第一章 一人きり
(1)
なにかが見える。ひたすらに広く、遠くに海を臨む無機質な地面。そこに自分は立っていた。音を聞いて振り返る。膨大な数の重機がひっきりなしに動き回っている。あちらこちらになにかの建設用の資材を運んでいるようだ。
「……だってさ、環境破壊もいいとこだよね」男の声がした。
眼鏡をかけた男が呆れたように口を尖らせている。
「否定はしない。だが、ただ壊すだけ、というのは狭窄的な見方だ。我々がここに新しい大地を築くのは……」声が途切れる。
誰かが近づいてきた。小学生くらいの、
「……なた……から、来たの……」少女だった。
年の割にはなにか大人びて見える。ぼやけた視線の先にいるその少女は……。
「穂高……おい、穂高」
声を聞いて顔を上げた。昌貴がいた。
「ちょっと……大丈夫、あんた」芳子の声。
「え……? うん……」
周りを見回す。二階の大教室のようだ。
「俺……どうしたんだっけ……?」
「どうしたって……。寝てたんだよ」
「ああ……」
おかしな夢を見ていた。そして、ようやく思い出してきた。二限が自習になったので課題を終えてから机に突っ伏していたのだ。色々なことが起こり、それについて考えを巡らせ過ぎたことで疲労していたのだろう。
「ああっと、彼女さんとは……」
頭をかきながら遠回しに昌貴が聞いてくる。
「もう平気だよ、すっかり落ち着いてくれた」
と言って見せるが、まだ不安はある。
「今日はちゃんと部活出るから」
「無理しな……来るからには、ちゃんとしてよね」
「……わかってる」
「お、おい」
これ以上、自分の都合で次のプランの実現を遅滞させるわけにはいかない。今日は、真人から新しいレックスの改装計画が知らされる。当面はそれに取り組むことになるだろう。
「……?」
昌貴が、少し考え込むような目で芳子を見ていた。普段はあまり見ることのない表情である。
「ちゃんとやるよ」
「そうして……」
「今日、三崎さんとあそこ行くんだろ、三号館の食堂」
「うん」
普段は使用されることのない、最上階にある接待用と言われる学内レストランのことである。学校の支援者や市の重役をもてなす時に使用されるもので通常は生徒には開放されていない。しかし、十一月の文科科学祭で、例年以上の来客が見込まれることになり、念のためそこも稼働させることになったのだ。そのため試験的に期間を設けて、食堂として生徒たちの使用が認められたのである。気分転換も兼ねて、奏とそこに行くことにした。
「今度さ、俺も友達と行くから、どんな場所か教えてよ」昌貴がにんやり。
またかよ……。
友達、という名の、どこかで引っかけた女子生徒だろう。二学期になっても相変わらず、特定の女子と付き合う気配はなく、勝手気ままに遊んでいる昌貴に呆れる。奏一人を全力で愛する穂高にはついていけない趣向だった。
「あんた以前、千緒ちゃんにも言われたでしょ。工科一のプレイボーイとか、全然懲りてないわね」
「ふふん、名誉なことだね」
これである。自重という文字は彼の辞書にはないらしい。
「まあ、私の知ったこっちゃないけど、こっちにまで火の粉を飛び散らすような真似だけはしないでよね」
伸びをしながら、時計に目をやる。十二時ジャスト、場所取りのために少し早めに行ったほうがいいだろう。
「そんじゃ、俺もう行くから」
「おう、俺は部長や斎と一緒に……そういや、今日、斎見なかったか?」
「え?」
「この講義取ってるはずなんだが」
芳子と顔を見合わせる。
「いや、今日は、見てないけど」
「ふん……、先に行ってるのかもな、芳子さんもご一緒にいかがかな?」
「私、今日はゼミの子たちと食べるから」
「あらそう」
「それじゃ、放課後、部室で」
そういうと鞄を手に持ち、芳子が退室していく。
「……なんだろ」
怒っている、というわけではないだろうが、少しヒリヒリしたものを感じる。
「俺、なんかまずいこと言ったかな? それか……」
クラブをおろそかにしていると思われたのかやや不安になる。
「そういうわけじゃないさ、あれは……まあ、気にしなくても大丈夫だ」
少し気になったが、彼女と付き合いの長い昌貴がそういうのだからそう思うことにした。
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