第19話 ある日の話

 訓練のないある朝。

 寝惚けながら朝食を食べている時のことだった。甲斐甲斐しくライトのご飯を準備をしてるニーナが俺に話しかけてきた。


「そう言えばラードちゃん! パパがプレゼントがあるってよ!」

「ふぁあ?」


 思わず食べていたパンを落としそうになった。何だって?あのたまに存在を忘れそうになる父親が俺にプレゼントがあるって?


「ふふ、すごくびっくりしてるね! パパも嬉しいだろうね!」

「びっくりも何も、まだ何も貰ってないから何も言えないんだけど……」

「はいはい、素直に早くほしいって言えばいいのにーちょっと待っててね」


 まさかの出来事が起きた。正直ラルフは俺のことをあまり気にかけていないと思っていた。ライトが今より小さいときはたまに面倒みたり帰ってきたりしてたから、そっちを気にかけてるのだろうと思っていた。驚愕である。


「これこれ~」


 ニーナが持って来たのは箱だった、腕で抱え込むぐらいの大きさの。


「なんだこれ?」

「開けてごらん」


開けてみた。そこには服と剣が入っていた。服は俺のサイズにぴったりみたいだし、剣についても持ちやすいサイズ感と重さだった。


「ラードちゃん用の特注品だよ?」

「…は?」


どういうことだ。


「もうそろそろ、ラードちゃんが訓練生を終える頃だから、パパがそれを見越して事前に職人さんに頼んで作ってもらってたんだよ?嬉しい?」



 ……どうしようか。言葉がでない。



「ふふ、やっぱりすごくびっくりしてるね。パパは普段あまりお家に帰ってこないことを気にしててね。恥ずかしがり屋さんだから、こんなに遅くなったけどラードにプレゼントしたいって思ったみたい」



 そんなこと言ったって、こういう経験は前世を含めてあまりないからよくわからない。なんて言えばいいだろうか。


「あ、ありがとう……」

「ふふ、私にじゃなくてパパに言わなきゃ」


 ……それはそうだ。


「朝ごはん食べたらパパの所に行っておいでよ。パパ、きっと嬉しがるよ」


 あの人が嬉しがる様子が想像できないが、ちゃんとお礼は言うべきなんだろう。


「……わかった」

「よし、男同士熱く語ってくるんだぞ?」

「母さんはこないのか?」

「お兄ちゃんだけプレゼントがあるのに、ライトちゃんにはないからね~埋め合わせとしてどこかにお出かけしようと思ってね」


 なるほど。

 ……でも、困ったな。父親なんだけど何を話せばいいか、全く思いつかなかった。天気の話でもするか? ……うーん?


「はは、ラードちゃん困ってるねー」


 俺は、悩んでるうちに出されていたパンを食べきってしまっていた。

 さて、どうしたものか……。







 家を出たら何かいい考えでも思いつくとおもったが、そんな都合よくいかないのがこの世の中。気がつくと父親のやっている商店まで来ていた。

 何年か前にきた頃と比べて、いっそう古びた建物になっていた。


 前世の両親はこんなに面倒ではなかった。難儀な父親の子供に育ってしまったものだ。まったく。


「いっらしゃいませー」


 ドアを開けた瞬間、前にも来たときと同じ女性がいた。数年会っていないというのに、その姿はまるで変わっていなかった。


「あら? どうしたんですかお客様。私の顔をそんなにじっと見られまして。何かおかしいでしょうか?」


 名前をなんて言っただろうか……。

 しまったな。数年前にニーナが名前を言っていた気がするんだが、名前が出てこない。てか、あんた容姿変わらなさすぎだろ。


「あ、もしかして店長のお子さんのラードくんですか? 大きくなられましたね」


 あっちは俺のことを覚えているらしい。そんなにニーナとラルフに似ているか?


「こ、こんにちは……」

「はい、こんにちは」


 店員のお姉さんは俺に返事をすると微笑んだ。

 挨拶はとりあえず成功だ。


「あの……父さんはいますか?」

「店長ですか? いますよ、上の階にいると思いますよ」

「……そうですかー」


 いるのか……会わなきゃいけなくなったなぁ。


「なんでそんな残念そうな顔をするんですか?ラードくんが遊びに来てくれて店長喜びますよ?」

「いや……。そういう意味じゃなくて……」

「?」


 このままでは店員のお姉さんを困らせるだけだな。さっさと話すことを話して切り上げよう。


「とりあえず……父さんに会ってきます」

「そうですか? 頑張って、ください?」


 俺はお姉さんの見送りを受けながら奥の階段を上っていった。







 階段をのぼると前に来たとき同様、箱が沢山並んでいた。

 最初になんて声をかけていいかわからず、右往左往していると、近くの箱がガサゴソと動いた。


「ん? あぁ……来ていたのか」

「う、うん」


 髭の無口な男性。うちの父親が現れた。

 しかし、見つめ合って数秒。お互い話し始める気配がない。


 何を言えばいい? 考えろ……考えろ……。


 目の前にいるのは父親で、そんなに難しく考える必要はないじゃないか。いや、だからといってフレンドリーに「最近どう?」っていうのもおかしな気がする。こうしてしっかりと向き合って会話するのだって久々な気がするし、会話をしているのかも怪しい。まだ一言しか話してないからだ。


 それはわかる。だが……。


「……」

「……」


 ……この状況を打破する方法なんて俺には思い付かない。

 と、とりあえず天気の話でも。


「と、父さん! 外は晴れだよ!」

「あぁ」


 ……会話終了だ。

 どうしたものか、これは。これを見て何人の人がこの二人を親子と言うだろう。

もっとほかにいうことはないのだろうか! 天気の話題をふった俺も俺だが、ラルフも話題を広げようという努力をするとかそういうことはなかったわけ?

 天気の話題をふった俺が言うのもおかしいが!


「母さんやライトも元気だよ!」

「そうか……」


 ……オワッタァァッァ!

 俺の近況報告、ほぼ終わってしまったよ!

 どうしたら……どうしたらいいんだ!この状況!

 教えてくれマミー……!



(ラードちゃんはかわいいから大丈夫!!)



 ニーナに願った俺がバカだった……!


「……歩き疲れてないか?」

「え……?」


 想像のマミーに愕然としていた俺にパピーがはなし……いや、父さんが話しかけてきた。


「一人で来たのだろう……頑張ったな」


 ラルフはそういうと箱の中をかき分け俺の方へ手招きをした。


「こっちでゆっくりと話そう……お前も話したいことがあるんだろう?」


 父親が俺に対してこんなにきちんと話しかけたのは初めてかも知れない。


「わ、わかった」


 俺は返事をすると、ラルフが手招きする方へ向かい、前にも来たことのある部屋へと入った。


「……座るか?」

「う、うん」


 椅子に座った。向かい側にラルフが座った。

 またしばらく沈黙が流れる。


「あ、あのさ!」


 沈黙を破ったのは俺だった。


「今日、母さんからプレゼント受け取ったよ。ここに来るまで何を言おうか考えていたんだけど何も思い付かなくて。すごく高そうなものだと思った。無理してるんじゃないかって」

「子供が気にする必要はない」

「気にするよ。俺、まだ訓練生卒業出来てないんだぜ。同期のやつは一人卒業しちゃったって言うのに」

「そうか……」


 ラルフはじっと俺を見つめていた。怖い表情というより柔らかな表情をしている気がする。


「なのに、俺にあのプレゼントはもったいないよ。使いこなせる気がしない」


 ラルフは俺のことばを聞いてしばらく目を閉じると深く息を吐き、静かに話し始めた。


「知っている」

「なら、あのプレゼントは」

「……知っているからこそ、お前にあの装備は必要だ」

「……どういうこと?」


 目の前にいたラルフは立ち上がり、俺のとなりに座った。

 そっと大人の手のひらが俺の頭の上にのっかってきた。


「この間の試験でケガをしたとニーナから聞いた。お前はまだ子供だ。それを聞いた俺はお前のことが心配になった」


 手のひらはゆっくりと俺の頭をなで始める。


「俺はこういう不器用な男だ。だが、お前は違うだろう。俺はそう思っていた」


 ラルフの手のひらは温かく撫でられるうちに感情的な気持ちがほんのりと安らかになる。


「この間まで歩くのも話すのもやっとだった子供が、今ではニーナと同じ冒険者……俺は誇らしく思う」


 ラルフの方を見ると少し笑っていた。


「だが……ケガはダメだ」

「わっ……」


 ラルフは大きな腕に俺を抱き抱えると語るように話し始めた。


「いいか、ラード。お前は何でも一人でできるかも知れない……しかし、お前はまだまだ子供だ。ニーナはラードのことは心配いらないといつも言っているが、お前がケガをしたと聞いて俺はいてもたっていられなかった。だから、あのプレゼントはお前に必要なものだ。ラード」


 なんというか……。


 ラルフもニーナと同じで親バカなんだなと思った。


 俺の気持ちが冷めているから言ったわけではないが、ラルフの言葉を聞いてそう思ったんだ。不器用にもほどがある。

 言わなきゃ伝わらないことはあるが、ここまで伝わってないことがあるか、普通。


「俺は冒険者のニーナやラードのように強くはない……人付き合いが苦手なだけの情けない男だ。でも、お前の父親であることは変わらないと俺は思っている」


 ラルフは真剣な眼差しのまま俺を見つめている。


「お前が生まれてから父親らしいことはしていない……ましてやお前が生まれてからというもの、お前に何をしてあげられるだろうかとずっと考えて、行動できずにいた……俺が親としてお前にできることは何なのかと」


 ふいにラルフは俺から目を逸らした。


「あんなプレゼントでしかお前の助けになれない俺を許してくれ、ラード……俺はただの商人でしかないんだ」


 ……そんなことはない。


「父さんとはよく話してこなかった。今父さんが話したことは本当の気持ちだと俺は思う」


 俺はラルフの目をじっと見つめる。

 ラルフは俺のことを嫌ってはいなかった。むしろ大切だったからこそ、商人という立場が、冒険者になりたがった息子の親という事実と食い違っていて、自分を責めていたのだと、俺は今気づいた。


「プレゼントは貰うよ……でも、今すぐじゃない」


 ラルフは息子を見つめ返した。


「まだ冒険者のランクはFランク……次のEランクになった証しとして、あのプレゼントは着させてもらうよ!」

「ラード……」


 このままじゃ終われない。終わるわけにはいかない。

 さんざんキツイ特訓や訓練をやってきたんだ。今さら引き下がるわけにもいかない。

 ラルフの気持ちには感謝する。誰かさんと同じ口下手な俺だけど。


「ありがとう、父さん。大切にするよ」


 ラルフはぎゅっと俺を抱きしめた。彼は泣いていた気がする。……やはり、ニーナと一緒でとんだ親バカだな。

 俺は少し前世のことを思い出しそうになった。

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