(4)

 ブースで一人ぼんやりしていた。真人は斎を連れて来賓への挨拶回りに行った。芳子もそれについている。昌貴はレックスの洗浄を終えるとどこかに行ってしまった。


 斎は部長が侮辱されたと思ったんだ。あそこまで怒る……。部長とは、どれくらい前からの付き合いなんだろう。聞いたことはない。親会社の社長の息子と系列の研究所の所長の息子……。自分にも話したくない過去の思い出はたくさんある。好奇心で聞くようなことじゃない。必要があると思えば向こうから話してくれるだろう……。


 これまでのこと、そしてこれからのことを考えた。


 当面の目標には片がついた。これから……二学期からはどうするんだろう? 部長が決めるのかな……。


 今、運営委員会が参加チームのレポートをまとめている。それに目を通せば次のステップというのもおのずと見えてくるだろう。


 次のステップ……そうだ、俺には……。


 決着をつけねばならない個人的な課題があることを思い出した。


 今頃学校は月末祭で盛り上がってるだろう……。


 来週が試験の工科生たちは呪っていそうである。


 三崎さんたちも参加するんだったな、ダンスとか……。


 男子生徒と手を取り合う彼女を想像するだけで、胸が締めつけられる。


 またいやなくぼみにはまってしまう……。


 ふとテーブルの上に置いてあった名刺が目に入った。立ち上がりそのうちの一つを手に取ってみる。ACS、AITと書かれていた。

「確か……大西洋都市国、だったな。知瀬のモデルになったっていう……。そこの工科大学のものか」

 その時、なにかが頭の中に走った。

「……え?」

 電流のようなものを知覚すると、今度は強烈な圧迫感が迫ってくる。立ち眩みかなにかかと思ったが、聴覚は足音が確かに近づいてくるの捉えている。


 な、なんだ……。


 身構える。いきなりドアを開き、それは入ってきた。

「あ……」

 目の前まで来たそれは、ガスマスク、のようなものをかぶった人間だった。さらにコートのようなもので全身を覆っており、体型はうかがいしれないが、かなりの長身である。

「あ、う……」

 異様な姿、異様な迫力に声を出すのを阻まれる。

「少年、質問がある」

 ぶしつけに聞かれた。微妙に機械音声で加工されているようだが、それでも声音から察するに男性のようだ。

「な、なんでしょうか?」

「あのレックスなるマシンは君が動かしたのか?」

「はい、そうですが……」

「なぜ、君が動かしたのだ?」

「僕が、パイロット……いえ、操作オペレーターだからです」

「私が聞いているのはなぜ君が動かしたのかということだ」

「……? ですからそれは……」

 そこで、その男の言いたいことがわかった。要するになぜAI制御にしなかったのかと聞いているのであろう。


「我々は、その……人間が動かすマシンを作っているのです」

「なぜ人間が動かすマシンを作っているのだ?」

「それは、技術立証……いえ、人間能力の証明のようなものです」

「人間能力とはなんだ?」矢継ぎ早に質問をぶつけてくる。

「……それは、AIではできないことをする、ための能力だと思います……」

「AIにできなくて、人間にできることとはなんだ?」


 ……ひょっとして、難癖つけたいだけなんじゃないのかこの人……?


「……だから、例えとしましては……車で道路を走って、目の前に犬が座り込んでいるのを見たとします。人間ならとっさの判断で止まるでしょうが、AIは通行に問題がない、と判断すればそのままひいてしまうでしょう」

「ひけばよかろう」

「え?」

「犬をひいてなんの不都合があると言うのだ?」

「そ、そんなの……」

 かわいそう、と言いかけて口をつぐむ。大嫌いな言葉である。

「それでは……人間が倒れていた場合はどうなるでしょうか?」

「AIは止まる、なぜなら人間をひけばその車の占有者が罪を問われるからだ。だがそれがどうした。人間もAIも止まるではないか。なぜ人間でなければならないのだ?」

「で、では……! もしその一人をとっさに避けて別の二人をひかなければならなかったらどうします? 止まる、別の方向に避ける、という選択肢はないものと考えてください……!」

 やられっぱなしでは悔しいので逆質問してみた。


「AIは一人をひく。なぜならば二人をひくよりも一人をひいた方が、占有者の罪が軽くなるからだ」

「AIならばそうするでしょう。でも人間なら二人をひいてしまう道を選ぶこともあると思います……」

「……それはその人間が馬鹿だからだ。判断が追いつかず、より罪の重い選択をしてしまう。どうだ、これでも人がやらなければならないのか?」

 なにか屈服できないものを感じた。意地などではない、絶対に譲れない自分自身の誇りと誓い、わき起こる想念。それは、

「では……その一人というのが……! 愛する人だったらどうします⁉」

 棺に納められた母の死に顔と奏の笑顔が交差した。

「……なんと言った?」

「その人を守るためなら……! 別の二人をひいて罪を負うのをためらいはしないでしょう!」

「……その愛する人とやらのためなら……十人でも百人でもひける、と言うのな?」

「ええ……!」

「……それでは最後の質問だ。基本的な条件はさきほどと同じとしよう。ただし運転手は君自身と置き換えて考えたまえ。その人間を避ければ君は死ぬ、それでもその人間を避けるのか?」

「避けます!」

「……汝のためなら余は死ねる……」

「……?」

 男の声にノイズが混じったような気がした。

「そう言えるのだな?」

「はい……!」

「死ねるのだな?」

「はい!」

 息が切れる、汗が全身ににじむ。重い沈黙を得て男が口を開いた。

「……わかった、ここまでとしよう」

 男が目を閉じた、ように見えた。穂高も燃えるような情念が解離していくような感覚になった。

「これは私からの餞別だ」

 なにか取り出す。


 なんだ、これ……?


 虚ろに放心したまま受け取ったそれは、なにかの機械でできているような、球形物スフィアであった。

「また会おう少年。導きの縁あらばな……」

 そう言うと男はブースから出て行った。


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