第15話 Eランクの壁

 なんだかんだで、訓練生卒業試験。冒険者クラス、Eランクへの昇格試験が行われる日がやってきた。


 この世界で俺も八歳になった。

 俺は史上最年少の冒険者なんじゃ? 思ったが、記録によると、六歳でDランク冒険者になった者がいるらしく、俺は違うらしい。


 ロムは十二歳、ハンナは九歳になった。

 見た目は子供だが、キツイ訓練を耐えてここまできたのだから、頑張れる気がしていた。


「俺たち以外の、新人の冒険者はいないんだな」


 ふと、疑問に思っていたことをマルクスになげかけた。


「それはそうだよ。冒険者には誰もなりたくないからね」

「え?」

「だって、考えてもみなよ。命の危険を冒してまでダンジョンを攻略したり、強力なモンスターと戦ったりしないといけないんだよ? 普通の人なら割りに合わないと考えると思うよ」

「まぁ……そうだな」

「だいたい、一年か二年に各国にある冒険者ギルドで一人増えればいいぐらいだね。あまり人気ではない職業ではある」

「想像と全然違うもんなぁ」

「仕事のやりがいだけはあるよ?」

「……ギルド職員として、もっと違うこと言うべきでは?」

「冒険者が続くか、続かないかは本人の意志次第さ。君たちが一番わかってると思うけど」


 ロムの話か。そうなると俺たちは、ぐうの音も出ない。


「でも、どうして急にそんな話を?」

「俺たちが冒険者になってから二年間、俺たちの町で新しく冒険者になるやつがいなかったな、と思って」

「なるほどなるほど、目の前の現実から逃避していたと言うことか」


 俺たちは今現在、町の中にはいない。町の外に来ていた。


 町から北の方へ少し行った小さな森に、モンスター認定されている魔獣種であるはぐれのギガントウルフが出没すると報告があった。

 群れでいる場合はDランクのパーティーで討伐するのが常だが、今回は珍しくはぐれの一匹がいるということで、この機会をEランク昇格試験として活かすことが決まった。そのため、マルクスを同伴者として、俺たちは北の森に来ていた。


 一匹でいる場合、ギガントウルフはEランクの討伐対象になる。


 俺たちへの初の討伐依頼だ。と、最初は緊張した。俺たちは昼前には森に着いたが、一向にギガントウルフは出てこず、気がついたら昼時が過ぎていた。不味い乾燥した昼食をとった後、俺たちは再び、ギガントウルフを探すべく歩いていた。


 俺はとても面倒くさくなっていた。


「……情報がガセってことはないんですか?」


 ロム、俺、ハンナを先頭に、後ろからついてきているマルクスにロムが尋ねた。


「そうかもね。それならそれでいいんだけど。人が襲われることがないってことだし」

「俺たちの苦労は、どうなる…」


 どれぐらい歩いただろうか。俺たちはただ歩いて疲労することに時間を費やしていた


「見つからなくても、僕がまた別の卒業依頼を持ってくるよ。急ぐこともないし」

「それもそうだが……」


 こんなに小さい規模の森だっていうのに、探しても探してもギガントウルフは見つからない。


「マルクスさん、隠れてる魔物を見つける方法とかないんですか?」

「無いこともないけど、これをするとギガントウルフ以外の魔物も僕たちがいることに気づいて、遠くから寄ってきちゃうかも知れないよ?」

「え、遠慮しときます……」

「ちなみに、何をどうしたらいいんだ?」

「簡単なことさ、魔力を分かりやすく出現させればいい。その大きさに応じて、魔物たちが勝てると思ったら襲ってくるよ。魔力は、魔物たちの大好物だからね。魔力感知が得意な魔物も沢山いるよ」

「ただの自殺行為じゃねぇか」

「場合によるよ。魔力を出して呪文を唱えてるフリでもしてたら、魔物も気をとられるから、その間に別の誰かに攻撃してもらうというやり方もある」

「……一人の場合は?」

「ただの自殺行為だね」


 無闇に魔力を出すのは良くなさそうだ。面倒なのを筆頭に寄ってくるだろうな。


「ま、それも杞憂になりそうだけど……」


 マルクスが、急に声のトーンを落とした。マルクスの見てる先に俺らも目線を移す。


「ラード、いたよ。大きいね」


 ロムが言うように、そこにはギガントウルフが一匹だけで寝ている様子だった。

 見た目は狼みたいだが、狼よりも一回り大きく、下顎から大きな二本の牙が生えていた。


「気をつけてね、三人とも。ギガントウルフは夜行性で昼間は寝ているようだけど、どんな状況でも人をすぐに襲うぐらい凶暴な性格だから」

「……いつも思うが、早めに言え、そう言うことは」

「早めに言うと、ラード君が行かないって言うでしょ?」


 そりゃそうだ、誰がそんな面倒なことをやりたがるって言うんだ。


「何かあっても、僕がフォローするから頑張っておいでよ」


 ギガントウルフの方を見てみる。まだ、横たわり眠っているようだ。


「ラード、覚悟を決める時が来たみたいだ」


 ロムが少し体を振るわせ、ガラにもないことを言っている。


「私も横から、援護するわ」


 ハンナは、真剣な表情を浮かべて、依頼を受ける際にもらった剣を静かに鞘から出した。


「……面倒だけど、そのようだな。この依頼もさっさと終わらせて、久々に1日寝たい」


 俺とロムも、鞘から剣を出す。


 三人の中じゃ体格の大きいロムを先頭に、後ろ両サイドに俺とハンナがついた。

 ゆっくりと、ギガントウルフに近づいていく。ギガントウルフは、まだ寝ている。


 緊張が張りつめていた。

 一歩、一歩ギガントウルフに近づくたびに、先頭をゆくロムが震えているのを感じる。


 大丈夫だ。と俺は後ろから、ぽんっと肩に手を乗せる。

 ロムは、俺の方に振り向きはしなかったが、震えながらもゆっくりと頷いた。

 また、俺たちは一歩、一歩と進み始める。


 あと一歩で、俺たち攻撃範囲というところでロムは止まった。

 どうしたと俺が声をかける前に、ロムは口を開いた。


「……あのギガントウルフ、こっちを見てる」


 何?


 俺は、確かめるためにギガントウルフの顔を見た。


 ……そこには、ロムの言うとおり、目を開けたギガントウルフがこちらをじっと見つめていた。


 ヤバイ。

 と、思ったときには遅かった。ギガントウルフはその場で立ち上がり、遠吠えを行った。


 ギガントウルフの遠吠えが、森のなかに響く。

 すると、マルクスの後ろからガサゴソと草を踏む音がする。


「……これは不味い」


 マルクスの後ろには、木の陰から三匹のギガントウルフが現れた。


「ワッウゥゥゥ……!」


 俺たちの目の前のギガントウルフが小さく吠えると、その後ろからもっと大きなギガントウルフが現れた。


 あれはヤバイ。直感で感じた俺は、咄嗟に動こうとするが体が強張って動こうとしない。


「ゥゥゥ……!!!」


 小さい方のギガントウルフが顔を上げ、俺たちに低く唸りを上げた。


「くっ……」


 ハンナも、恐怖のあまり少し後ろへ後ずさる。


 何か考えろ、俺!こんな緊急時に何か使える手はないのか!


「うっ……」


 ロムは、小さく声を洩らした。

 ……まさか、ロム。今動くなよ。


「うわぁぁぁ!!!」


 ロムは、目の前のギガントウルフたちに切りかかった。


「くそっ……ハンナ! いつまでも、ビビってないで俺たちもロムの援護に向かうぞ!」

「び、ビビってないわ!」

「なら、黙って俺についてこい!」


 ハンナも緊張がとけたみたいだ。俺たち二人も、ロムの後に続く。


「ぼ、僕が二人を守る! くっ…ちゃんとあたって!!」


 ロムは、ギガントウルフたちに向けて剣を振っているが、ギガントウルフたちはロムの剣を素早い動きで避けている。

 そこに、俺とハンナも加わるがあっさりと避けられて距離をとられる。


「ロム! 勝手に先走るな!」

「ご、ごめん……僕は二人を守らなきゃと思って…」

「落ち着いて行動するぞ」

「わ、わかった」


 だが、ロムのおかげで体の強張りがとけたことも事実だ。

 ロムが先行していなかったら、体が動かないまま相手の攻撃を受けていたかも知れない。


 ギガントウルフたちは、俺たちを睨みつけていた。


「ごめん、君たち! 僕もこっちでしばらく手が離せそうにない! そっちの一匹も僕に任せて、ギルドへ逃げてくれ!」


マルクスも、三匹のギガントウルフに苦戦を強いられていた。


「無理だ! こっちも、もう一匹大きなギガントウルフが出て来て、身動きが取れない!」

「ハイギガントウルフってことかい……厄介だね……」


 マルクスは、呟くようにそう言った。


「なら、僕がこっちの三匹をやるまでどうにか耐えていて!」

「なるべく、早く頼む」

「善処するー!」


 マルクスは、ああ言っているがそんなに余裕は見受けられない。


「……どうやら、二人とも。俺ら三人で二匹を抑えないといけないみたいだ」

「そうらしいね」

「でも、どうする?さっきの私たちの攻撃が全くあたる気がしないんだけど…」

「同時に二匹は、無理だ。どうにか、一匹ずつ仕留めるのがベストだと思う」

「簡単に言うわね」

「シンプルだろ? 俺が、デカイ方を引き寄せる。アイツは、通常のギガントウルフより上位っぽいからな。倒すときは三人じゃないと無理そうだから、二人でさっさと小さい方を倒してくれ」

「それじゃ、ラードが危ないんじゃあ……」


ロムが心配そうな顔を浮かべる。


「犬と遊ぶのは得意な方だ。それに、お前たちの方が剣を使うのは、上手いだろ?」

「それは」

「心配に思うなら、さっさと倒してこっちにくればいいだろう?さすがに、俺もずっとおとりは無理だ」

「……わかった」


 ロムも腹を括ったらしい。


「さぁ、行くぞ。二人とも! この依頼をさっさと達成して、Eランクの冒険者になるぞ!」


 もはや、はぐれギガントウルフの依頼でもないが。


 ロムとハンナが、小さい方のギガントウルフに向かった。

 その隙に、俺は手のひらに魔力を集め、半透明の球体を出現させて大きい方へと投げた。


 魔弾。ただの魔力の球を相手にぶつける無属性魔法。

 威力は大きくない。だが。


「はっ! どうやら、威力はないけど鬱陶しいみたいだな!ムカつくなら、俺が相手になってやるよ!」


 大きい方のギガントウルフは、俺を睨み付けて一気に距離をつめて体当たりをしてきた。

 俺は、防ぐ間もなく後ろの藪へと飛ばされた。


「くっ……!」


 全身を突き抜けるような衝撃。地面に倒れた俺を見下ろすように、俺を飛ばしたギガントウルフがこっちを見ていた。


「ラード!!」


 ロムとハンナの声がした。


「大丈夫だ! ただ飛ばされただけだ!」


 飛ばされるだけでも窮地であることに代わりはないのだが、二人を安心させるためにそう答える。


 さて、どうしたものか。


 俺は、立ち上がるとギガントウルフと向き合う。

 普通のギガントウルフとは違う大きさ。体格で言うと、俺よりも大きい。圧倒的に。

 

「ゥゥゥ……!」


 うなるギガントウルフ。

 俺は剣を再び強く握りしめて、ギガントウルフに向けて構える。


「どうした、俺が怖いか?犬っころ」


 どちらかと言えば、俺が怖いが臆してはいられない。ロムとハンナが来るまで耐えるしかない。

 そんなことはお構いなしに、ギガントウルフは少しずつ俺の様子を伺いつつ距離をつめてくる。


 先手を打つべきか?

 しかし、先ほどのロムの攻撃をすんなりかわしているあたり、俺の剣が当たる気がしない。


「……ワゥッ!!」


 考えてるうちに、ギガントウルフの方から俺に攻撃を仕掛けてきた。ギガントウルフの右手が俺へと振り下ろされるのを剣で受け止める。


「ちっ……」


 思った以上の衝撃が俺の手に伝わる。気を抜いていたら、また飛ばされていた。


「ワゥッ!!」


 休む間もなくギガントウルフの攻撃が、俺へと降りかかる。

 俺は、それを重心を少し変えて剣で受け止める。


 再び、重い衝撃が俺に訪れる。


「くっ……」


 耐えるしかない。ここで攻撃に転じてもこちらの攻撃が当たらなければ大怪我は間違いないだろう。


「ワゥッ!!」


 ギガントウルフの攻撃が止まらない。


 こいつ、俺で遊んでいる。

 俺が攻撃してこないのを察したのか、片腕しか使わず俺をさっきから右左へと攻撃している。最初みたいに吹っ飛ばないからか、しっぽまでふって楽しんでやがる。


「ワゥッ!!」

「……っ!!」


 ムカつく。

 手を出そうにも、圧倒的にレベルの差がある相手だから迂闊には動けない。となると、それを逆手に取るしかない。


「ワゥッ!!」

「……いまっ!」

「キャイン……!!」


 どうだ犬畜生! 人間をなめやがって。降りかかる手の指の間に剣を構えてやったぜ。自分から指の間に、剣を差し込んでやんの。ばーかばーか。


「ウゥゥ…! ワゥッ!! ワゥッ!!」

「ヤバ! 二回攻撃……!」


 それをなんとか剣で受け止めようとする。


「ワゥッ!!」


 ……そして幻の左手。


「くそっ……!」


 なんとか、耐えるがギガントウルフの攻撃の衝撃で後ろに下がってしまう。


「ワゥッ! ワゥッ! ワゥッ!」


 ヤバイ……俺が怒らせたせいでギガントウルフの狼拳乱舞が始まってしまったぞ。


「くっ!」


 そして、おまけに後ろに下がり過ぎて背後には木が現れた。万事休す。


「これは不味いな……ここで実況してる場合じゃねぇ……」


 状況は最悪、迂闊に手を出してしまったため俺は激おこ狼に追い詰められていた。


「ウゥゥ……!」

 

 数分前と変わらないにらみ合い……正確にはギガントウルフは右手をケガをしているし、俺は腕が痺れてきて耐えられる気がしない……うん、イーブンだな。お互いに疲労しているはずだ。


「ワゥッ!!」

「くっ! やっぱ、左手使ってくるよなっ!」


 受け止めようとするが、受け止め切れずに腕にキズを貰う。

 

 ……さぁ、これでまたイーブンだ。腕からすげぇ血が出ているが気にしない。


「……ここで一旦、休憩といかないか?」

「ウゥゥ!」


 ……どうやら、ギガントウルフに人語は通じないらしい。

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