メモ帳落とした
餅雅
第1話 木下 アカリ
頬にあたる風が冷たい季節だった。お気に入りの黄色いニット帽を被り、おろしたてのダッフルコートを羽織って本屋に足を運んだ。ニット帽と同じ色のマフラーは両方とも祖母の手編みだ。自動扉が開くと同時に温かい空気に包まれてホッと息を吐く。木下 アカリは通い慣れた本屋の中を見回した。お客さんは少ない。カウンターに居る店員さんがニコニコして会釈したのでアカリも深くお辞儀した。一番奥の児童書コーナーへ向かい、弟の誕生日にプレゼントする本を探す。まだ一歳だからどんなのが良いだろうかと思案しつつ、【オススメ】と書かれた本に目をやる。
男の子だから自動車とか乗り物の本がいいかな?
右に左に体を動かす度に小花柄のスカートがゆらゆら揺れる。児童書を通り過ぎてしまった先にふと、上の方に並んだ本が気になった。
まだ一歳だから早いよね。でも、読んでほしいなぁ。
ニコニコして手を伸ばすが、生憎背が小さくて届かない。まあいいか。と思ったら背の高い中学生くらいのお兄さんがやってきて首を傾げながら本を指し示した。
何だか申し訳なくて笑顔で首を横に振る。深々と礼をすると再び児童書欄に戻った。
よし、やっぱりこれにしよう。
動物の仕掛け絵本を一冊手に取る。
喜んでくれるかな?
期待と不安を胸にレジでラッピングをしてもらう。サンタクロースに去年貰ったピンクのポシェットから財布と手帳を出し、お金を払って外へ出るとあの雪を運んできそうな冷たい風が頬を刺した。
……寒いなぁ。早く帰ろう。
足早に冷たい街を歩いた。商店街の大きな正月飾りが外されている。正月ももう終わるのだと少し寂しくもあったが、春が待ち遠しかった。
家に帰り着いてメモ帳を落とした事に気付いた。直ぐにあの本屋で財布を出した時に仕舞い忘れたのだと思い至る。プレゼントを玄関に置いて直ぐに家を出た。あのメモ帳がないととっても困る。あれは三歳の頃から使っているものでとても便利が良いのだ。最初の頃は母に色々書いてもらっていたが、文字が書けるようになってからは沢山自分で言葉を綴った。大分くたびれてきていたので新しいものをと母に言われた事もあったが、愛着があってなかなか手放せない。でももう書き込むページが無くなって来たので何れ新しいものを買わなければならないだろう。
商店街を横目に来た道を走って戻った。今ならまだあるはずだ。もしかしたら気付いた店員さんが預かってくれているかもしれない。けれどももし、他の誰かに拾われていたら近くの交番へ届けたかもしれない。不安と焦りで落としたメモ帳の事しか頭になかった。だから不意に後ろから背中に向かって何かを投げつけられた時、何が起こったのか分からず、驚いて体が硬直した。
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