第18話 合格とVSニーナ

 次の日の朝、俺たちはいつものように冒険者ギルドに向かった。


「やぁ、三人とも昨日の疲れはとれたかい?」


 マルクスが俺たちを待っていた。


「疲れがとれるも何も、たった1日で死ぬほどのケガを癒すのは無理だと思うが?」

「ラードくんも冗談が言えるみたいだし大丈夫そうだね」


 いや、冗談ではないのだが。


「マルクスさんがここで僕たちを待っているってことは、昨日の試験の結果ですか?」

「ロムくん、正解。結果についてはギルド長から話すと思うから、ギルド長の部屋に向かおうか。とりあえず」


 さぁついてきて、とマルクスが俺たち三人をギルド長室に案内する。

 冒険者ギルドのギルド長、まだ一度も会ったことがない人物だ。二年間冒険者ギルドに通ってきたが、一度も見かけたことがない。副ギルド長ですら、面談の時に会ったぐらいだ。


「さぁここだよ。……マルクスです。昨日の冒険者試験者をつれて来ました」


 マルクスは、部屋にたどり着くと軽くノックをして中の人に伝えた。


「どうぞ、入っておいで」


 女性の声がした。


「失礼します」


 俺たちは部屋の中に入った。そこは様々な本が並んだ本棚や山のように積まれた書類のある場所だった。


「よくきたわね、小さな冒険者たち」


 積まれた書類からひょこっと顔を出したのはメガネをかけた三十代後半くらいの女性だった。

 彼女は軽く肩を回しながら、机の奥から俺たちの前に出てきた。


「はじめまして、私がこの町の冒険者ギルド長のシャーロットよ。よろしくね」


 俺たちも軽く挨拶をした。


「君たちに来てもらったのは他でもありません。昨日の試験の合否についてです」


 早速、本題に入るようだ。


「今回のEランク試験は想定外のことが起きましたが、結果としてギガントウルフの討伐を君たち三人は達成しました……しかし、マルクスの話では君たちはまだまだ実践的な実力が乏しい模様。よって今回は、三人の中で最もよく動けていたというハンナ・ブロッサムをEランク冒険者として認定します」


 ハンナだけがEランク冒険者に昇格した。


「よかったねハンナ。僕ら三人ともダメかと思っていたけど何とか一人だけ昇格できて嬉しいよ」

「う、うん」


 ロムがハンナに労いの言葉をかけていた。ハンナも満更ではなさそう。

 たしかに、ギガントウルフ戦において一番動けていたのはハンナだった。後で聞いた話だったが、ロムとハンナの方のギガントウルフにはハンナがトドメをさしたらしいし、順当な結果だと思う。


「ハンナは訓練生抜けか……」


 いいなぁ。あの面倒くさい朝の訓練とか受けなくていいわけか。最高だな。


「何よ、そんな寂しそうな顔をしたって訓練生には戻らないわよ」


 寂しいんじゃなくて変わってほしいんだよなー。


「わ、わかったわよ! そんなに寂しいならあんたたち二人もEランクになるまで私も朝の訓練に付き合うわよ!」


……そういうことじゃないだよなー。


「全く、私がいないとダメなんだから!」


 結局、俺とロムは何も言ってないが話は決まったようだ。


「次のEランク試験については半年後に行おうと思っているから、それまで頑張ってね、小さな冒険者たち」


 シャーロットはこんな俺たちの様子を見て微笑みながらそう言った。


「マルクスも冒険者になりたての時はゲーツと張り合っていたりしたわねぇ」

「む、昔の話です。ギルド長」

「はぁ、それがどうしたらこんなひねくれた男になるのか、不思議でしかないわ」


 シャーロットは、マルクスと俺たちを見比べながら深いため息をついた。


「マルクスさんは昔はまともな性格だったんですか?」

「まともというか可愛かったわ。背の高いゲーツに比べてマルクスは当時小さかったから、すぐにいろんなことで張り合おうとして、泣きべそをかいてたわね」

「そ、そうなんですか」

「かいてません! 僕は今も昔もまともですよ!」


 ロムがシャーロットに昔の話を聞いたことが不味かったのか、さっさとギルド長室を出ようとするマルクス。

 マルクスはどうやらニーナと並んでシャーロットのことが苦手のようだ。


「あぁやって、立場が悪くなるとすぐに逃げ出すのよ? 全く、男の冒険者だっていうのにだらしないわよね?」

「そ、それは……」


 ロムはシャーロットからそう聞かれると言葉に詰まった。それはそうだろう、ロム自身も言い返せる話題ではなかった。


「フフフ」


 シャーロットはどうやらロムのことを知っていて今の話題を振ったみたいだ。なるほど、マルクスよりいい性格をしているのかも知れない。


「とりあえず、今日も訓練所に行ってみたらどうかしら。ニーナが待ってるでしょうし」


 シャーロットはニーナのことを知っているのか。まぁそもそもニーナはこの町では数少ないBランク冒険者だから、ギルド長なら知っていて当然か。


「二人はあと半年、頑張りなさい。最初の場所で躓いている場合じゃありませんよ?」


 シャーロットは最後に意味深なことを俺たちに言った。これから俺たちに何かさせようって魂胆なのか?

 わからないまま俺たちはギルド長室を後にした。







「どうだった? どうだった?」


 訓練所に行ったら、ニーナがそわそわしながら俺たちを待っていた。


「ハンナだけが合格。俺とロムは半年後に再試験だって」

「そうか~ハンナちゃんだけ合格か~。ま、魔法を覚えるのも一番早かったから順当なんだろうけど」

「……やっぱり魔法が使えた方がいいですか?」


 魔法を使えないロムが不安そうにニーナに聞いた。


「魔法だけじゃないよ? いろんなことができる方が、どんな状況でも頑張れるし活用できる。魔法は自分の持ってる能力の一つでしかないよ。魔力があってこそのものだし、それが切れちゃったら攻撃する方法がないからね」

「そ、そうですか」


 少し自信を取り戻す、ロム。


「まぁ、使えて困ることもないんだけど」


 落ち込む、ロム。

 ころころと表情が変わって大変そうだ。


「フフ、そこはロムくんの頑張り次第だね~」

「そんなぁ~」


 さらに項垂れたロム。

 現状、ロムは魔法を使えない。魔力が少なすぎるからだ。体力面でも体格がいいわけではなく、スタミナも長くもつ方ではない。剣術に関しても俺とどっこいどっこいってとこだろう。突出して優れたところはないのが現状だ。


 俺も魔法は使えるが属性魔法は使えない。無属性魔法の魔弾が使えるだけで、威力はほぼない。魔力を込めれば込めるほど威力は増すのだが、込めるほどの魔力もなく、頑張っても訓練用の案山子を少し揺らす程度の威力しか出ない。


 ハンナに関しては、お前天才か? って言うぐらい突出している。剣術も俺たちよりは明らかに優れているし、スタミナも俺たちとは比べ物にならない。冒険者になりたがった二人がモヤモヤしてるうちに、巻き込まれた側のハンナが伸びていっているという不思議な状況だ。

 魔法についても、ハンナだけは属性魔法が使える。使えるのはまだ火の初級魔法だけだが、昨日のギガントウルフ戦で使えるほど威力がある…欠点を上げるとするなら、諸々のコントロールが利かないらしい。昨日、ロムの服が焦げた原因でもある。


「とりあえず、ハンナちゃん! おめでとう! これで訓練生は卒業だね!」

「あ、ありがとうございます……」


 ニーナの言葉を聞いて、珍しく素直に照れるハンナ。


「今日からEランク冒険者ってことは、明日からの訓練には来ないのか~なんか寂しいなぁ」

「わ、私は!明日からも来ます! まだニーナさんにいろんなこと教わりたいんで!」

「そう?嬉しいわ~ハンナちゃんなら私のことニーナママって呼んでもいいのよ~」

「……それは遠慮しときます」

「なんでよーケチ~」


 ケチも何もハンナは、よその子だ。


「母さん、今日の訓練だけど何をするだ?今日も基礎体力を中心に?」

「えぇーラードちゃん! ハンナちゃんのうちの子計画を無視しないでよ~」


 犯罪になる前にやめてくれ。


「えぇと……今日はそうだなーラードちゃんは魔力操作を中心にして、ハンナちゃんとロムくんは剣術かな? 基礎体力とかは、昨日みんな足りないと思ったところを自主練習で補ってくれればいいよ。そう言えば、マルクスくんはどこ行ったのー? ギルド長室から一緒に来たんじゃないの?」

「母さんが昨日、マルクスが気を抜いてつけたケガを見てたから、今日辺りしごかれるって言って逃げたけど」

「なぬ~マルクスくんめ、先輩から逃げるとはなんて奴だ! 戦闘訓練を怠けてる罰としてラードちゃん三人の相手をしてもらおうと思ったのにっ! 逃げられるとは!」


 よんでいたな、マルクス。さすがは後輩。


「えぇい、こうなったら三人とも私にかかって来なさい! ハンナちゃんとロムくんは接近戦でラードちゃんは魔法を使ってくるように!」


 いつもと対して変わらない気がする。


「私も初級魔法しか使わないけど魔法使うから!頑張って避けてね!」


 ……死の危険性があるんじゃないかソレ。








 決死の覚悟でニーナの魔法から逃げ回った俺たちだが、一時間も経たずして、地面に顔を埋めていた。


 ……あぁ、地面気持ちいい。


 そう言えば、ニーナはギルド長と認識があったのか気になったので聞いてみたところ、驚くべき言葉が返ってきた。


「ギルド長? シャーロット先生でしょ? 私のお師匠さんだよ。私がね、ラードちゃんぐらいの小さい時に冒険者の生き方を教えてくれた先生。ラードちゃんから言えば私やマルクスくんみたいなギルドの指導員の先生だね」

「母さんに教えるってことはギルド長も強い冒険者なんだな」

「シャーロット先生も当時はBランク冒険者だったけど、今じゃギルド長でAランク冒険者だよ?私じゃ勝てる気もしないや」


 それはつまり、こうしてニーナに転がされている俺たちでは逆立ちしても勝てないということ。


「母さんはずっと一人で冒険者ランクをBランクまで上げたのか?」

「そんなことないよ? ちゃんとパーティーを組んでダンジョンとか魔物とかと戦ってたよ?」

「それってうちの父さんも?」

「パパ? パパはずっと商人だよ?」


 それは嘘だと俺は思っている。あんな寡黙な商人がいてたまるか。

 パーティーとは、冒険者たちが一人では困難な依頼を受けるために結成するチームのことである。パーティーを組まずに一人で淡々と依頼をこなす者もいるらしいが、少数らしい。基本は、ランクを上げれば上げるほど依頼の難易度は難しくなる。ソロでの攻略は困難になっていく。


「私の昔のパーティー仲間は……最初は西の王都アリアラに僧侶をやってる人が一人と、ドラゴンを狩りに行ったまま帰らないバカが一人と、ここの副ギルド長をやっている人だね」

「副ギルド長って言ったら……タスマン?」

「そうそう、タスタス~。最初はこの三人だったなぁ。途中からマルクスくんやゲーツくんが冒険者になって手伝ってくれたから全部で六人メンバーだったなー」


 まさか副ギルド長のタスマンがニーナのパーティーメンバーだったとは。


「西の王都に行ったら会えるかもしれないね、私の仲間の一人に。僧侶のソフィは優しい人だよ」

「ほかのメンバーは?」

「マルクスくんとタスマンはギルドにいるし、ゲーツくんは門に行ったらいると思うけど……あと一人はドラゴンを倒しに行くって言って帰ってこないバカだし、会うことはないと思うよ?」


 一人だけ評価がひどいんだが。ニーナがバカと言うんだから相当バカなのかも知れない。


「ソフィーを一人残してドラゴンなんて倒しに行くんだもん。バカとしか言い様がないね」


 ……色恋の話だったようだ。


「……私もドラゴンとか倒してみたいよ」


 ……ニーナも同じぐらいバカな気がした。


「さぁ、昔話は終わり! 三人とも休憩はできたでしょ? かかっておいで」


 呪文もなしに無詠唱で、初級魔法『ウォーターショット』を展開する。ニーナの周りに無数の野球ボールぐらいの大きさの水の玉が現れる。


 ……あれを今から十個避けないと、朝の訓練が終わらない。


「攻撃当てられるなら向かってきてもいいのよ~」


 俺たちに向かっておちょくるように踊って見せるニーナ。

 魔法を避けられなくても誰か一人がニーナに攻撃を与えて終了という手もあるが、毎日のようにやっているからそれは無理だとわかる。ならば……。


「……ハンナ。魔法の準備を」

「当たる気がしないけど?」

「当てなくていい。俺も魔法を撃って母さんの魔法の発射の感覚をずれさせる。多少はゆっくりになるはずだ。ロムは俺とハンナの分まで避けまくれ」

「む、むちゃ言うよぉ……」

「仕方ないだろう……今のところ避けられたのは二発。俺たちの誰かが十発避けられたら終わるんだから必死で頑張れ」

「必死で頑張って二発なんだけど…?」

「じゃあ、死ぬ気で頑張れ」

「それ何が違うの!?」

「決まったかな~三人とも~?」


 余裕をかましてニーナは水の玉でお手玉をしていた。


「ではまずは一球~!」

「ハンナ! 同じタイミングで魔法!」

「はいはい!」


「『ウォーターショット!!』『ファイアボール!!』」


 お互いの魔法が衝突する。しかし、ニーナのウォーターショットはハンナのファイアボールの中心を貫いて消滅することなく、俺たちに飛んで来る。


「うぐっ……!」


……さっそく、ロムは避けるのを失敗したようだ。


「はいはい~つぎつぎ~」


 弾丸の雨のように次々と飛んで来るニーナの魔法に、俺たちはやはり為す術なく、再び地面に伏せることになった。

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