(2)

「それと、これだ」

 真人がなにか取り出した。

「なんです、それ……」

 と言ってもわかる。飛行服、いわゆるパイロットスーツである。しかもSFチックで洗練されたデザインに見える。

「うちで作ってる、まあ試作品みたいなものだ」

 時田機動のことだろう。やはり、真人みたいな人が多いのかもしれない。

「見た目は少し手を加えましたけどね」

 斎が苦笑しつつ、服を広げていく。

「い、いや、必要……ないでしょ?」

 いくら操縦と言ってもコックピットキューブ(CQ)からの遠隔操作である。振動機能というのはあるが、最低限なもので体に負担となるような加速はかからない。VRヘルメットさえあればよいのだ。

「これも演出みたいなものでな、着てくれないか?」

「で、でも……」

 正直着てみたい。ロボットアニメの主人公みたいでかっこいい。

「もう着ちゃいなよ。誰からも見えやしないよ」

「形から入るってのもいいんじゃないの」

 芳子と昌貴も勧めてきた。

「わかりました、でも終わったらすぐ脱ぎますよ」

 さすがにこれを着て表彰会場まで行く勇気はない。

 

 着がえると、さっそく着心地を確認する。どうも宇宙用に使うものを改造したようだ。

 前はファスナーになっており、簡単に着脱できる。ちょっと着ぐるみみたいな感触ながら腕はよく回る。グローブもかなりやわらかく指の動きにフィットしてくれる。

改めて時田機動の技術力に驚嘆させられた。


 いずれ宇宙戦艦を作るといううわさも信じたくなる。


 真人の父が冗談めかしてメディアに語った言葉である。

 真人たちはレックスの最後の点検に入った。自分もやりたかったが気を落ち着かせるように言われた。


 やっぱり、緊張しているように見えるのかな、実際、少ししてるけど。サッカーの試合前でもこんな感じだった気がする。でも今は……。


 不思議なものである。あの時は一人ではないが一人だった。だが今は、一人でやるというのに全く一人とは感じない。


 できたのか、チームワークが……。いや、それはすべて終えてから、確かめよう。


 ずっと拒んできたもの、ずっと求めて来たもの、すべてが結実して一本の線になる。一つの到達点がようやく見えた気がした。

 CQ近くの段差に腰かけ、首を下に向けて目を閉じた。このまま来るべき時を待つ。

 瞑想というもの、少しは意味がわかった気がする。

 呼吸を静めてから、意識を虚空に飛ばす。心は水平にするように無我の境地に踏み入る。会場の喧噪のみが聞こえる。両手を組み合わせて、肩の力を抜いた。

 なにかざわつく感じがする。目の前をアトランダムな影が横切る。まるでまとわりつくように。


 なんだ……? プレッシャーってやつか? 落ちつけ、必ずできる……。


 黙然と心を落ち着かせた。やがて、影はざわめきとともに去っていった。

 直後、出番を知らせる電子音が鳴り響いた。

 目をハッキリ開けて、ヘルメットを手に持つ。CQへ向かい強い足取りで段差をのぼる。

「穂高、頼む」

「部長たちも」

 真人とハイタッチを交わした。斎、昌貴と続く。最後に芳子……と思ったが、下を向いてなにかもじもじしている、かと思えば後ろに回り込み、両手で穂高の背中を押して、中に押し込めた。

「がんばんなさいよ!」

 そういって彼女はハッチを閉じた。

 暗闇の中、システムが起動する。〈Good Morning〉

「グッモーニン、頼む……」そんな言葉を口にしていた。

 VRヘルメットが閉じられ三六十度の光景が現出していく。目の前に映ったのは、格納庫前から会場までの地面から発している誘導光。入場許可のランプが点灯し、ペダルを踏みこみ、レックスを前進させた。

 大型の車体が軽やかに走っていく。舞台となる空間の周辺には、人一人見えないが空撮用のドローンがあちこちを飛び回っている。まずは最初の目的地点まで直進した。

「穂高、俺からは最初で最後の通信だ。機体に不備は?」

「なに一つありません」

 電子パネルを開き改めて確認するが、コンディションカラーは正常を示す緑である。

「よし、あとはすべてお前の判断に任せる。気楽にやれ」

「はい!」

 ファーストポイントまで到達すると、顔見せ程度に旋回させた。

 続いて最初のブロック段差に到着、ここからが本番である。

 機体をバーニアスラスタで浮かし、一つ上のブロックに上げた。一気に超えていくこともできるが、精緻さを見せるため一段ずつ上がっていく。

 上部の台地にでると再び走り出し、セカンドポイントまで到着。そこで、


 よし、やる……!


 サイドレバーを引いた。ホイールは収納され、機体が真っ二つに折れ曲がっていく。後ろからレッグが出た。側部からはアームが飛び出し、形を変えていく。最後に頭が出現。

 レックスは人型のロボットになった。

 ここでは聞こえないが、会場からの歓声がそれとなしに伝わってくる。慎重な操作で歩かせる。足の裏は、特殊ゴムでできたクッションになっているが、それでもかなりの負担になるのでバランサーメーターをこまめに確認する。尖った耳のようなアンテナは平衡感覚を自動で調整する機能になっていると聞いていた。

 予定のサードポイントまで歩かせると、停止して、直立、そしてレッグを開いた。汗がしたたり落ちるがスーツに吸収されてまったく気にならない。モードを切り替え、大きく息を吸うと、ペダルを一気に踏み抜いた。


 レックスは飛んだ。バーニアスラスタをふかしながら機体の向きを調整し、百メートルほど向こうの着地地点を視界に捉えた。そこに向けて機体を飛ばす。

 空を切って、祈る気持ちで降着制動に入った。地面が目前まで迫ってくる。

「……うっ……!」

 衝撃が去ったのと同時にモニターを確認。足は、折れることなく、確かに片膝をついて着地していた。


 できた……!


 安堵する間もなく、機体を再び立たせる。

「こっち、すげえ歓声が上がってんぞ」昌貴の声がした。

 次が最後の動きになる。最終目標地点を確認すると、機体を再び飛ばした。


 やれる、絶対に……!


 真人が作ってくれたマニューバであり、なんとしてでも成功させたい。空中で機体が水平を向き、きりもみ状に一回転すると同時に、再びカーフォーム(CF)へと戻っていく、そのまま高度を落としていき、バーニアスラスタで落下速度を調節、大きな音もなく着地した。聞こえないはずの会場の歓声を、穂高も聞いた気がした。


 終わった……。


 力が抜けていく。しばらく、待機すると誘導の光ラインが地面に点灯し、それに従って機体をブースに戻らせた。


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