(4)

「ところで君たちは、穂高……山家の友達なのかな?」

「はい、以前部室で、そのレックスくんというのを山家くんにみせてもらったことがあります」

「へぇ……」

 真人が横目でニヤっと穂高を見た。みんなのしらないところで女子生徒を部室に連れ込んだということがバレて、頬が紅潮する。


 女子との逢引に部室を使った、みたいに思われたんじゃないのか⁉


「ヒュー、掃き溜めに鶴だね、こりゃ」

 いきなり昌貴が参上、ゲスト三人を見やってそんな軽口をたたいた。

「ああ、彼は……」

 真人が昌貴を紹介しようとしたまさにその時、

「井上昌貴!」

 千緒が金切り声をあげた。目を丸くして驚いているようである。

 しかし、昌貴は目の前の小柄な女生徒を知らないようでポカンとしている。


「んっと……、どこかで会ったかな?」

 左手で後頭部をかきながら、千緒を怪訝な目で見た。

「あなた……! 有名よ、工科一のプレイボーイって!」

「ふーん、そりゃ光栄だね」

 ケラケラ笑っている。昌貴がいろんな女の子と遊んでいることは、穂高も知っている。なにか女癖の悪いことでもやらかしたのだろうか。

「私見たよ! この間、そこの……結実に粉かけていたとこ!」

 全員の視線が同時に香月結実に集中した。本人はキョトンとた面持ちで、昌貴を見た。

 昌貴はなにか思い出したような口ぶりで、

「ああ……そんなこともあったかな……」と、つぶやいた。

「昌貴……」

 真人が呆れたように昌貴をにらんだ。

「いやあ、そんな無茶な口説き方はしてない……よね?」

 悪びれる様子もなく結実に話しかける。

「あのぉ、すみません。覚えてないです……」

 結実が口を開いた。

「なら、もういいじゃん」

 昌貴がなんでもないかのように話を締めくくろうとする。

「はい」

 結実も応じたが千緒はまだ、がるがるとうなり声をあげている。

「千緒、もうその辺で……」

 奏がなだめた。一人っ子と聞いていたが、お姉さん気質なのでは、と穂高は思った。


 それにしても……。


 威嚇を続ける千緒を見て、最初から自分とは何か縁があったのではないかと考えそうになった。

「部長ー、そろそろ撤収ですよー」

 コックピットキューブにいた芳子やってきた。すまし顔で奏たちのほうは、見ようともしない。

「ああ、もう終えるとしよう」

 真人が、管理カードを操作する。床が割け、巨大なローラー付きコンテナが出てきた。

 レックスを格納して部室に運ぶためのものである。大きすぎて2階のオートウォークには載せられず、安全性の観点から外の連絡通路も許可なしでは通れない。

 そのため地下経路を使うのである。星緑港はこの手の大型機械の搬入出は日常業務であり、部活動とはいえ生徒がその運搬システム扱うのは危険すぎるので、専門のエンジニアがやってくれる。

 自分たちとしては楽なのだが、その分時間厳守が求められる。時間までに所定の位置まで運ばないと、ペナルティとして一定期間活動停止を言い渡されたりするので、芳子も神経質にならざるを得ない。

「はぁ……!」

 千緒が目を輝かせて。そのメカニクスに瞠目した。見るのは初めてだったようだ。

「すごいです」

 結実も彼女にしては感激しているような声音になった。

 しかし、奏だけはどこか気まずそうな顔しており、芳子の元へ歩み寄った。

「あの、私、三崎奏です……、お忙しいところ押しかけて、すみませんでした」と、芳子に丁寧にお辞儀した。芳子が面を喰らったような表情になる。

「あ……いや……、べつに……上北芳子です……」

 芳子が軽く会釈すると千緒たちもやってきた。

「杉岡千緒です。今日はここの……さんがく……くんに助けられました」

 昌貴が吹きだす。芳子も笑いをかみ殺した。

 天然ってやつか……? それとも喧嘩売ってんのか?

 どちらにせよ助けたようなことはない。

「香月結実です。女性の方もいらしたんですね」

「う、うん。私一人だけど……」

「ああ、お近づきの印にこちらを」

と、カバンのを開けると中にはまとまった数本の缶ジュースとおぼしきものがあった。


 なんだあれ?


 まとめ買いしたものなのか、ビニールパッケージにまとまっている。爪で破るとそのうちの一本を芳子に手渡した。

「あ、ありがと……」

 芳子が受け取る。



「それじゃ部長、私、ノートをまとめておきます」

「ああ」

 真人が答える。もう終えていたがなんとなくバツの悪さを覚えて離れることにした。奏たちが改めて会釈して見送る。

 芳子は女子文科生三人の態度に意外な思いを感じていた。

 男目的、この場合は穂高、で工科生に会いに来る文科の女子はたいてい女子工科生に冷たいことを経験から知っていた。無視したり、その場にいないかのように振るまうのである。意中の男に近いから、というのもあるのかもしれないが、数の力を鼻にかけて、油くさい工業女と見下されては、こちらも相応の態度で臨んでやるという気概も生まれた。

 しかし、今日の三人は非常に礼儀正しく、心優しい少女たちで虚をつかれた思いだった。

「私ったら、変に意地になって……バカみたい……」

 とげとげしい態度を恥じ入り、右の頬を人差し指でかくと、もらったアップルジュースを一気飲みした。


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