第21話 しごきしごかれ、ふりふられ

 結論、カーベラは強かった。


 昨日見た仕事着のままなのだが、それを感じをさせないほど俊敏に動き、俺たちを翻弄した。


「ニーナ様、私は仕事に戻らないといけないんですけど……」


 しかも、ニーナはカーベラを勝手に連れてきたようだ。

 どうするんだ、ラルフだけじゃきっと店まわせないぞ。


「今日は午前中お店を休みにしてきたから大丈夫~。ライトもパパに任せてきたし」

「また勝手に……」


 カーベラと同意見である。ラルフも違う意味であたふたしているに違いない。


「パパも休みが必要だったしラードちゃんたち三人も訓練がマンネリになってたからちょうどよかった!いい考えだと思わない?」

「はぁ……」


 カーベラもさすがにため息をついていた。


「もっと真面目に! 三人とも! カーベラは簡単には倒せないよ!」

「……そんなこと言ったって」


 俺たちはカーベラとニーナが話しているあいだも、攻撃を仕掛けていた。俺が陽動しつつロムが距離をつめてハンナが遠距離から隙をついていた。


 しかし、どの攻撃もカーベラには当たらず簡単に避けられてしまう。しかもカーベラ自身俺たちの方を一切向かずにだ。


「ニーナ様には困ったものです。前から何も変わっていませんが」


 カーベラが呆れてるうちに俺はカーベラの後ろにまわる。死角に入ったはずだ。


「さすがに遅いですよ」


 俺が訓練用の木剣を振り下ろすまえにカーベラの手で掴みとめられた。


「なっ……!」

「ちゃんと鍛えてますか? ラードくん?」


 カーベラのデコピンが襲いかかった。


「いったぁぁぁ!」


 俺はあまりの痛さに転げまわった。


「ラード!」


 ロムが俺の方へ駆け寄る。


「不用意に自分の持ち場を離れてはいけませんよ」

「え……?」

「よっと」


 ロムの足にカーベラは自身の足を引っかけた。おもいっきり顔から転ぶロム。


「『ファイアボール』!!」


 ハンナが魔法を放つ。


「魔法を過信してはいけません」


 ハンナの魔法がカーベラに直撃する。しかし……。


「効かない相手も存在することを知っておくのも大事です」


 カーベラはその場所に立っていた。


「熱かったです。焼けるかと思いました、お返しです。『ファイアボール』」

「きゃっ……!」


 ハンナはカーベラの魔法を避けたが、体勢を崩して転んだ。


「これで三回目です。戦闘なら三回死んでいますね」


 どうやら最後の魔法はわざと避けやすいようにハンナに撃ったらしい。


「あちゃー、またダメだったねー! もう一回!」


 ニーナは高見の見物ってやつだ。割れそうだった頭の痛みもおさまってきた。


「無理だろうこんなの……」

「まだ大丈夫だよー、カーベラは吸血鬼の血統魔法も使ってないし、翼で空を飛んでもいないもの。まだ大丈夫大丈夫」


 その大丈夫は何に対しての大丈夫だろうか。


「きゅ、吸血鬼は依頼にしたらどれぐらいのランクなんですか……?」

「一人に対してCランク冒険者いちパーティーぐらい?」


 ニーナの言葉を聞いてロムはふたたび死んだ。


「大丈夫だってー、カーベラも手加減してるわけだし一回ぐらい参りましたって言うと思うよ?」


 この状況を見てまだそんなこと言えるかっ。

 ニーナの目の前にはこの光景はどんなふうに映っているのだろうか。信じがたい。


「……カーベラさんはなんで母さんの言うことを聞いてるんです?無茶苦茶ですよ、あの人」

「わたし使い魔なもので、ニーナ様の」

「……マジ?」

「はい」


 カーベラには笑みで返された。ぼこぼこにされた後だから恐怖に思えるのだが、その笑みは。


「ですから、ラードくんはわたしに敬語とか必要ありませんよ?」


 いま膝が地面についている男にそれを言うか。


「とりあえずニーナ様が満足するまで、ラードくんたちには付き合ってもらわないといけません。頑張ってください」


 気がついたらカーベラは俺のそばに立っていてデコピンのポーズをとっていた。

 ヤバいと思ったより先に衝撃が訪れる。







「はは、それは災難だったね」


 時間は変わって午後のマルクス。午前で疲れ果てている俺たちには今日の依頼を受ける気力すらはなかった。


「ニーナ先輩の使い魔、カーベラさんは強いからね。そんな簡単に倒せる相手じゃないよ」

「俺たちもそう言ったよ……でも母さんがやれって」

「さ、さすがはニーナ先輩」


 何がさすがはだ。こっちはぼろぼろだ。


「マルクスさんでもカーベラさんには敵わないですか?」


 ロムがマルクスに質問をした。


「うーん、無理じゃないかな? カーベラさんは普通の吸血鬼とはまた違うし、僕じゃ敵う気がしないね」

「……魔法が効かないとか?」


 魔法が効かないことを根にもっているのか、ハンナがマルクスに聞いた。


「ハンナちゃんは属性が火だったから、カーベラさんとは相性が悪かったね…カーベラさんも火の魔法を使うからカーベラさんより魔法が強くない限りまったく意味がないよ」

「えぇー……」


 ハンナはショックを受けた。


「相手が悪かったとしか言えないけど……これからもたびたび朝の訓練相手になるんでしょ? カーベラさん」


 俺たちは黙った。

 ニーナとカーベラは、いい経験なったねーとか、あなたたちは遅すぎますとか言いながら帰っていった。さんざん俺たちをぼろぼろにしといてさ。


 ニーナが最初に言ってた通り、きっとカーベラはたまに朝の訓練に参加するんだろうなぁーいやだなぁー。


 カーベラがニーナの使い魔になった理由はあっけないものだった。

 昔、北の魔大陸から流れ着いたノラの吸血鬼カーベラは食料と住むところを求めてさまよっていた。運悪くカーベラはアールティル大陸上陸のさいに持ち物をすべて失っていた。


 海を渡るときに遭遇した魔物たちは凶暴だった。海で魔物に出くわした場合、大抵は思い通りに攻撃できない。魔物が海面から出てくるときだけを狙わなければならないからだ。

 火の魔法はたいして効果がない。水の魔法なんてもってのほか。


 海の魔物との戦闘はそれだけリスクが大きい。航海をする人は基本的に冒険者と商人くらいしかいないという。

 危険性だけを鑑みて冒険者しか船に乗せないということもあるらしい。

 そんな危険を冒してまで海を越えてアールティル大陸にやってきた理由については、カーベラは何も言わなかった。ニーナも知っているようだがカーベラに口止めされているのか。口元をウズウズさせていた。


 持ち物をすべて失ったカーベラがアールティル大陸に来てからとった行動は、人間から物を略奪することだった。もとより人間と魔物ではそりが合わず、仲が悪いのは当たり前。カーベラ自身も人間に対してとくに思うことはなく、人間から物を盗ることに何も感じていなかった。


 毎日のように人間からの略奪を繰り返していたカーベラはすぐさま噂になり、はぐれ吸血鬼として冒険者ギルドに目をつけられた。そこで、この地域ではかなり有名だったというニーナのパーティーが、カーベラの討伐を命じられた。


 ニーナのパーティーがカーベラを見つけるとすぐ戦闘になったが、いろいろあってニーナたちの勝利で終わり、カーベラはニーナの説教に感銘をうけて使い魔になったらしい。


 ニーナに感銘をうけるカーベラもカーベラだが、説教の前に、ほとんどニーナのみによってボコボコにされていたらしい。より強きものに従う魔物の世界ではそういうことも当たり前らしく、そのときのことを話すカーベラは誇らしげだった。


 ニーナはすごいでしょ! って言っていたが説教とか関係なくね?

 ボコボコにしただけだろ! と俺は言いたかった…地面に伏してなければ。


「はぁ……依頼とか行きたくねぇ……」

「……冒険者にあるまじき言葉だね」


 俺が呟いた言葉にマルクスは苦笑いをうかべた。


「……でもそんな君たちにとっておきの依頼が実はあるんだ」


 俺の言葉を本当に聞いていたのだろうか?


「じゃん! ハンナちゃんがこのあいだの試験でEランク冒険者になれたから、Eランクの依頼書だ。パーティーで行動してるときは一緒に受けられるから、ものは試しに行ってみたら?」


 マルクスは俺たちのまえに推奨Eランクと書かれた依頼書をおいてきた。


「あのこれ討伐依頼なんですけど……?」

「そうだね」

「そうだねじゃなくて……はじめて見る魔物の名前が載ってるですけど?」


 ロムはマルクスに疑問を投げかけた。だが、マルクスはそんなに素直ではない。


「新種らしいよ」

「……そんなものを何故僕らが?」

「暇でしょ?」

「ひまって……」


 ロムはマルクスの言葉を聞いて震えていた。

 わかる、殴ってやりたいよな。気持ちはすごく、わかる。


「そんな真剣に考えなくても大丈夫。新種の魔物といってもカラステキヤの別種とギルドは考えているから、君たちにとってそこまでの脅威ではないよ」


 真剣に考えているのはマルクスの贖罪のことで、魔物のことではない。


「……場所はどこですか?」

「このあいだの森だよ」


 あの森に何かあるのか。魔物が続々と出てくるじゃないか。問題の香りしかしない。


「大丈夫だって。ギガントウルフもあのあと少しいたらしいけど、街にいる冒険者たちがちゃんと討伐してくれたから、君たちが心配する必要ないよ」


 本当かぁ?


 ちなみに、カラステキヤは鳥の照り焼きではない。植物の魔物の一種である。高さは人間の子供ぐらいで、雑食で、植物のくせに移動が可能で、森と森のあいだを行き来することができる。話によるとそんなに強くはない。火の魔法を使える場合は依頼の難易度が下がるので、ハンナがいる俺たちにとっては大した敵ではない。


「どういうところが新種なんですか?」

「それは行ってからのおたのしみ」


 やはり教えない気らしい。


 一度、依頼書をよく見てみる。

 魔物名カラスメント……どこか聞いたことある気がする。新種だからそんなことはないはずだが、俺たちは知っているような?


「まぁいってらっしゃい」


 俺が記憶を掘り返すまえにマルクスは俺たちに依頼書を渡して出発を促した。


「いやもっと説明を……てか、まだ僕たちは受けるとも何も言って……」

「――早く行かないと夕方になるよ?」


 ……どうやら拒否権はないらしい。


「はぁ……わかりましたよ」


 ロムは落胆、ハンナはやっぱりかという顔、俺は帰りたかった。


「死体も回収してきてね。新種だから」


 マルクスは容赦なかった。

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