(5)
「さて……穂高、もうここはいいからお前はそのお三方を車駅まで送ってくれ。そしたら、そのまま帰宅」
「え? でも、まだ作業が」
「もうほとんど済んでる」
それはわかっているが、遅れてきたうえに女の子たちを連れて先に帰る、というのは対面が悪いというものである。
「ここからじゃ、ちょっと距離もあるしな」
その一言でハッとした。道中の不審者である。
あいつが待ち伏せしていないとも限らない……。
心なしか奏も不安そうに見える。
決意を固めた次の瞬間、昌貴が身を乗り出してきた。
「お嬢さん方、私めがご一緒しましょうか」と、紳士の礼を取った。しかし、
「ダメー! すけこましはリジェクト! リジェクト!」
千緒が二人の前に立ち、手を広げてかばう様にする。昌貴はヘラヘラ顔である。
「そんじゃ頼むわ。さんがくちゃん」
穂高の肩に手をやり、管制スペースに行ってしまった。
奏がクスリと笑う。穂高はやや顔を火照らせ、大きく息を吸った後、真人に向き直った。
「お疲れさまでした、部長。今日はここで失礼します」
「ああ、気をつけてな」
「じゃあ行こうか」
鞄を手にして、奏たちに視線を向けた。
「うん、お願い」
朗らかな笑顔に彼女と再会できた喜びをかみしめた。
「よろしくお願いします」
結実もニッコリ笑いかける。
「ちゃーんと、お姉様をエスコートしなさい」
それは無視して、三人を歩行者専用レーンに誘導するように歩き始めた。
「時田さん、色々ありがとうございました。私たちは失礼します」
奏は改めて真人の方を向くと最後の挨拶を述べ、二人も黙礼した。真人も手振りで返した。
実習館の外にでると、入った時とはまるで様子が違うことに気づいた。
「あぁ……」
思わず息がもれる。
オレンジ色の夕焼けに、日の赤と夜の黒が混ざったような雲が空一面にかかり、なんとも幻想的な風光を現出させていた。
「きれい……」
奏も静かに感嘆する。薄赤い光に照らされて、色づくその瞳に魅入られそうになるがすぐに視線をそらす。
「残しときましょう」
結実がカチューシャのようなものを頭に装着した。ウェアラブルカメラになっているらしい。
「もう、さっさと行くよ……」
そういう千緒も少し見とれているようだった。
刻一刻と落ちていく太陽を追うように四人は歩く。
昔、どこかで……こんなことが……。
心の奥にしまった記憶をたどる。どこかの湿原であった。オレンジ色に染まった木道を、手を引かれてとめどなく歩いた。その手の先の、もうほとんど顔も思い出せない女性の記憶。なんの条件もつけずに自分を愛してくれたやさしいまなざし。その、母だった女性の顔が……奏に重なった。
ふと歩みを止めた。
「どうしたの?」
その声に振り返ると同時に彼女の顔を直視してしまった。
「いや……三人ともちゃんと、着いて来てるかなって……」
「あんた、あたしを幼稚園児かなにかだと思ってんの?」
「うん」
目の前まで距離を詰めてきた千緒につい即答してしまった。
結実が吹きだし、奏も笑う。千緒からはわき腹に水平チョップをくらった。
歩みを再開させる。
今さっき考えていたことが、穂高の中から泡のように消え入りそうになっていく。
なんでいまになって……。
そんなことを思ったその時、ある地点に差しかかった。
ここは……。
今日、最初に千緒と会ったところ、つまりあの不審者を目撃したところである。千緒も気づいたようで眉間にシワを寄せる。瞳にはかすかに揺らぎが見て取れる。彼女も怖いのだろう。
こんな小柄だ。無理もない……。
警戒するように三人の少し先を歩くことにした。その時、
「……⁉」
ふと、なにかに見られている気がして身構えると同時に走り出し、さらに先行する。談笑している三人はその穂高の動きには気づいていない。細目で前を見るが、前方の道の先には誰もいない。さらに周囲を見回す。
ポケットから小型の電子メモ帳のような探知機を出した。内蔵されているセンサーで周囲百メートル以内の電気を帯びている機械を割り出すことができるものである。芳子の実家の工場の最新製品で、万一、レックスのパーツが空中で散逸したときなどに備えて借りているものだが、このようにスパイグッズのような応用ができる。
起動と同時に反応を一つ捉えた。
左……!
グラウンドの向かい、今穂高たちがいる小高い道の左斜め下に実習機械の倉庫があった。
あそこか!
そこの窓の一つに着目する、確かにカメラレンズの反射光が見えた。目を凝らすと小型カメラを構えている男の姿をはっきりと認識できた。
それに接近する。さらに、まっすぐ向いてにらみつけ、探知機を右手で少し上にかかげてみせた。お前を見つけたぞ、というメッセージのつもりだった。
男は立ち尽くした。顔はよく見えない。こちらが視線を外さないでいると、わなわなと震え始めて出て行った、と思ったら、再び引き返してきて窓に蹴りを入れて今度こそ立ち去った。防犯窓は割れることはなかった。
なんだ、あいつは……?
奏たちは気づかなったようだ。木々が防壁となり、あちらからは撮影できたとは思えない。しかし、あと少しで奏を盗撮されていたと思うと血が逆流しそうになった。
これは放置できない。
「おーい、さんがー、離れ過ぎだぞー」
後ろから千緒の声が響く。
「ああ、ごめん、ごめん」
振り返り、倉庫の方を警戒しつつ彼女たちのもとへ戻った。
「なにか考え事……ああ、そのマシン展が近いんだもんね」
「そんなとこ」
今行われた小競り合いには三人とも気づかなかったようだ。
この杉岡という娘はやつの正体を知っているようだった、テニス部への恨み……?
聞くべきか迷う。こんな話題はいやだろう。しかし、彼女を、奏を守りたいと思った。
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