(3)

 やれたんだ……。


 すべての工程を終えても、シートに脱力したままになっていた。

「おーい、生きてるかー」

昌貴の声が外から響いた。スイッチを押してハッチを開く。

「ありがとう……」ここにはいないレックスに向けて、そう言った。

「お疲れ様」

斎がタオルを渡してくれた。口調は落ち着いているが、表情は静かな喜びをたたえている。

「ありがとう」

 タオルを受け取り、顔をふいて前のファスナーを開いた。操縦中はほとんど気づかなかったがインナーは汗ですっかり湿っていた。

「お疲れ様……」

「はい……」

 真人と交わした言葉はそれだけだったが、なにか通じ合えた気がする。

 その隣にいた昌貴とは、手振りだけでお互いの労をねぎらった。軽い笑みとともに。

「その……よくやった」

 芳子はそれだけ言うとレックスのところに行ってしまった。穂高も歩いて後に続く。感慨深げに車体を見回してから軽く手を置いた。熱はない。

「着がえたほうがいいよ、風邪ひくよ」

「あ、ああ」

 シャワールームに足を向けた。だだっ広い会場から強風が顔にかかった。今はそれもどこか心地よい。ぬぐい捨てた汗が、光を反射した。


 ここに来て……来れてよかった……。


 シャワーを浴びながら、感嘆の吐息をもらす。時間にして、十五分にもならないパフォーマンス。それでも大仕事を終えたような虚脱感があった。

 ずっと自分には欠けていたなにかが、ようやく埋まっていく感覚。一つ上の境地に到達できたような静かなる高揚を感じていた。

 制服に着がえて、ブースに戻ると、真人たちは他校のマシンパフォーマンスに見入っていた。穂高も加わり、批評したり、仕組みを推測したりするなどした。


 日が西に傾き始めたころ、表彰式となった。中央ブース近くの広場で遠巻きにそれを見守る。代表者が表彰式場に集まり、審査結果を待つ。自分たちの代表は当然、真人である。

 審査委員が労いと感激の言葉をすべての参加者にかけ、学生、生徒たちの感動もひとしおであった。

 続いて、技術賞、アイディア賞そして大賞が発表された。キド研の名前はなかった。やや顔を落としはしたものの、落胆はしなかった。


 仕方ない……。自分たちはよくやったと思う。でも、他の学校もすごいのがたくさんあった。


 別にそのこと自体に不満はなかった。それに他校のマシンからはずいぶんとインテリジェンス的な刺激を受けて、試してみたいプランが穂高にもたくさん浮かんできた。

 さっさと持ち帰って次の研究に移りたいのはどこも同じだろう。スポーツの競技とは違って元々主観的な大会である。あまり結果に一喜一憂しているような気配は周りからもほとんどしない。

 とりあえずメモでも取ろうかと、電子手帳を取り出そうとしたその時、一人の審査員が歩み出て、なにか傍論めいたことを言い出した。

「星緑港高校の機動機関研究会においては、その技術、発想、精巧な挙動、どれをとっても見事という他ありませんでした。しかし、察するところ、いささか協賛者の力に頼り過ぎたきらいもあり……」

 なにか歯切れが悪い言い回しに、眉間にシワを寄せる。

「当大会は学生主導での発表を想定しているわけで……」

 なにを言いたいのか、今一つわからない。そもそも、入賞に漏れた自分たちをなぜピックアップしているのか。

「後援企業の助力というのは必要最低限なものであることが望ましく……」

 そこでやっと理解できた。要するにあの審査員は、レックスは星緑港ではなく時田機動が造ったのだろう、といいたいのであろう。それは自分たちの功績として評価されるべきものではない、そういう趣旨の発言と受け取った。


 好き放題言って……! 俺たちがどんな努力を重ねて来たかも知らずに……!


 他校の生徒たちはほとんど気にしていないようだが、顔に泥を塗られた気分だった。なまじさっきまでの達成感が大きかっただけに苛立たしさが募ってくる。

 ここからでは真人の顔が見えないのだが、そのことも辛く感じる。


 なにも吊し上げにするような形で話すことじゃないだろ! なんだってこんな場で……。直接言いに来い!


 そう叫びたくて仕方なかった。足元に置いたドリンクを拾い上げて中身を飲み干した。さっき、会場でもらったばかりのものでかなり冷えていた。


 あ……。


 頭が冷えると同時に、思考も回り始めた。それによって、ある一つの内省が穂高の中に生まれた。


 俺たちは、やり過ぎたのかもしれない……。


 趣味に走る方向に、である。


 この大会はあくまでマシン技術の社会への貢献を評価の上での主眼に置いている。いくらマシンにすごい動きをさせても、意味がない、特に役に立つものではない、とみなされればそこまでだ。それにあの審査員の言ったことは少なくとも自分にとっては的を得ている。俺は……なにも作ってはいない……。

 ただ基礎の基礎を学んだばかりで、操縦しただけだ……。ほとんど他人から提供されたもの扱っただけではそう言われても仕方ない気がする。俺がやった操縦なんてものは評価の上では些末な部分での貢献に過ぎない。


 操縦技術を競うような大会ではないのだ。悔しいがそこは認めるしかなかった。


 それでも……。


 この三ヵ月あまりの取り組みが、意味のなかったものとは思いたくない。しばらく考え込んでしまった。自分たちの方向性は正しかったのかと。


 他のみんなは?


 どう思っているのか。

 隣にいた芳子の顔をうかがう。明らかに不愉快そうな顔をしていた。思いは自分と同じかもしれない。

 昌貴は芳子の方を見てあごを軽く振ってみせた。気にすんな、というサインだろう。


 斎は……?


 右横にいた彼の方に振り向く。


 え……?


 一瞬、理解が追いつかなかった。斎はじっとうつむいていた、ように見えた。

 よく見ると、口元が震えており目は血走っている。息がだんだん荒くなり、顔を上げるとすさまじい形相で代表者たちがいる表彰式場をにらみつけた。


 ど、どうしたんだ……⁉


 昌貴と芳子も斎のただならぬ状態に気づいたが、あまりのことに声をかけられないでいた。彼の周りの気圧すら低下しているように感じる。

 穂高も冷や汗が出てきた。こんな斎を見たことはなかった。

 やがて、表彰式は終わり、参加者たちはそれぞれに歓談し始めた。真人もどこかの企業関係者と話をしている。そこをめがけて斎が猛然と歩き始めた。

「い、斎!」

 ずかずかと人ごみをぬって真人のもとへ近づいていく斎を三人で追った。それを視界に入れた真人も、斎の様子がおかしいことに気づいて駆け寄ってきた。

 わずか手前まで来ると、真人の言葉も待たずに斎が叫んだ。


「抗議すべきです!」

 周辺の人々が一斉にこちらを見る。

「あの審査員はなにをもってしてレックスは真人さんが作ったものではない、などと言っているのでしょう⁉」

 あまり憤激と声量に穂高も身動きが取れない。

「エンジン、フレーム、演算ユニット、すべて真人さんがゼロから設計したものだ! それを……!」

「い、斎……! 落ちつけ!」

 真人があわてて手振りとともに制しようとするが斎は止まらない。

「時田機動はそれを受けてベースの製作を請け負ったに過ぎません! それは、どのチームにも認められている手法です! なぜ我々だけを……⁉ 来賓席には豪原重機もいた……! きっと真人さんを時田の人間とわかって、審査員たちになにか入れ知恵を……」

「考えすぎだ!」

 真人まで大声を出した。それは言ってはならない、という意思がこもっている。

 穂高にとっては後から知った話だが、豪原重機というのは時田機動と同じく新興の重工業会社であり、競合する分野も多いライバル企業である。


 真人が激憤収まらない斎をなだめながら自分たちのブースまで移動した。

「真人さん、僕は入賞できなかったのが口惜しくてこんなことを言っているわけではありません!」

「わかっている……」

「許せない……! こんなレッテル張りは……!」

「斎……、新設してほとんど三ヶ月くらいの俺たちがあれだけのことをやれたんだ。それだけでも大したことだと思わないか?」

「で、ですが……!」

「外国から来た来賓たちもみんな誉めてくれたぞ。ザクセンハルツ重工、アトランティックエレクトロニクス、他にも……」

 真人が受け取ったたくさんの名刺を出した。

「それにあの審査員は市の事務方の人間だった。地元代表の一つにも関わらず、こういう結果に終わった俺たちに発破をかけてやりたいという思いもあったんじゃないのか? 俺たちだけに言及したのもそれなりに評価してくれていたからだろう」

「しかし……! 事実と異なることを言われて、ただ黙っているというのは……!」

 相手の言い分を認めることになる、そう言いたいのだろう。

 真人が脇に寄り、穂高たち三人を斎の視界に入れた。

「私たち、よくやったよ。他人からの評価がすべてじゃないでしょ?」

「言わせときゃいいんだ、あんなおっさんに俺様の芸術がわかってたまるか、ぐらいによ」

 二人が微笑む。

「ありがとう……」

 いつか斎が渡してくれたグリップレバーを見せながら笑いかけた。そのことだけではなく、ここに導いてくれたことへの感謝も込めて。

 斎が徐々に脱力していく。弱弱しくなった目で再び真人に振り返った。

「……無念です……部長……」

 固く閉じられた瞳から、紅潮した頬に涙の雫が一つ流れて伝わり、地面に落ちて四方に散った。


 初めて斎と会った時のことを思い出していた。最初はロボット部の見学に来ていた時だった。そこでやっていたものは自分が想像していたものとは違っているように見えた。みんなバラバラなことをやっていたのだ。

 これはこれで自由で楽しい部活と言えるのかもしれない、だが自分が目指しているものはここでは得られないと思い部室を後にした。

「君、ちょっとうちも見ていかないか?」

 振り返ると一人の生徒がいた。同じ工科の一年生だったが言いようから察するにもうクラブを決めたのだろうか。

「うちも機械を扱ってるんだけど、クラブ自体作ったばっかりで、ちょっと人手不足でね」

 微笑を浮かべながらそういう少年は、自分よりもやや小柄で中性的な面持ちをしていた。クラブは機動機関研究会、と言うらしい。


「やあ、見学かい」

 部長という人に挨拶された。眼鏡をかけており、落ち着いた雰囲気の二年生だが自分よりもずっと年上に見えた。他に背の高い男子生徒、短髪で活発そうな女子生徒が一人いた。彼らが作っているというもの見せてもらった。

「要するに、人型に変形する車だよ。今どき、子どもっぽいと思うかな?」

「いえ、そんなことは……」

 それどころか見入っていた。技術力もさることながら彼らの情熱を感じた。

「レックス、と呼んでいる。王様とか、そういう意味があるらしい」

 部長、時田真人はそう語った。どうもこの四人は面識があり最初からここと決めていたようだった。ここなら探していたものが見つかるかもしれない、と思いその場で入部を決意した。

「よろしく、僕は葛飾斎」

「山家……穂高」

 彼と握手を交わした。

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