第七章 マシン展

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 部屋の立体モニターをつけて平面映像に切り替える。さらに出力をテレビに変えた。地域ニュースは今日開催されるマシン展の話題で持ちきりだった。全国系メディアでも扱われているようで、注目の高さに改めて張り詰めたものを指先に感じる。

「穂高、もういいかぁ?」

 返事も待たずに昌貴が入ってきた。

「ああ、もう行こう」

 バッグを背負って部屋を出る。モニターはオートで落ちた。

 駐車場に行くと既に斎がおり、UVの横で待機していた。この寮所有の大型車であり、寮の組合に頼んで今日一日借りることにした。

「おはよう」

「おはよう」

「おはようさん」

 黙り込む。昌貴はよくわからないが、自分と斎は緊張しているだろう。しばらくして一斉に吹きだした。

「それじゃあ、行こうか」

 UVに乗り込み、既に位置情報が指定されていた会場に向かって走らせた。真人と芳子はそれぞれ自宅から直行することになっている。


 レックスをはじめとする大荷物は業者に頼んで運搬済みである。ロボット部顧問の本堂広一郎が手配してくれた。彼らもこの大会に参加する。

 会場は超大型のメガフロートであり、それをいつくも連結したものとなっており、街の一区と言っても過言ではないほどの規模を持つ。特別区である青沢という地名はこのシステムを考案した人物に由来するらしい。

 さほど距離はないが移動する時間は長く感じられた。会場が近づくにつれ、胸も高鳴ってくる。UVが高架橋に差しかかった。


 ここは……。


 以前、奏と来た高速に近かったが、すぐ頭から振り払った。

 橋からは、おびただしい数の人の姿が見える。午前組は既に開始準備をはじめているようで、空港さながらの敷地でそれぞれのマシンの準備をしているのが見て取れた。

 会場ゲートをくぐり、指定されたブースまで行き停車した。かまぼこ型の格納庫のようで、それがいくつも立ち並んでいる。

 中を見ると真人と芳子は既におり、レックスも隣で待機していた。ボディカラーは黒から白基調に変わっている。

「おお、三人とも来たか」

「おはようございます!」

 気脈を通じるまでもなく気合の入った挨拶を三人同時にした。

「ああ、おはよう……ちょっと力みすぎだ」真人が苦笑する。

「ちゃんとごはん食べてきた?」芳子もどこかうれしそうだ。

 一応食べてはきたが、あまり喉は通らなかった。まして自分は操縦するのである。もどすようなことがあったら悲惨なことになる。

「そこにサンドイッチあるよ、よかったら食べて」

 彼女にしてはめずらしい心遣いである。ゲン担ぎと思っていただいた。

「始まったか」

 真人が大型の投影型モニターを複数展開した。午前開始の組のパフォーマンスが開始されたのである。


 知瀬市マシン展覧会。市が技術者育成の促進と企業誘致のために始めた内輪のお祭りであったが、年々規模が拡大し、工学界ではそれなりの知名度を持つほどになった。日本全国の高校、大学の学生たちが、自作、に近い形で作り上げたマシンでデモンストレーションを行うだけという単純なものだが、彼らは皆夢中だった。

 自分たちのマシンを自信ありげに披露しては、他校のマシンを見て焦燥を募らせるなど、このイベントに熱い想いをかけて挑んでいる。

 穂高たちも食い入るように午前の組を見た。

 立ち入り自由で、一日で終わる過密スケジュールであるため、開会式などはない。大会運営委員の簡単な挨拶と説明が終わると、すぐ開始された。持ち時間は特に決まってはいないが十分から十五分で終わるのが暗黙の了解である。

 ある程度国際的認知もあり、来賓席には外国の企業や研究機関の人間も見受けられる。


 あれは……軍人か?


 一部の席に自衛軍と思しき制服を着た人物たちを見た。おそらく内地勤務のそれではなく、海上要塞の空、海軍であろう。さらには外国の武官と思しき姿もあった。軍隊までこのイベントに興味を持っていることに驚く。

 分野別に、四つのスペースに分割され、同時進行で行われる。そのため、複数のモニターを目まぐるしく目で追った。


 すごいな……。


 各チームの技術力もさることながら、彼らの創造性、発想力に驚かされる。

 九十度の絶壁を足の裏の吸着板のようなもので上っていく四足のマシン、巨大なシェルターのような建造物に変形する重機車などに目を見張る。

 皆それぞれ、工夫と情熱をもって製作したのだろう。尊敬の念を持つと同時に対抗心も燃え上がってきた。この世界の人間のはしくれとしての意識も確立されていくように感じた。

 穂高たちは十四時半からなので時間的にはまだ余裕がある。最後の打ち合わせをやっていると誰かやってきた。

「おう、時田、調子はどうだ?」

 ロボット部顧問の本堂広一郎である。機械運転の講義を受け持っており、穂高も彼の講義は履修しているので知っている。豪快な人物で、農家の出身。農業機械の会社から出向した後、ここの外部講師に、そして去年から内部講師になったと聞いていた。講義では農業周りの話になると熱が入る。

「問題ありません。本堂先生。運搬の件ありがとうございました」

 真人が丁寧に頭を下げ、自分たちも後に続いた。

「お、井上に山家もいるか」

「は、はい」

「ちーっす」

 基本的にはいい先生なのだが、ノリが体育会系でどうも穂高は苦手だった。

「うちは十四時からだ。お前らのも楽しみにしているぞ」

 全員ではい、と答えた。


 そこにまた、一人の男子生徒がやってきた。同じ制服で星緑港の生徒とわかる。

「先生、そろそろミーティングをはじめたいのですが……」

「おう、それじゃあな」

 本堂講師が去っていく。男子生徒はこちらを見て、黙礼した。こちらも礼を返すが、斎は軽く会釈しただけだった。

 横目でちらりと斎を見る。あまり彼らしからぬ態度だった。

「その……がんばれよ、時田」

「ああ、そっちも……」

 彼はやや控えめな笑顔で真人に向かってそう言った。なにか負い目を感じているような声音。ロボット部の人間だろう、校章の色は二年生。なんとなく事情がのみ込めた。

「芳賀康裕、ロボット部の部長で俺の同期だ」

 真人が穂高の方を向いてそういった。他の三人は彼のことを知っていたようだ。二年で部長というのが少し気になった。

「さあ、こっちもはじめるぞ」

 ミーティングである。といってもこれまでの手順を改めて確認するだけだった。

 天候の確認、風は凪いでおり、レックスの動作に影響することはないだろう。念のため会場周辺の気温もチェック、問題なしと判断。

 特に気になる不確定要素もなく、ミーティングを終えた。


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