というわけではないだろう。それならもっと早くにそう言っているはずである。

「ごめん、穂高には関係ないよね……あ、ごめん……」

「いいって」

 微笑で流す。奏は言いようの不味さにばつが悪くなったようだったが、気にしてなどいない。ただ、なんとなく寂しさのようなものは感じてしまった。

 みんなこの街と縁があって集まったんだろう。俺だけはよそ者……なのかも……。

「今日は、クラブはどれくらいかな?」

「五時には終わると思う。そしたら行くから」

「わかった、待ってる」

 その後は……。

 取りあえず奏の家までは行くつもりだが、泊まるかどうかはその時考えることにした。

 予鈴が鳴り、食堂を出る。

 二人しかいないエレベーターで手をつないだ。ヒヤリとした感触が鼓動を高鳴らせる。

 目的の二階が徐々に近づく、開かれると同時に手を離した。

「それじゃあ……」

「うん……」

「なにかあったらすぐ……」

「大丈夫、もう……」

 わずかな別離すら惜しいほどに彼女が愛しい。

 振り返らずにお互いの教室に向かう。それが二人の、言葉を交わすことなく決めた約束のようになっていた。

 明日は、テニス部は休みだが、俺は……。

 いくら仲間たちが許容してくれるとはいえ彼女のためにこれ以上部活を休むわけにはいかないだろう。奏もそんなことを望みはしない。慣れていかねばならない。

 

 五限を終えると、部室に向かう。その途中、また視線を感じた。先週の件が未だに響いているのだろう。

 気にしない、奏がずっと耐えてきたことだ……。

 確固たる足取りでオートウォークを歩く。

 周りの目を気にしてどうする、彼女を守れるのは俺だけだ。

 それが今の穂高の決意だった。


「こんにちは」

 部室のドアを開くと同時に、力強い声で挨拶する。

「ああ、こんにちは」真人がノートをテーブルに広げていた。

 斎以外の三人が来ていた。


「穂高……、その、もう平気なのか……?」

 真人が遠慮がちに聞いてくる。当然、奏のことだろう。

「ええ、心配いりません。もういつもの奏です。俺も、これからは用心して行動しますから」

「ああ、それならいいが、なにかあったら俺たちのことも遠慮なく頼ってくれ」

「はい、ありがとうございます」

 昌貴たちも寄ってきた。


「今、部長と話して、明日にはもう、第四実習館で実地試験に入るってことになったんだが、来れるか?」

「もちろん行くよ」

「あまり無理するな……このプランは急ぎでやらなくてもまだ余裕がある。休んでくれても文句は言わないから」

「いいえ、ちゃんとやりますよ。ただでさえ俺には学ばなくちゃならないことがたくさんあるんですから」


「……そうだね、やってもらうよ」芳子の毅然とした声。

「おい、上北……」

 昌貴が諫める。軽口をたたく気にはなれないようだ。手振りで、彼を制止した。

「任せてよ、それじゃ今日は……」

 真人が今日用意してきた、レックスの新しい機能拡張のためのプラン。ホバリングについての説明を受けた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る