(6)
穂高たちが乗ってきたUVを使って、店まで行くこととなった。十人くらいは余裕で乗れる。穂高は昌貴と一番後ろに乗った。千緒と芳子が楽し気に話している。二人は気が合うのかもしれない。真人はまだ斎を心配しているようでレックスの次の改修プランをしきりに話していた。奏はじっと窓の外を見ており、なにか考え込んでいるようにも見える。
三崎さん、さっきなにか言いたそうだったけど……。いや、言いたいことがあるのは俺のはず。だが今日は、みんなを労うことを優先しよう。
車は店についた。以前、穂高が奏に連れられて来た涼子の店である。
「うわーきれいなお店、ここビュッフェなんだって」
「前にちょっとしたお礼で、ごちそうしてもらったことがあるんだ」奏を見る。
「う、うん」
「あの時はおしゃべりに夢中であまり食べられなかったけど」苦笑して言った。
あの日、二人でここに来たことを隠す気はない。
「私、先に受け付けしてくるね」奏が中に入っていった。
「奏と来たの……?」
「ああ、そうだよ。ディナー券があったから、それでね」
「ふーん……」
千緒はなにか聞こうとしたがやめにしたようだった。
「マルダムール、ですか」
「斎、どうかした?」
「いや、別に」なにか苦笑している。
そういえばどういう意味なんだろ?
「いらっしゃーい」涼子が出迎えてくれる。
「こんにちは」
「山家くん、元気だった?」
「ええ、涼子さんもお元気そうでなによりです」
「お世話になります」真人が頭を下げた。
「いいのいいの、お客様だから楽にして。奥の十五番のロングテーブルを使って」
全員で移動する。最後に行こうとしたら、
「うふふ、山家くんなにかいいことあった?」
「これからあってくれれば、と思います」
さわやかな微笑とともに返事をした。
ドリンクバーで全員が簡単な飲みものを用意してから、真人が音頭を取った。
「それじゃマシン展を無事終えたこと、そして我々を支えてくれた三人に感謝を込めて、乾杯」
「かんぱーい」とグラスをぶつけた。
「支えたなんてほどのことはしてませんよー」と結実
「いやぁ、今まで応援してくれる人たちなんていなかったからね」
確かにそうだ。むしろ少人数で大型の部室や施設を使うので、他のクラブからは煙たがられていた感すらある。
「あたしは貢献したよー」
なにをだと聞きたかったがもう疲れた。
「穂高、今日は疲れただろ、僕たちでなにか取ってくるよ」斎が立ち上がった。
感謝してお任せで頼んだ。芳子たちも続きテーブルには穂高、奏、千緒の三人となった。
「あの、言いそびれちゃったけど今日はありがとう、来てくれて……」
「ううん、ちょっと興味あったから、部長さんに聞いて、それで……」
「あたしにはー?」
「あんがと」
「ちょっとー!」三人で笑い合う。
その後は食事と他愛のないおしゃべりで盛り上がった。ふと視線を奏たち三人に向ける。歓談に夢中になっている間にあの事が気になった。
テニス部はもう大丈夫なんだろうか……? あの男はいなくなったが部員たちのショックは大きいはず、あれだけ受けてきた傷はそう簡単には癒えないだろう。三崎さんは……。
「……部長、ところでなんですけど、うちはこれからどうします? マシン展っていう当面の目標は終わりましたけど」
「そうだなぁ、別にうちはレックスだけの部じゃないし、二学期からはみんながやりたいことをやろうと思う」
「やりたいことってもなぁ……」と昌貴。
「僕はもう少しレックスの完成度を上げていきたいかな」
「私も、今回の大会で改善点がだいぶ見えたし」
「……山家くんは、ロケットに興味があるんだよね?」奏がちらりとこちらを見た。
「うん、でも今は難しいかな。ここじゃ大したものは用意できないだろうし……」
「ロケットかぁ、今は学生向けの衛星もめずらしくはないけど……」
予算がネックになることはみんな知っている。現状としてはレックスをいじっていくしかないだろう。
「レックスを乗せて宇宙まで飛ばしますか」昌貴の軽口に全員で笑った。
「それはおいおい考えて行けばいいですよ。ところで……三崎さんたちは、どうかな、クラブのほうは……」
「え……う、うん、夏の大会に向けてみんながんばってるよ」
奏の横にいる千緒の目が暗み、心が痛むがやはり聞いておきたかった。
「そう、応援してるよ。今日のお礼もあるしね」
大丈夫そうかな……。
結局またしても閉店間際まで話し続けた。
外に出ると、真人が呼出機からUVを二台呼んだ、芳子も送っていくという。
「今度遊びに行くね。 私にもシミュレーターで操縦させて」
「うん、暇なときに来なよ、誰かいると思うから」芳子と千緒はだいぶ打ち解けたようだった。
「三崎さんは自宅だよね、よかったら送っていくけど」
「ありがとう、でも今日は千緒の所に泊まりにいくから……」
「あ……そうなんだ、それじゃまた学校で……」
「うん、ごめんなさい、ありがとう……」奏たちの乗るUVがやってきた。
「それでは真人さんたち、今日はほんとうにありがとうございました。楽しかったです」
「いえいえ、こちらこそ、資料とか見たくなったら気軽に来てください」
「今日はブリリアントデイですよ、よろしければ、お楽しみを……」結実も丁寧に頭を下げた。
最後の別れの挨拶を終えて乗り込んでいく。千緒が奏の腕に抱きついているのが見える、お泊りがうれしいのだろう。
真人と芳子も別のUVで帰っていった。
見送って振り返ると、昌貴が気の毒そうな顔で、「うん……」となぜか言った。
「どうしたの?」
ニッコリ笑顔で返してやった。
「それじゃあ帰ろうか」
笑いをこらえながら斎が乗り込み、後に続いた。
寮に戻ると車の返却手続きを終えて解散となった。
疲れていたので、めずらしく共同浴場で体を休めた後に屋上まで出向く。今日はブリリアントデイという夜間イルミネーションの日で、屋上はカメラを構えて撮影している寮生たちであふれている。
夜の闇に光が走り、いくつもの輝きが空一面に咲いては消えていく。彼女も今これを見ているだろうか。ただ一瞬、輝いては消えていく光、しかし自分の心に確かに刻まれていく。
もうなんの躊躇もない、手を強く握り、心に誓う。この想いを彼女に伝えることを。決意とともに空を見渡した。
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