(2)
教室を出て、三号館に向かう。各館の職員待機室とは別の正規の職員室や特殊な設備を整えた教室が多い館で、一、二号館からも連絡橋で結ばれている。
最上階まで着くと、
「ここか……」
高校の学食とは思えない洋式の高級レストランのようだった。奥にキッチンがあり、バーのようなカウンターまである。入室は自由なようだが、一人で入るにはやや気後れした。
窓際のボックス席を一つ確保すると、奏を待つことにした。
なんとなく心が落ち着かない。人目を避けたくて、今回開放されることになったここで昼食にしようと合意したのだが、思っていた以上に敷居が高い。
周りにいるのはほとんどカップル客な上、いかにも育ちがよさそうで上品なそれなのである。一人でこんな所に来たと、思われても気にはしないがやや肩身の狭い気がする。
別に誰からの視線も感じないが、なんとなく避けるように窓の外に目をやった。
「……あれは……」
いつか二号館の屋上で見た尖塔が目に入った。
確か、宇宙から飛来する電波を観測してるんだっけ……。聞いたことある気がする。高速……。
「お待たせー」
「……! あ、ああ、待ってたよ」
奏が来たので、思考を中断した。
「ごめんね、席取らせちゃって」
「いいって、取るまでもなかったけど」
奏が席に着く。すっかり調子は戻ったようだが、まだ予断は許さないと感じている。まじまじと見ていては失礼なのでそこでやめた。
「あまり人いないみたいだね」
「うん、わざわざここまで上がってくるのも手間だしね」
それだけじゃないだろう。独り身で来るような所ではない。カウンター席は全て空いていた。自分一人だったら絶対座りたくない、と思う。
「それと……二人だけでよかったの?」
「うん、千緒たちはクラブのみんなと一緒だから」
奏が軽く室内に目を走らせる。
「すごいねここ、ほんとに生徒向けに使っていいのかってくらい」
「知瀬市様様だよ、遠慮なく利用させて……」
言葉が詰まった。
「穂高?」
「あ、いや、ともかくなんか注文しちゃお」
そうさ……彼女たちにはこれくらい許されてしかるべきなんだ……。
テーブル上の電子パネルをいじって、注文を行う。ここは他の学食と同じだが、運送レーンはなく、運んでくれるランドドローンもいないので自分たちでカウンターまで取りに行く必要がある。
調理が整うまで、いつものようにおしゃべりで時間を潰すことにした。
「それで、第二実習館を改装して、ホール全体をプラネタリウムにするらしい。軌道基地から送られてくる映像を使った、超大型のVRだね。文化祭での出し物としてやるんだけど、今月の月末祭で、実演練習でやるみたい。一緒に行ってみない」
月末祭、毎月末に行われるミニ学園祭のようなものである。十月はすぐ後に控えている文科祭と合併するため行われない。
「うん、行ってみたい、工科ってほんとおもしろいこと思いつくよね」
「天文部の顧問の押しが強かったんだ。航空宇宙科の人なんだけど、ほら、うちの学園祭って偉い人たちもたくさん来るでしょ。その人たちを感心させて、学内での地位を上げたがってるだなんて声もあるけど……」
「ふーん、ふふ……」
「な、なに……?」
「穂高、そっちに進むの?」
来年の専攻選択のことを聞いているのだろう。星緑港は文科、工科ともに二年時には専攻、専科を決定する。科をまたいでの専攻に進む例もまれにある。
「さあ、まだなんとも……。っていってももう決めなきゃいけない頃なんだけどね」
「部長さんは機械科だよね?」
「うん、親御さんの……」
「……? どうしたの?」
「い、いや、はは、すごいよ部長は。あの年で会社の将来をしょって立つことを期待されているんだから」
一瞬、真人の出生を考え、言葉が止まってしまった。いちいち、他人のプライバシー中のプライバシーを探りかける自分を内心で嫌悪する。
「……穂高、部長さんの会社って……」
そこで調理完了の知らせが届いた。
「ああ、できたみたい。取って来るよ」
「私も行く」
「ここは任せて」
「行きたいの」
「……わかった」
はっきり自己主張してくれるようになったのには安心するが、なにか気負っていないかと心配になる。
奏は、元々俺なんかよりずっとしっかりしてる。余計な気づかいは無用か。それでも……。
彼女のそばにいられない身がもどかしい。今朝の結実との会話を思い出した。
「あの男子生徒は、不登校気味になっているようです。来ても絶対奏ちゃんには近づけさせませんのでご安心を」
普段のおっとりした彼女とは別人のような声音と力のこもった目でそう言っていた。
やはり……。
なにがしかひかれあう要素があっての者同士の絆の強さがあるのかもしれない。
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