第20話 修復そして意地?

 悪かったとラルフが泣き終わるまで少しかかった。

 そこからラルフは少しずつ話しはじめた。


 ラルフ曰く、俺が何も教えずともドンドンと育っていくから父親として不安に感じていたらしい。


 性格上話すことが苦手なラルフは、俺に話しかけようと何度も挑戦はしたらしい。しかし、俺から不信の目で見られるとなんと声をかけていいかわからず、仕事の業務に逃げていたらしい。


 ラードは大丈夫、男の子だものというニーナの言葉を信じて、自分のできることに没頭していたとも言っていた。


 ライトが生まれてからはまたちょっと状況が変わった。俺の時よりもいろいろ手間がかかり、子供ってこんなに大変なものなのかと度々家に帰ってきていた。


 そんなことだから、ライトの世話をしながらも、思い出すのはラードのことだった。ラードは手間はかからないが逆に、一人でいろいろなことが出来すぎていた。

 自分で言葉や文字を覚えたり呆気なく自立して見せたりと、親の手も借りずに様々なことができるようになっていった。


 ラルフは、仕事しか能のない自分は父親として失格じゃないか?と思ったらしい。

 さすがにそれは、自分を卑下し過ぎじゃないかと思ったが、気がついたら息子が冒険者になってあと少しでEランクまで上がろうとしてるという話を聞かされたら、商人のラルフが自信をなくしても無理はない。


 ……つまり何が言いたいかというと



すべて俺が悪かったということだ。



 前世で出来たことをそのまま赤ん坊がしたらおかしいと最初から気づいていたのに、俺はお構い無しに毎日を過ごしてしまっていた。

 しかも、親の目を気にすることもなくだ。


 自分では気をつけていたつもりだったが、元々ズボラな俺が一つ一つの行動にそこまで気を配ることなど無理な話だ。道理で両親の俺を見る目が片方は自信満々で、片方は不安そうなわけだ。


「父さん、すまなかった……」


 ラルフには俺が呟いた言葉の意味はわからなかっただろうが、転生者ということを説明するわけにもいかないので、気持ちだけは伝えておこうと思う。


「俺はなんでも自分でできると思っていた。だけど実際、冒険者になってから一人では何も出来ないことを知った。こんな不器用な俺だからこそ父さんは必要だと思う」

「ラード……」


 間違ったことは言ってない。この間まで俺はチートな何かや異世界のお約束的なものが自分を守ってくれると心のどこかで考えてた。


 甘かった。何もかもすべて。

 異世界ということに浮かれて毎日を過ごしていた俺は、これは現実なんだと考えてはいなかった。いや、考えていたがどうでもいいと思っていた。


 面倒くさい、もういいやって。前世の気持ちのまま。


 でも、こうして異世界でいろいろなやつに会っていろんな体験をしているうちに、もうちょっと、もうちょっとだけこの世界を楽しみたいと感じていた。


 先日死にかけた時だってもうダメだと思ったよ。後悔してた、前世ではまったくそんな気持ちは浮かばなかったけど。どうしてもっと頑張らなかっただろうってあの時の俺は後悔していたんだ。


「これは俺のわがままだ。俺は冒険者になりたい……母さんの歌う子守唄のような冒険者になってみたいと、俺はそう思ったんだ」


 これは嘘ではない。おとぎ話かも知れないけど、こんな世界に来たことでさえ、俺にはおとぎ話のようなもの。

 子供っぽい願いかも知れない。だけど、今の俺は子供だ。

 そうだろう? ならばそんな願いを持ったとしても何も間違いじゃないはずだ。


「お前は母さんによく似ている……」


 ニーナに? 自分ではよくわからないが、父親がそう言うのだから間違いない。


「……俺はあんなに楽天的な性格はしていない」


 だが、違うとこははっきり言っておこうと思った。

 その言葉を聞いたラルフは笑っていた。


 帰り際、俺はラルフに気になったことを聞いてみた。


「父さんは商人だけど……そもそも何を売っているんだ?」


 二階に行くときいろいろな商品をちらっと見ていたが何を売っているのかなんて検討もつかなかった。


「それは……お前たち冒険者が使うものを売っているんだ」

「使うものって?」

「お前にあげた防具や武器…日用品、消耗品など道具を売っている。いわば冒険者専門の店だ」


 なるほど。


「最初はニーナの手助けになればとこの店を建てた……」


 妻のために店を建てるとかラブラブだな。


「お前にもこの店を活用してほしい」

「わかった」


 ラルフは安心したようによかったと呟いた。

 ラルフから貰ったプレゼントは店で用意したものだったのか。大切にしなきゃな。


「またいつでも来るといい……待っている」

「父さんはしばらく家に帰ってこないのか?」

「帰りたいが、店は店員のカーベラと二人で経営している……同じことをしている同業者もいないから休むわけにはいかない……接客仕事もカーベラに任せてあるしな」


 道理でラルフが商人をできてるわけだ。

 あの店員さんの名前はカーベラだったか。ラルフとカーベラはどういう関係なんだ?ただの店員なだけでずっと店を営業できるわけがないと思うが……わからん。


「お前たちには苦労をかけてると思う……」

「そんなことはない。父さんが頑張ってくれているから俺たち家族は楽しく暮らしていられる。父さんも休めるときに休まないと体に悪いよ」

「……わかった」


 相変わらず無表情に近い顔だが本当にわかったんだろうか。


「じゃ、俺もう帰るな。明日からまた冒険者の訓練が始まるから」

「……ケガするなよ」

「わかった」


 俺は部屋から出ようとする。


「帰り道にも気をつけろよ……」

「わかったわかった。じゃあな」


 ひらひらと手をふってラルフに見せる。俺が部屋を出たあとも、ドアに立ってしばらく俺を見ていた。


 今日は父親の本当の姿を見た気がした。








 下に降りると店員のカーベラがいた。


「どうでしたか、ラードくん。店長とは仲直りできましたか?」


 どうやらカーベラは俺とラルフがケンカでもしたと思ったみたいだ。


「二人とも勘違いでしたよ」

「あらあら、それは大変でしたね。店長は誤解されやすい性格ですからね」

「カーベラさんは勤めて長いんですか?」

「このお店ですか?長いですよ、お店が建設当初から働いています。十年くらい前なのでラードくんが生まれるちょっと前ですね」


 この人、本当に父さんとどういう関係なんだろう?親戚とかか?


「そんなに疑わなくても店長をとったりしませんよ?ここに連れてきてくれたのはニーナ様ですし」


 まさかのニーナの知り合いだったのか。


「彷徨って途方に暮れているところをニーナ様に助けていただきました。感謝してますよ」


 冒険者関連か、なるほど。


「そこまで疑ってないです。ただ不思議だなと思って。ずっと一人に近い状態なのによく店を営業できるなと」

「戦い慣れてますから大丈夫です」


 カーベラは自信ありげに腕をあげた。

 昔から商人みたいな事をしていたのか。


「無理しないようにしてくださいね。父さんも頑張り過ぎな気もするし」

「ありがとうございます。店長も私も楽しんでやっていますし、本当にダメなときはニーナ様がなんとかしてくれますよ」

「……なんともならないと思うが」


 カーベラのニーナへの謎の信頼がヤバい。


「ニーナ様は『水遊の道化師』と呼ばれています。最近はあまりその名は聞きませんが、昔はとてもすごい冒険者だったんですよ」


 ナニソレ、初耳。


「帰ったらニーナ様に聞いてみてください。びっくりするような話が聞けるかも知れませんね」


 俺はその言葉を聞いて即座に家へ帰った。


「……私を倒すほどに強かったと」


 最後にカーベラが何か言っていたみたいだが、俺には聞こえていなかった。







「母さん! 『水遊の魔術師』って呼ばれていたのは本当!?」


 家に帰るとニーナはライトと遊んでいた。


「おかえりー、ラードちゃん。パパとは仲良くなった?」

「それは…まぁ…」


 なんか照れ臭いな。


「それは僥倖。ライトちゃん! お兄ちゃんはパパと仲良くなったんだって! 偉いですねー!」

「お兄ちゃん、えらい!」

「あ、ありがとう」


 ライトは五歳になって、舌足らずな言葉もなくなり、すらすらとしゃべるようにもなって、よりおしゃべりになった。今だっていきなり走って抱きついてくる。


「お兄ちゃんは僕が守る!」


 なにから?


「ライトちゃんは相変わらずお兄ちゃんが大好きだねー」


 ライトもニーナに似て脈略もなく話が飛ぶ。


「そんなことより、母さんは本当にそう呼ばれていたのかって聞いてるんだけど?」

「さっきの話?」

「あぁ」

「そうだよー私が水遊の魔術師でーす!」


 ブイとピースをして見せた。やっぱりか……。


「そんなにすごいならなんで自分で言わないんだよ」

「サプライズ? そんな感じ?」


 ……忘れてただけな気がする。


「そもそも誰から聞いたのーそんなことー」

「父さんの店の店員のカーベラさんからだよ」

「カーベラかー……なるほどねぇー」


 しばらくニーナは考え込んだ。


「よし! ひらめいた!」

「なにをだよ?」

「ふふふ、それは明日のおたのしみだー!」


 またよからぬことを考えているみたいだ。







 そして翌日。

 訓練場には俺たちの三人とニーナ、そしてなぜかカーベラさんがいた。


「さぁ今日は趣向を変えて、あなたたちにカーベラと戦ってもらおうと思う! 三人とも! 気合いをいれて頑張って!」


 どうしてこうなった。


「ねぇラード。あの人誰?」


 ロムが当然の疑問を口にした。


「……うちの父親の店の店員」

「はぁ!? なんでラードのお父さんの店の店員がいるわけ!?」


 ハンナが俺にもっともなことをいった。


 ……それは俺が聞きたい。


「ラードくん、会うのは久しぶり……というか昨日ぶりですね」

「えぇ……」


 カーベラに対してとても申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


「カーベラさんは母さんに付き合わず仕事に戻ってもいいですよ?」

「そういうわけにもいかないんですよ」

「それはどういう……」

「はいはい、私語は慎んでー私の話を聞く」


 再びニーナを見る。


「さすがにずっと私との訓練で飽きたと思うから、今回からたまにカーベラを三人の訓練に参加させまーす!異議は認めませーん!」

「……飽きたのは母さんでは?」

「はーい、私語は慎んでー」


 図星な気がする。


「いつもより、より一層本気でかからないとケガすると思うよ」


 なにを言ってるんだ、カーベラはただの店員だ。


「カーベラは私よりも加減が出来ないから注意するように」

「わかりました」


 何故かニーナの言葉を了承するカーベラ。


「では、訓練開始!」

「いやいや! ただの店員に何させる気!」


 そんな俺の言葉を聞いたニーナは不思議そうな顔して俺を見つめ返してきた。


「カーベラはただの店員じゃないわ、吸血鬼よ?」


 ……は?

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