第16話 小咄、ハンナ・ブロッサム

 ロムが冒険者を辞めかけたのを、私とラードが止めた日の午後のことだった。


 私たちは訓練に遅刻したので、追加の周回を走らされていた。


「ロム、ラード……頑張って」


 正確には、ヘトヘトになっているロムとラードを後ろから押していた。


「無理……ハンナ……俺をおいて先にいけ……俺は後から追いつくから……」


 そう言って、明らかにスピードを落とすラード。

 ロムを叱りつけていた時の威厳は、もう見受けられなかった。


 ……同一人物とは、思えないわ。


「いいから、早く走ってよ! 私まで、連帯責任で追加を貰うじゃない!」


 私は、後悔した。

 ラードに冒険者になろうって言われた時に、断ればよかったと。


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 ロムはただ走ることに集中していているが、息が乱れている。

 こうして、ロムを説得して戻って来てもらったものの、ロムの能力的問題は何も解決してはなかった。


 私はラードに、何か考えがあったのかと聞いてみたが、ラードはとりあえず1ヶ月訓練を続けろとロムに言っただけだった。


 一応、少しは考えた様子だったけどすぐ面倒くさそうな顔になる。

 ラードはちゃんと考えてるのか考えてないのか、未だに私にはわからない。だけど、時たまに意外なことを言うからびっくりさせられる。


 ロムの時もそうだが、私と初めて会った時も、ラードはその面倒くさがりな性格からは考えられないことを言った。


 意外なこと、と言えばこの訓練もそうだと思う。

 毎日散々、面倒くさい面倒くさいって呟くのに、そうまでして冒険者をやりたがる理由は何だろうか?


 ラードに詳しく聞いても、茶化すだけで真面目に答える気はないみたいだ。いろいろ考えれば楽な仕事なんて他にいっぱいあっただろうと私は思う。


「あー……自動で体動かねぇかなー」


 ……まさか、考えることすら面倒くさくなってないよね?

 そうだったら、さすがの私もラードの頭を心配するわ。


「なんだよ、ハンナ?さっきから黙ってこっちみて」

「……別に。あんたの頭が心配だわと思って」

「なんで俺はハンナにバカにされてるの?」

「バカにしてないわ。間抜けだとは思ってるけど」

「……それをバカにしてるって言うんですけど?」


 それから数日も経たずして、ロムは午前中の訓練で倒れた。

 そんなロムに対してマルクスは、「やめるかい?」と尋ねた。


 冒険者をやめる、訓練をやめる。

 どっちの意味で聞いていたのかはわからないけど、マルクスは少し悲しげな表情だった。

 私たちも、何と言っていいのかわからずただ見守っていた。


「続けたいです……どんなになっても……ここでやめたらきっと後悔する…」


 ロムは地面に伏せながらも、私たちにはっきりと聞こえるように言った。


「そんなこと言ったって、君の体じゃもう……」


 マルクスがそう言おうとした瞬間だった。


「よく言った! ロム!」


 ラードはいきなりマルクスの言葉を遮るようにそう言って、ロムを背負い始めた。


「くっ……重い……」


 見た目は、完全に不恰好だ。十歳のロムを六歳のラードが運ぼうとしているんだから、体格的に無理があるようにしか見えない。


「ラード……ごめん」

「なぁに、これくらいで置いていかねぇよ。最後まで、地獄を生き抜くぞ。三人で」

「……ごめん」


ラードは、強がってはいたがロムを背負って一歩一歩踏み出すたびに足を震わせていた。

見てられない。


「私が、いつものように後ろから支えるわ」

「おっ、サンキュー。ハンナ。お前が居てくれていつも助かるよ」

「……ふん、また思ってもないことを」


 ラードは答えなかったが、顔はいつもの面倒くさそうな表情じゃなくて、笑っていた。

 その様子を見ていたマルクスも、何も言わずにいつの間にかいなくなっていた。


「さあ、今日の訓練だけでも終わらせるぞ。あと、十周!」

「……あと、十二周あるでしょバカ」

「気のせいだ。ここは、俺のかっこよさで少なくしようぜ?」

「どこが? どこがかっこいいの?」

「くっ……ロムを背負っているおかげでハンナの話が聞こえないぜ!」


 聞こえてるくせに。


 次の日には、ラードがロムをロープで繋いで走ることになった。ロムは、前日ラードに背負ってもらったことを情けないと思っていたらしい。そこで、ラードが妥協案としてロープを使うことに決めたようだ。


「作戦、電車ごっこだ!」


 またバカなことをいい始めた。


 最初だけは、その作戦が快調に見えたが、時間が進むにつれ完全に二人のペースが落ちていた。


「なぜだ……どうしてこうなった……!」


 などと言っており、ラードは息を切らして完全に疲れきっていた。

 やっぱり、ラードはバカだと思う。見るに堪えない。


「ん? なんだ、ハンナ。お前も作戦に参加するのか? お前はさっき、この作戦をバカにしてたろ?」


 私は、ラードの言葉に答えずロープを私とラードに結びつける。


「ほら、行くわよ」


 ラードの前を走り始める。


「やった! これで俺も少し楽になるぞ! ハンナが頑張ってくれば……ぐぐぇぇぇ! ちょっと!! ハンナ! ちょっとたんま! しまってる! しまってるよぉ!」


 ……それはそうである。

 前と後ろからラードをロープで引っ張っているのだから。


「腹がぁぁぁぁっ!!」


 自業自得である。

 ラードは、さっきの言葉を聞く限り、私に任せて楽をしようとしていた。ロムにロープをつけて走り始めた時からチラチラとこちらを見ていたことには気づいていた。なんとかして私を巻き込もうとしていたのだろうが、私はラードが疲れるまで無視していた。


「……二人に任せてばかりで……僕はもう情けなくて……家に帰りたいよ……」


 ロムが弱音を吐いていたが、私にもラードにもよく聞こえていなかった。


 なんやかんやあって、それから数日が過ぎた。私たちが冒険者になって1ヶ月が経っていた。

 マルクスから聞かされた話は衝撃的だったけど、わからない話じゃなかった。


 無理がある訓練方法だわと、薄々私は気づいていた。こんな無茶な訓練を冒険者全員がやっているとは思えない。

 ラードは怒っていたが、マルクスは笑顔で誉めてかわしていた。


 その後に、私たちに初めての依頼がきた。依頼主はなんとラードのお母さんであったが、いろいろびっくりさせられる人だった。


「ねぇ、ハンナちゃんはラードちゃんのことが好き?」


 私だけニーナさんに呼ばれて家の中の手伝いを任されている時のことだった。

ニーナさんはいきなり、私に聞いてきた。


「そんなに隠さなくてもいいわよ! ラードちゃん可愛いし!」


 私は、まだ何も言っていない。それにも関わらず、ニーナさんは話を進めた。


「ラードちゃんはね、聞いてきたの。私にね。今までしたことないような真面目な顔で」

「何を聞いたの?」

「それはね、女性でも冒険者になるためにはどうしたらいいかって。あまりに真剣に聞いてくるから私、びっくりしたよ?」

「そうなんだ」

「うん。でね、女性で冒険者になるためには男性よりも強くなければならない~っていつも口調で私が言ったら、いつもはラードちゃんは呆れた顔をするんだけど。その時は違って、真面目に私の話を聞いていたね」

「……そうなんだ」

「で、すごい大事な子がいるだなぁって私は思ったの! それで初めてハンナちゃんを見て、私はピンときた! この子だなと!」

「そ、それは」

「まぁまぁ、仲のいいことは良いことだよ! 今日から私のことをニーナママって呼んでもいいよ!」

「……それは遠慮しとく」

「なぁんでよぉ! いいでしょ? ラードちゃんのこと好きならぁ!」


 ニーナさんはなぜか悔しがっていた。そもそも、私はまだ何も言っていないのだけれども。


 ラードが、冒険者になろうって言ってた最初の頃を思い出した。最初の頃にラードの考えてきた特訓は非常にびっくりする内容だった。のちに冒険者になってやった訓練と比べても、特訓の方がキツかったと記憶している。


 初めての友達と呼べる存在と離れたくなかった私は、必死にその特訓を頑張った。途中からはラードがへばってきたから、ラードの分までなんとかしなきゃと思って頑張った。

 でも、ラードと過ごしている内にラードの性格がわかってきて、無性にムカつき始めた。だからと言って、ラードを一人にするのも心配な自分がいる。いろいろ複雑な気持ちでいっぱいである。


 その日の夕方には、Bランク冒険者のニーナさんが稽古(?)をつけてくれたが、私たち三人は敵わなかった。

 さっきまで依頼をこなしていたから、というのは言い訳にならない。条件はニーナさんも一緒だし、なんなら手加減だってされていただろう……途中なんかは踊りながら避けていたし。


 さすがに、ニーナさんに一回も当てらないとは思わなかった。少しではあるが、私には自信があった。それなのに、男二人が弱音を上げて苦しむ特訓や訓練をこなした私でも、一回も触れることすら出来ないなんて。やっぱり、ニーナさんはただ者ではないと思った。


 ニーナさんは次の日には訓練の教官になっていた。言っていることは相変わらずだけど、実力は本物だった。

 訓練の最中、ニーナさんはそっと私に耳打ちをした。


「ハンナちゃんは強いから、二人を守ってあげて」


 普通、男性が女性を守るものじゃないだろうか?


「ハンナちゃんは、できる子だよ?」


 どういうことだろう。ニーナさんの言ったことを息子であるラードに聞いてみたけど。


「いつもの発作だ。気にするな」


 と、苦渋の顔を浮かべてた。


 何? いつもの発作って?


 そこから、一年、二年とあっという間に過ぎていった。Fランクの試験でラードが私の答案を見て書き写そうとしているのを目潰しで阻止したぐらいしか、記憶がない。


 サラメント草? ナニソレ、美味しいの?


 そんなことより、Eランク試験が始まった。一匹のはぐれギガントウルフを討伐することが依頼内容だったが、実際に行ってみたら一匹ではなく何匹ものギガントウルフが私たちを待ち構えていた。


 今現在、ラードは一匹のボスらしきギガントウルフと戦っており、私とロムはもう片方のギガントウルフと対峙していた。


「どうする、ハンナ?」

「両方から別れて、挟み撃ちにする形で追い込むのがいいと思うわ」

「僕もそう思うけど、近づいたとしてもギガントウルフが速くて攻撃が当たらない」

「とりあえず、近づいたらわざとタイミングをずらして攻撃してみましょ。こっちが攻撃を受けないようにゆっくりね。まず、ギガントウルフの速さに慣れないと」

「わかった」


 私とロムは作戦通り、両方から挟み撃ちするべく移動する。


「やっ!」


 ギガントウルフの背後にまわったロムが始めに仕掛ける。

 しかし、ギガントウルフはロムを一瞥してひらりとかわす。


「ふっ!」


 そこへ私が追い打ちをかけるも、ギガントウルフはひらりとかわしてしまった。


「このっ!」


 ロムがさらに攻撃を叩き込む。


「ワゥ!!」

「わっ!危ない!」


 ギガントウルフはロムの攻撃をよけて、カウンターを仕掛けてきた。


「ロム! 距離を取って! ギガントウルフの攻撃をしっかりと受け止めるか、ちゃんと避けるかして!」

「わかった! でも、そんな簡単には……」

「やらなきゃ死ぬよ! ミスしないでね!」

「む、無茶苦茶だなぁ……」


 そうでもしないとこの相手には勝てない。


「そ……んなにっ! ぼっくも! このっままじゃもたないよ!」


 ギガントウルフの攻撃を受け止めながらも、細かに反撃を返すロム。しかし、当たらない。

 ラードを加えて三人なら力押しで倒せるかも知れないけど、ロムの攻撃の速さではギガントウルフにダメージを与えられない。


「私がなんとかしなきゃ……」


 でも、どうする? 私に何が出来る?


「ハンナ! 一旦、逃げた方がいいと思う!」

「逃げてどうするのよ! ギガントウルフの方が足が速いからすぐに追い付かれるわ!」

「君だけでも先に逃げてくれ! 先に逃げて他の冒険者を呼んでくるんだ! それまで僕とラードで持ちこたえてみせる!」


 私が見る限り、それは無理だ。私が逃げて助けを呼びに行ったとしても、戻って来る頃には、ラードとロムはギガントウルフ達にやられているだろう。

 それがわかってて、ロムは私だけ逃げるように指示を出した。そのことに無性に腹がたつ。


「……避けなさい」


 私は、魔法の呪文を唱えて詠唱を始める。


「え……ま、まさかハンナ! ここで魔法を使う気!?」


 手をギガントウルフとロムのいる方向へと向ける。

 属性魔法は私たち三人の中で唯一私だけが使える。ただし、コントロールに自信はない。


「放て! 『ファイアボール』!!」

「ちょっと! ……あぶなっ!」


 ロムとギガントウルフは、ほぼ同じタイミングで私の魔法を避ける。


「モヤモヤがスッキリしたわ」

「……そのモヤモヤのせいで僕は死にかけたんだけど?」

「ロムがバカなことを言うからよ。早くこいつを倒さなきゃ。ラードは今頃戦闘が面倒くさくなって骨になってるかも知れないわ」

「うわぁ、ハンナがいうと真実味があるなぁ」

「わかったらさっさと倒すわよ!」


 私たち二人は再び、ギガントウルフに挟み撃ちを仕掛けた。

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