月に溺れ

@natsu39

第1話拗れ

小さい頃は何も考えなくてもよかった。

だけど、大人になるにつれ何かを考えなければ生きづらくなってくる。

恋だの、青春だのどうでもいいのに、周りは恋バナなんかに花を咲かせている。

どうでもいいと自分で思っていても、周りはそうではない。

でも、周りに合わせなければ自分が置いていかれてしまう。

大人になるって面倒だ。何故他人と合わせなければいけないんだろうか。そんな事をして、自分を殺して何が楽しいんだろうかと。

馬鹿らしい。

こんな事を考えているから駄目なんだと判っていても、どうする事も出来ないまま、無駄な日々を惰性で過ごしている。

あの時の事を考えると馬鹿らしいと言った自分を消し去りたいと思う事がある。きっと、自分の想いを隠したかったから、光有るものを妬んでいたんだろう。届かないから焦がれて、馬鹿にして自分が正しいと正当化していた。

本当にあの頃の私は馬鹿で愚かで、何も知らなかったし、考えていなかった。まだ、子供だからと無知を貫き通していた。

私にとって隠したくて、でも、ここから変われた、そんな私の過去のお話。

 


私には幼馴染がいる。

眞白裄。それが幼馴染である彼の名前だ。私は斎藤知夏。平凡で地味を貫いてきた、ただの一般市民の女子。

幼い頃から側にいるのが当たり前で、何をするのにも一緒だった。

だけど、それは長くは続かなかった。高校生になってからはお互い距離を置いてなのか、会話すらなくなっていた。

たまに会っても会話なんてない。

とても冷めた関係になったものだと思ってしまうが、彼にも彼なりの思いがあるのだろう。

その人生設計に私という存在が邪魔で仕方がないのかもしれない。

なのに、何故か幼稚園から高校生に至るまでずっと同じ学校に通っている。謎でしかない。

私が通う公立高校は自宅から最寄り駅まで行って電車で乗って10駅先にある。高校こそは遠くに遠くに行って幼馴染離れをしたいと受験したのに関わらず、奴はいた。

中三の受験当日に驚いたものだ。

受験会場で話しかけたら、裄は笑顔で「知夏もここだったんだ」とだけ答えた。何故受験したのかも応えず、笑顔で微笑むだけだった。

そうこうしている内に受験は終わり、合格発表がされ現在通えている訳だけど、裄も合格したみたいで隣のクラスにいる。

私が日陰の存在なら裄は陽向の人間。

勉強も出来て、運動も出来て、色々頼れる存在。そしてモテる。

私みたいな地味で、誰とも干渉しない人間とは別世界の人間。

そんな裄の側に中学まで当たり前のようにいたのがおかしかったんだ。

あの頃は何も考えなくても、笑い合えていたのに……。

溜息しか出ない。

私は机の横に掛けていたバックを取り、立ち上がり教室を後にした。

廊下は放課後なのに誰もおらず、寂しげな雰囲気を漂わせている。

廊下の窓を眺めると、楽しそうに笑う運動部員がいた。

その中に裄もいる。

私には見せなくなった、笑顔を見せ真剣に部活に取り組む姿を見て、泣きそうになって、私は服の袖で目元を擦り付けた。

涙は出ないけれど、何度この光景を眺めては泣きそうになっただろうか。

何十分もその場に居座ることはなくなったけれど、裄を見ては、自分の側にいた事がとても幸せだったのだと思い知る。

馬鹿らしいと自分に言い聞かせる事で、何も考えないようにするしかなくて、自分の思いを知るのが怖かった。

きっと、思いに鍵を自分自身でかけているに違いない。

でも、怖いから鍵を解く気にはなれなくて……気付けば裄と目を合わさず、会話をしないまま高校生2年生になっていた。

家は隣同士なのに会わないのは向こうが避けているのだろうか。

眞白裄は誰隔てなく会話をする男で、いつも皆の中心にいる。基本的には優しくて、悪い事は悪い事、誰かがいい事をしたら、大袈裟なくらい喜ぶヤツだった。

なのに、1個人、私を除いて避けられている。

もう、戻らないんだなと思うだけで、寂しい気持ちにはなるけれど、裄が私と会いたくないと思うなら仕方がないのかもしれない。

家に到着する頃には、外は真っ暗で、街頭の灯りが点々と灯り始めていた。

お隣はまだ、帰宅していないようだった。

自室から隣の窓を眺めるが、明かりはついていない。

裄はバスケ部に所属していて、夜中まで残っている事が多く、帰宅は大体9時を過ぎていた。

昔はよく糸電話をしたり、お互いの部屋を行き来してたりした。

今はカーテン越しに漏れる明かりが生存確認みたいになっている。

裄自身は多分そんな事をしていないだろうけれど。

私は着ていたセーターとシャツを脱ぎ、部屋着に着替える。

明日の用意をして、予習をしたりして時間を潰しベッドでゴロゴロと寛ぎ始めた。

「……する事ないな……」

ボヤいても現状が変わる訳でもなく、時間だけが過ぎていく。

普段なら学校が終わるとバイトに直行し、帰宅は22時過ぎなのだけど、今日はシフトが入っておらず自宅で暇をしていた。

誰とも関わらないせいか、会話する友人もいない。小中とそれなりに仲がいい人間もいたが、裄目当てだったらしく、裄に振られた後に私には暴言を吐いて去っていた。裄がいたからこそ形成されたコミュニティだったせいか、私には友達と呼べる人は残っていなかったし、出来なかった。

高校生になっては、バイトばかりをいれてそれなりにカツカツな日々を過ごしているが友達が居ないことに関しては寂しいと思わなかった。

勉強が出来ない訳でもない。裄より出来る方だった。

「……あーー、……暇だな」

そう呟いて私は目を閉じた。


「香織さんいつも有難うございます」

「遠慮しなくてもいいのよ。朱乃の息子さんだし、小さい頃から面倒見ていてもう、息子のように見えて仕方ないの。だから、まだ甘えてくれると私は嬉しいわ」

「……それ母が聞くと甘やかすなってドヤされますよ」

「……朱乃ならやりかねないわね。それより、裄くんはちゃんと知夏と会話してる?」

裄は目線を下に向け始めているようで、焦っているのが誰が見ても判ってしまう程に挙動不審だ。

「……」

「……裄くんは知夏とこのまま会話なくてもいいの?折角高校も同じ所に通っているのに想いを伝えなくても平気なのかな。知夏学校行く以外はバイトばかりしてるから家にいる事が少なくなったけれど、裄くんは知夏の事どう思っているの?」

「……どうって……ただの幼馴染ですよ?何もありませんって」

裄は大袈裟に笑った。

「裄くんがそう思っているのなら、それでいいと思うけど、私は感心しないな。本当の気持ちを封じ込めて楽しい?それに今日だってホントは知夏に会いに来たんじゃないの?」

「……じゃ、どうすればいいんですか?俺はただ知夏の迷惑にはなりたくないんです。アイツは俺がいると友達が出来ないじゃないですか……でも、俺は側にいたいですよ。だけど、俺が側にいると知夏に友達出来ないじゃないです!!」

「……何、それ」

階段から降りてきて声を発っしたのは知夏だった。

「……そんな事思ってたの、迷惑」

「知夏」

「てか、裄毎日来てたの?」

「知夏落ち着いて」

「迷惑にはなりたくないって思われる事が1番迷惑なんだよ。何それで無視したの??巫山戯んな。」

「……知夏。話を聞いていくれ」

「……あんたは同情で私と接していたんだって事が判ってよかった。つまり私は馬鹿だったって事か」

知夏の瞳からポツリと雫が零れ落ちる。

「同情なんかじゃない!!だから、話を聞いてくれ」

裄はそう言うと知夏の腕を掴む。

知夏は裄を睨みつけ、掴まれた腕を無理やり振り払い、階段を駆け上がり、自分の部屋に戻っていた。

「……私が余計な事をしたかしら?」 

香織は裄に申し訳なそうに尋ねる。

「……いえ、大丈夫です。知夏と向き合おうとしなかった俺が悪いんです。だから、問題ないです」

裄の瞳から涙は零れていなかったが、少し潤んでいた。

余計に拗れてしまった関係の終着点はどこだろう。

それも判らなくなってしまった。

でも、きっと元通りになるって思うから……今はその時じゃないはずだから……。

あの日から数日が経った。

私たちの関係は拗れたまんまだった。

でも、私たちは変わらない。

変わるはずもなく、日々が過ぎていく。

芽吹いた花達は散っては、更なる季節への訪れを伝える。

季節は春から夏に向けて変わっていく。

温かい季節から少し寒気を感じる季節へと写り変わって、私たちはは高校二年生になる。

知夏と裄の関係は相も変わらずで……

 

 

 

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