(2)
人間関係もだいぶ固まった六月になると校内のあちこちらカップルを見かけるようなった。
大胆にも校内で隠れながらキスを交わす男女を見たときはぎょっとしたものである。
自分も思春期と言える年なのであろうが実感がわかない。
女性づきあいには無縁の人生だった。幼少の頃から工作趣味に没頭し、中学ではサッカー部に入ったりもした。この上異性との交際などしようなら余暇はほぼなくなる。
で、あるので中学生の頃は部活が終わった後、彼女が待ってくれている他の部員たちをやっかんだりもしなかったし、夏休みやクリスマス前に焦って女子にアプローチをかけ始める同級生を滑稽に思ったりもした。
異性との交際に興味がないわけではないのだが、意味がないとも感じている。穂高は使用したことはないが、今の時代デジタルな手段を通じて性的な興奮が得られる認識拡張デバイスが一般化しており、パートナーを持つのが当然とはいえなくなってきている。知瀬を含む一部の都市では一五才以上の国民はベーシックインカムを受給できることが権利となり、前時代的な核家族も現象の一途をたどっている。恋愛自体廃れてきているのだ。
加えて、この難関校である星緑港の工科に入りたいと発心してからは、勉強漬けの日々でありガールフレンドを作るなど思いつくこともなかった。
職員室に入り、担当の教員から部室の鍵を受け取る。この学校は基本的にすべての部屋が電子管理化されており、鍵など使わなくても、どの部屋の開閉も生体認証で行えるのだが、生徒たちのアジトとなっている部室棟は例外で旧時代的な管理システムを継続していた。おそろしく巨大な建物なので、合理的とは言えない管理方法だが、それでも生徒であるという立場をわきまえてもらいたいのである。
部室の開閉はいつもなら部長が率先してやってしまうのだが、今日は午後の講義が早めに終わる予定だったので自分が一番乗りになることをクラブのEコミュニティを通じて他の部員たちには既に伝えてある。
二階の渡り廊下から部室棟に向かった。広い廊下を一人歩く。まだほとんどの生徒は五限目だろう。人影はほとんどない。
クラブで今の穂高が一人でできることは少ないのだが、それでも六月末に迫った大会に向けて気合を入れる。この界隈ではちょっとした新人戦の趣があるのだ。
足早に部室にたどり着いて鍵を回した。その時、
「……ります」
抗議するような女子の声を聴いた。
……なんだ?
「だから、ほんの顔見せ程度でいいんだって」
「ごめんなさい、無理です」
横の通路から男女二人の声が近づいてくる。
「時間はそんなかからないから」
男の方の声が苛立ちを帯び始めてきた。
「そういうことではなく……ごめんなさい」
どうする……困ってるみたいだけど。
足音がさらに近づく。
止めに入るか? いや、そんな柄じゃないだろ……。
逡巡していると、状況はいよいよ剣呑になってきた。
「おい待てよ、ちょっとうぬぼれてんじゃないの君っ」
「……ッ!」
もうすぐそこである。
……腹をくくるか。
喧嘩の経験などほとんどない。賭けに近いだろう。冷や汗を握りつぶして一歩踏み出した。
「お、おい! なにやって、てんです!」
緊張のあまり珍妙な語尾になったが、眼前の二人は特にそのことには気づかなかったようだ。
いきなりの乱入者に女生徒は鳩が豆鉄砲を食ったような顔になっていた。男のほうは一瞬驚いた様子だったが、すぐに威圧的な表情に変化した。
精一杯に顔を引きつらせる。凶悪そうな表情、というのがどうもできない。
「そこの……彼女になにか?」
男が口を半開きにした。校章の色で一学年上とわかったがそれで怯むわけにはいかない。戦意というか、あまり体験したことのない興奮に襲われていた。
「……中へ」
「えっ? あ……はい」
特に考えが浮かんだわけでもなく女生徒に部室の鍵を渡した。なんとかこのこう着を打ち破りたい。
顔にあらん限りの神経を走らせて、黙ってにらむ。
男は舌打ちするときびすを返して去っていった。下級生の女子を追い回すというさまに見苦しさを自覚したのかもしれない。
「ハァ……!」
相手の姿が完全に視界から消えてから安堵のため息をつく。
荒事にならずに済んでよかった……。
緊張と顔の筋をあっちこっちに引っ張ったせいで、汗まみれなことに気づいた。
「ああ! もう……!」
顔を乱雑にハンカチでぬぐうと部室のドアを開いた。
「うん……?」
視線の先にキョトンとした顔をしたロングヘアの女子生徒がいた。
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