第二章 キド研

(1)

「穂高」

「えっ?」

「聞いているのか、今月末のマシン展だが……」

 三崎奏との件から、一週間ほど経った。

 なんということのない出来事であったが、どうも自分の頭にまとわりついて離れない。

「すみません」

「しゃきっとしてくれ、うちはただでさえ人手不足なんだから」

 穂高の目の前に立っている眼鏡の男子生徒は時田ときた真人まひと、この機動機関研究会の発起人であり、部長を務める二年生である。実家が経営している会社は新興の重工業会社、時田機動でありその創設者の息子でもある。

「次のマシン展でこの〈レックス〉を出すが……」

 マシン展、六月の最終週に行われる機械の大会である。知瀬市が主催しており、全国の学校が参加するイベントで穂高たちもそれに参加するためのマシンの完成を急いでいた。

 真人が立体モニターを起動させると、3Dモデルと図面が空中に浮かんだ。

「調整にもう少しかかる、ギリギリだろう」


 レックスというのは、穂高が入学する以前から真人が開発していた、多用途……をめざしているマシンである。今の見た目は縦に長い車のようになっている。地上ではホイールで走るが、小型の水素エンジンを複数箇所に搭載しており、わずかな時間ではあるが浮遊することができる。この時代では高校生でも、学校や後援企業の支援があれば専門性の強いパーツであっても普通に調達できる。それに関しては、この高校だけが特別というわけではない。

「これがうちの初出展になるから安定していることが重要になる」


「ああ、学校へのアピールもあるんですね。ロボット部よりもやれるって」

 あけすけな物言いをするのは同期の井上いのうえ昌貴まさき。長身でラフに制服を着崩しており、髪はワックスかなにかで固めているのか、ツンツンしている。

「ちょっと!」

 キド研唯一の女子生徒、上北かみきた芳子よしこが立ち上がって昌貴をにらむ。ショートカットでボーイッシュないで立ちをしており、やたら気が強い。

 真人が手で制した。

「そんなことは考えていない。向こうは向こう、こっちはこっちだ。ただ予算面で苦しい立場にあるわけだから、学校への宣伝……というか証明を兼ねているのは事実だ」

 元々、キド研自体、学校からはロボット部と喧嘩別れした離反組のようなものと思われている。似たようなクラブの乱立をこの学校は好まない。認可はもらえたがいまだに専任の顧問もいない状態である。

「ええ、我々の力を示すには格好の舞台です」

 と、語るのは葛飾かつしかいつき、昌貴、芳子と同じく穂高の同期で、穂高よりもやや小柄でりりしく、中性的な風貌をしている。普段は温和で控えめな男子生徒だが、この手の話題になると少し好戦的になる。真人を尊敬する彼は、真人と袂を分かつことになったロボット部にいい印象を持っていない。

 穂高をキド研に誘ったのは彼だったが、どういう経緯で真人がキド研を立ち上げたのかについては聞いたことがなかった。

「だから……あまりそういう方向で考えなくていい。ただ遊んでるだけの部ではない、と証明できれば」 

 多少呆れながら、真人がモニターを指し示した。


「見ての通り、基本的な骨組みは、ほぼ完成した。後はボディを乗せて、実試験を行うだけだが……」

 そうい言うと計算式を出した。穂高では、数分はかかるものだがあっさり終えた。

「推力を安定して得るには少々重い、というわけだ」

 まだ機械工学を学び始めたばかりの穂高だが重量があると着地が危険になる、という理屈は理解できる。

「これ以上の軽量化は材質そのものを変更する必要がありますよ」

 と、昌貴が言う。ボディは彼が主体になって取り組んだ。完成させるのは指定した企業だが、製作には自分たちも関与している。むろんボディの変更などしている時間はもうない。

「わかっている、俺はもう少し出力を上げて、そのための調整を行うが……穂高」

「はい」

「本番での操作は、お前にやってもらいたい」

「え……ええ⁉」


 完全に虚を突かれた。元々穂高はこのメンバーの中では一番の素人である。一人でできたこと言えば一部のマニューバ、機体動作の構築ぐらいなものであった。それもシミュレーターでの仮想実験であり、実物を動かすことは考えていなかった。

「な、なんで自分なんです? ラジコンドローンですらほとんど動かしたことないのに……」

「さっきも言ったが、俺は直前まで推力向上のための調整をやらねばならん、それに本番での管制もやるつもりでいた」

 真人が眼鏡を外した。

「と、なると残りの四人の中ではお前に一番適性があるとみた」

「ですが……」

 レックスは穂高が入学する以前から真人が製作していたものであり、そのお披露目の晴れ舞台において、いわば花形ともいうべき操縦係を自分がやる、というのはかなりためらわれる。

 真人が他三名にちらり、と視線を投げかけた。

「別に私は異議なし。もうちょっとセンサーの方も調整したいしね」

 芳子はモニターやセンサー類に明るい、実家の工場がそうしたものを作っているからである。

「ああ、穂高でいいだろ。俺も自分で動かすのは、性に合わん」

 昌貴は少し視線をそらしたようにみえた。

「で、でも」

 自分だけが専門的にできる分野がないから、気をつかわれているのではないかと思えて煮え切らない。


「こっちでちゃんとフォローするよ。なにかあっても君一人の責任にはしない。チーム全体の能力の最適化と思ってくれればいい」

 斎が柔和な笑みでそういった。こうなることを想定していたようだった。

「やってくれるか?」

「わかり……ました」ついに首を縦に振らざるを得なくなった。決意を込めて手を固く握る。

「よし、決定だ。明日から、第三実習館で本格的に調整、そして起動試験も行う。うちの持ち時間は一回につき二時間、それを五回やる予定だ。十四時半からになる。レックスの運搬の手配は俺がやっておくから、四人はその他の機材を頼む」

「はい」

「それじゃ、解散」


 部室棟を夕日が橙色に染め、渡り廊下では歓談する生徒の声があちこちに響いていた。星緑港は基本的に五限までしかなく、持ち帰って自主的に取り組む課題が多い。

 それでも学業にプライオリティーを置くというのが、基本的な指針であり、クラブ活動の時間に厳格である。時間を超過した場合は強制的に照明を落とすこともままある。

 まめな真人は戸締りや鍵の返却も率先して行い、昌貴、斎、芳子はそれぞれの担当箇所を語り合いながら歩いていた。そのあとを穂高がうつむきかげんに歩く。

「もう、不景気ね……。こっちだって楽してるわけじゃないんだよ」

 芳子が振り返る。

「別に操作係がいやなわけじゃないんだろ?」

「ああ……、たださ、部長が手塩にかけて製作してきたレックスを……その、横取りするみたいで、なんだか……」

 昌貴の顔もみないで気の弱い返事を返す。

「そこまで神経質にとらえることはないよ。それに部長は、君のマニューバを精査した上で決断したと思う」


 マニューバというのは元々、主に戦闘機の空中動作を指す航空用語なのだが、工科生たちはその意味の幅を広げ自分たちが作るマシン全体の動作にまで拡大して、そう呼んでいる。

「あれは僕じゃ、ちょっと思いつかないな」

 さすがにお世辞だろう。ここで穂高にできて斎にできないことはない。だが励まそうとしてくれる心づかいはありがたかった。

「運動部上りは、穂高だけだしな、遠隔操作っても、ちと体力使うぜあれは」

「そのことは……あまり関係ないと思うけど」 

 中学時代の話はしたくなかった。

「命取られるわけじゃないんだから、気軽にやりなさいな。でも、うちの特注センサーには傷をつけないでよ」

「うっ……」


 ニヤっと意地悪い芳子。彼女の家は知瀬で町工場を経営しており、時田機動とも取引があるらしい。穂高は彼女がキド研に入ったのも、そういうつながりであろうと、なんとなく察していた。この三人は入学以前から真人を知っているようなのだが、詳しく聞いたことはない。

「それよかこの後どうする? 部長を待ってメシでも食いに行くか」

「ごめん、今日は俺……」

「あー、わかったよ。ちゃんと頭冷やして備えなさい」

 三人を残して正門前の通りを目指してとぼとぼ歩く。寮へのバスの停留所はその近くにある。


 俺がレックスを……。いや、任されたんだ、自分ならできると。ずっと、チームでなにかをやることを求めてきたじゃないか。いざ、それが手に入る手前まで来て躊躇するなんて小心すぎる。


中学での思い出すのもつらい記憶。それを振り切るためにここに来たことを思い出す。


 そうだあの時とは違う。ここのみんなは俺を信頼してくれて、仲間だと思ってくれている、やるんだ、俺自身の手で……なしてみせる!


 徐々に鼻息が荒くなり、歩みに力が増す。映画で見たようなパイロットになれる。そう言い聞かせると顔もほころんできた。走り出し、軽く飛んで回転する。訓練のつもりだった。


 やってやる。……!


 再びジャンプ。深く落とした足を、持ち上げようとしたまさにその時、

「山家くん」

 破顔したまま、誰とも気づかず振り返った。

「え? ……!」時間すら止まったのではないかと思えるほど、すべてが凍り付いた。

 まばたきもせず、目だけ笑ったまま、変な脂汗がふき出してくる。

 こちらに微笑を浮かべて顔を向けていたのは先日出会ったばかりの女生徒、三崎奏であった。


 

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