第2話 田中 晃

 田中 晃は引っ越してきたばかりのこの街を散歩していた。引っ越しは親の仕事の都合だったし、前に住んでいた街よりも田舎だったので不満だらけだった。商店街は殆どシャッターが下りていてゲーセンもない。開いているのは醤油屋と駄菓子屋と商店街から少し離れた本屋くらいなものだ。正直げんなりしながら本屋に入った。平積みされた漫画本を眺めながらどれを買おうかと思案する。ふと、入り口の自動扉がベルの音を響かせながら開き、冷たい冬の風と一緒に小柄な女の子が入って来た。

 可愛い。

 まるでお人形さんみたいな円な瞳に、ニット帽の隙間から垂れる後れ毛が天然パーマみたいにくるりと小さく輪を描いていた。冷たい風にさらされたせいか鼻の先と頬が赤くなっている。身長158cmの晃の隣を通り過ぎていく。

 ちっちゃいなぁ……120……いや、130cmくらいだろうか? 低学年かなぁ?

 動く人形みたいな女の子の動きを観察していると、どうやら上の方の本が取りたそうだったのでそっと近づく。

「これ? ほしいの?」

 彼女と目が合った。女の子はにっこりと笑って首を横に振る。その仕草がまた可愛いかった。女の子は絵本を一冊手に取るとレジの方へ向かった。首を傾げながら小さい女の子の様子を伺う。

 まあ、俺図体でかいからなぁ。怖がられたかなぁ?

 誰かへのプレゼントなのか、ラッピングして貰った本を受け取ってお店を出て行く。カランとベルが鳴り、冷たい風と交代で彼女は出て行った。

 あ〜あ、また会えるかな?

 ふと、レジ前に置かれた低めの机に手帳が置かれているのを認めた。さっきは無かった筈だと思い、近付いてみる。手に取るとカウンター越しに店員さんが声をかけてきた。

「あちゃ、アカリちゃん、置いて行っちゃったのか」

 カウンターから前のめりになって二十代後半くらいのバイト店員が呟く。

 なる程、アカリちゃんて名前なのか。名前も可愛い。

「まだその辺に居ると思うんだけど……」

「俺、届けてきます!」

 思わずそう言ってお店を飛び出した。店員が何か言っていた様な気もするが、またあの子に会えると思うと聞いていられなかった。会ったら何て声をかけよう? これをきっかけに友達になれたら……なんて思うのは甘い考えだろうか?

 直ぐにあの黄色いニット帽は見つかった。けれども道路を挟んだ反対側の道を歩いている。

「お〜い!」

 信号が赤になって足止めをくらい、黄色いニット帽が角を曲がって見えなくなる。晃は信号が変わるのを待ち、急いで女の子の後を追ったが、見失ってしまった。まだ引っ越してきたばかりでこの辺りの地理には詳しくない。入り組んでいて小路もある。少し行くと住宅街に入るが、誰も歩いている人がいないので聞きようもない。

 仕方ない。本屋に戻って店員さんに渡しておくか、交番にでも届けよう。

 すっかり肩を落として来た道を戻る。すると横道から急にあの黄色いニット帽が飛び出してびっくりした。

「わっ!」

 こっちに気付かずにダッフルコートを着た彼女が慌てた様子で走って行く。

「あ、待って! これっ」

 声をかけたが、女の子は走り去って行く。

「えっ……ちょ……っと待てってば!」

 追いかけながら声を張り上げる。手を伸ばせば届きそうな距離だ。聞こえてないはずがない。

「何で無視するんだよ!」

 腹が立って持っていた手帳を思い切りアカリの背中に投げつけた。彼女はやっと足を止めた。

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