想像日記

あかな

土佐編 一回目


 目的地に向かう途中、土佐ここが『紙』の名産だと知り、いの町の『紙の博物館』を覗いてみることにした。

 昔ながらの『漉く』やり方で作られる紙は予想に反して薄かった。

「和紙は分厚くてしっかりしているもの」と考えていたが……。

 材料となる楮が良質であることが『薄い』和紙を作れる理由らしい。アメリカの有名美術館でも修復作業に使われたりするそうだ。これまた驚きだ。

 覗いていくだけのつもりが、紙漉き体験までしてしまったので日が暮れかかっている。なれない夜道を行くのは心配なので、今夜は博物館近くで宿をとることにした。

 体験指導をしてくれた係りの人にそれを話すと、知り合いが経営していると言う宿に連絡してくれた。宿のお礼を言うと、ついでにこの地に伝わる伝説を教えてくれた。

紙漉きを伝えた人が『殺されて』終わる話だった。


想像力を刺激され、宿に落ち着いてから改めて伝説を検索してみると『まんが日本昔ばなし』の方でもヒットした。


 昔、土佐の山奥の二淀川のほとりに、成山という小さな村がありました。その村に一人の尼さんが住んでいました。


 もともとは立派な殿様の奥方だったのですが、戦に敗れて殿様も死んでしまったため、この世を憂いて尼になったのでした。甥も住みつくようになり、二人で静かに暮らしていました。


 ある日山で薪を集めていると、傷ついた武士が倒れていました。手厚く介抱してあげると、その男は元気を取り戻しました。武士は、伊予の国の男で、山に生えている楮(こうぞ)の木から紙を作る方法を知っていました。さっそく紙すき小屋を作り、紙を作りました。


 やがて春になり、尼さんは桜の花を入れた紙を作ってみました。それは見事な仕上がりで、季節の草花を染めあげていつしか「七色紙」といわれ、幕府に献上する「土佐の特産品」としての貴重な物となりました。殿様から紙の役人として任命された甥は大喜びでした。


 ところが、突然に武士が国へ帰りたいと言い出しました。もし、武士がここを出て行ったら「七色紙の秘法」がよそへ漏れてしまうと心配した甥は、見送りの途中の「坂ノ峠」まで来たところで切り殺してしまいました。

 その後、尼さんや甥がどうなったかわかりませんが、土佐の成山は今も紙すきの里と呼ばれています。


あらすじは聞いたものと変わらない。傷つき倒れていたのが伝説では『遍路』、昔ばなしでは『武士』となっていること、助けた女性が『尼』かそうでないかが違うだけ。

でもが問題かなこの場合。


四国の紙業について見ると『四国は紙国』 と出てきた。全国屈指の生産地とある。

愛媛県と高知県は紙処として名高いと。

以外だ。殺された人は愛媛県(伊予)の人で間違いない。高知から愛媛に技術が伝わったのならその記録があるはずたが、それらしい記録モノはみられない。

愛媛の四国中央市には『紙のまち資料館』があり紙業の歴史を伝えている。紙業が歴史上で大きな役割を果たしてきた証とみて間違いないはず。大抵この手の話は死んだ人の出身地を誤魔化してしまうものだけど……。


平安時代から四国産の紙は重宝されていたらしい。

古墳時代に百済や高句麗からの渡来人が伝えた技術が伊予しこくで発達したんだな。太平洋側の高知より、瀬戸内海側の愛媛いよの方が畿内みやこと往き来がしやすかったのかな。

あるいは戦禍を逃れてきたのか……それとも材料かな。楮の生育に良い場所を求めて南下したとか。


殺された人は昔ばなしの『武士』より、伝説の『遍路』の方がありそうだけど。

この話が伝説や昔ばなしとして語られるのもそうであれば納得がいく。

お遍路の成立時期はハッキリしないか。

母方の菩提寺が真言宗だったから長谷寺にお参りしたけれど、お遍路の成立が何時か?なんて調べたことなかったな。そこまで信心深くないしな……それはともかく。


遍路を介抱することは功徳を積むことになるから、尼さんが進んでするのは当然だし、同居人だって反対はしないだろうな。

で『お礼に』って紙漉きを教えてくれたと。

自分を助けてくれた村を救いたかったと言うのも理由の一つだろうけれど。

産業について検索しても出てくるのは木材の輸出だけだし、平安時代は流刑地?……佐渡や隠岐と同じ扱いだったのか?僻地と言うかこの世の果て扱いで、同じ時期、愛媛県いよが都への流通路を確保し栄えていた(のであろう)に対して雲泥の差だな。

お人好しと言うか……善良な人だったんだろうな。

そんな人だからこそ遍路を途中で止める訳には行かないと言い張ったんだろう。

現代のお遍路は観光目的の遊び半分だけど、話の当時なら真剣な巡礼、もしくは祈願の為のお参り。最後までやり遂げなくてはならないと、行かせて下さいと譲らなかった。

それを引き留めようとしたのは多分、同居人だけじゃないな。村の代表が総出で説得にあたったはず。

これといった特色が無かった村に出来た貴重な産業だし……七色和紙を産み出した人だ。その技術が漏れるのもまずいけど、それ以上に……

もっと美しい和紙を造り出してしまったら……

もっと素晴らしい技術を他所で編み出してしまったら……

七色和紙の価値が無くなってしまう。

そんな懸念もあっただろう。


話の中では遍路(あるいは武士)を殺したのは『峠』ってなってるけれど……これは共通してるが、遍路の殺害は村を守るって言う大義名分があった訳だから村の中で殺されたんじゃないだろうか。


大義があると言っても殺すのは『遍路』。

『遍路を助けるのは、自分の代わりに参拝してもらうことで、功徳を積むことができるとされる』この習慣が既に在ったなら……あったと見る方が筋が通るが……遍路を殺すのは物凄く恐ろしい事だったはず。

そんな事を独りで背負うなんてできないし、遍路の殺害が村の為なら全員が共犯者でなくては。秘密を共有することは結束を守る為に必要な事だし、裏切りを防ぐ意味もある。


村長の家で別れの宴を~とか言ったんだろうな。毒でも使えば簡単だけど……村人の中にはきっとお遍路さんに腹をたてた人もいるだろう。『助けてやった恩を忘れやがって』みたいな……その人達は『毒で殺して終わり』にしたか……毒で動けなくして全員で滅多打ちとか……自分でも嫌な想像だな……でも共犯を成立させるならこの方が効果的なんだよな……全員が実行犯になるからな……。

尼さんには黙って実行したんだろうけど、罪に耐えかねた誰かが喋っちゃったか、同居人の様子の違いに気が付いて止めに入ったかしたんだろうな。

そもそも尼ってなってるの昔ばなしだけだし、尼じゃなかったとしたら……一緒にいるうちにお遍路さんに惚れて『自分も一緒に村を出る』って言い出してもおかしくないし。二人とも殺さなきゃいけなくなったのは確かだな。

長宗我部元親が戦国時代を代表する武将として、土佐の戦乱を治めた英雄として尊敬されていたとすれば、その血族の女性を口封じの為に殺してしまったなんて絶対に漏らせないだろうから、ますます秘密の重さが増していく。……長宗我部が活躍した後とみれば、この話は戦国時代後期かそれ以降。お遍路の成立時期は関係なかったな。


残るは二人の遺体を何処へ埋葬したか……。

絶対に村の外には漏らせない秘密を何処に隠したか。

聞いた話では『仏の峠』で殺されたとなってるが地図に無い。

昔ばなしの方の『坂の峠』。この言い回しは

かごめ歌の『後ろの正面』に似ている。

かごめ歌は政権交代や天変地異を望む呪の歌だと何かで読んだか聞いたけれども、この場合は逆かな。峠は坂の終わりと始まりだから、それを村の繁栄(上り坂)と衰退(下り坂)に見立て衰退しないように守り神として峠に埋めた…。

でも殺した主な理由が『外に出さない為』なんだよな。そこを考えると村の境界を守るって言うのとは違うから……村の中に埋めたんだろうか。村の辻や鎮守の神社、札所の下とか。

『踏む』事には『封じる・鎮める』意味がある。辻に埋めれば常に人に踏まれるから『封印』としての効果が期待できそうだし、そこに二人が『埋葬』されている事を知る人にとっては沈黙を守り続ける為の『契約』にもなるし。

神社や寺社の下に埋めるなら、管理者である神主や住職に秘密では出来ないだろうな。

そもそも神主や住職にしたって、村を豊かにした技術が流通する事は避けたいだろうし。

村が豊かであればこそ神社や寺も栄えるものだし……だけど。

殺した相手をお遍路だとすれば、協力したのは神社の神主の方だろうか。札所のお寺の方はお遍路が来てくれなければ困るが、神社にとってはお遍路がどれだけ盛んに行われていようといまいと関係無い。

特にこの場合は遍路の一人くらい必要な犠牲だって言ってのけたかもな。

神社の下に埋めてしまえば誰にも見つからないし(掘り返される心配無い)。『鎮守様が二人を鎮めて下さいますよ』とか。

『坂の峠』は終わりと始まりの場所。

終わりでも始まりでも無い場所とするなら、これも呪いの一種かな。

死んだ二人の無念や怨念が絶対外へ出てこないように言霊で封じた。



……秘密にしなければいけない出来事を語り残した事が人の心の闇だなあ。

遍路を殺したのは村の為だけれど罪は消えない。だから罰が恐ろしい。

二人が村の外へ出て行くことはもう無いが、眠る場所に行く度に殺した事実を目の当たりにする羽目になった。といって自分が村を出る訳にもいかない。

殺した事実を抱えて生きるしかない……『殺した』相手が伝えた紙漉きの技で暮らしながら。

忘れることなど出来ないからあえて残したのだろう。殺しを一人の仕業として。

あくまでもその一人の独断で、他の者は関わらなかった、知らなかった事として。

犯人は村から追い出したとか簀巻きにして川に投げたとか付け加えれば聞き手は納得するだろう。

『王様の耳はロバの耳』ってイソップにもあるけれど……。虚実を織り混ぜて語る事で心の平穏を維持していたんだろうな。


あ、思いがけず夜更かししてしまった。

そろそろ寝よう。

明日は当初の目的地へ行くのだから。


電気を消して蒲団の中でふと思う。

殺された人はーーお遍路だったとすればだがーー旅に出た目的を果たせなかったのだ。

遍路でお参りを行うことは専門用語で「打つ」と言い、一番札所から順にまわることは順打ち、逆にまわるのを逆打ちと言う。

今年のような閏年は逆打ちが良いらしい(御利益三倍)が、どうまわっていたのだろう。

明日行く場所は札所の一つ。

順打ちだったら目指した場所で、逆打ちだったら通り過ぎた場所だろう。

まわりきって結願したかった願いは何だったのか。……尼さんは聞いていたかも。


どれだけ想像力があっても『なにか』が残る。答えの無い『なにか』。


疑問や謎や胸のしこり、心残り。

悔いや恨みや無念。

それらは人の闇を深くする。


明日はどんな想像が頭にわいてでるんだろ?

自分でもわからない。









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