第10話 冒険者ロムの挫折
どうしてこうなったんだろう。
僕は、最初は訓練を休むつもりはなかった。
ハンナとラードと僕の三人で走っている時、1日目はほぼ一緒の速さだった。
それが日を追うごとに、僕だけがおいていかれる。どんどん先をゆく二人が、遠くへ遠くへ走っていく様を眺めて、気がついたら僕は、二人に越されて周回遅れになっていた。
どうして、こうなったんだろう。
僕が、一番年上で家も農家で体力には自信があった。でも、目の前を走る二人には追い付けそうになかった。
最初の方は、キツそうに走るラードが徐々に遅れてきている僕と、一緒に走ってくれて励ましてくれていた。ハンナも心配そうに僕らを見ていたのを覚えている。
そんな二人に僕は申し訳なくなって、先に行って後から追い付くからと言ってしまった。その後に追い付いたことなんて、その日から一度もなかった。
冒険者になる才能は、僕にはなかった。いや、冒険者になる資格すらなかったんだ。僕には。
離されていく自分が惨めに感じる。
マルクスさんとの面談の時も、兄さんたちに憧れて冒険者になったって答えたとき。
マルクスさんは、冒険者はそんな甘くないよって、いつもの笑顔とは違ったやんわりとした笑顔で言っていた。その言い方に少し疑問を持ったが、体力には自信があると僕が言うと、マルクスさんはいつもの笑顔で頑張ってね、応援してるよ、と言ってくれた。違う言い方になったのは、僕の気のせいだと思った。
こうして冒険者になってみると、僕に突きつけられた現実は苦しいものだった。マルクスさんが言ってたのはこのことかと、僕は少し後悔した。
訓練中の僕は、なるべくマルクスさんの顔を見ないように行動していた。自信があると言った手前、期待しているマルクスさんに向ける顔が今の僕にはなかった。
どうしてこうなったんだろう。
また、最初の疑問に戻った。
半年前にラードと出会ったときには、僕がしっかりしなきゃと思って、なるべく二人をまとめようとしたけど、今じゃ僕がまとまりを崩しているようだった。
一緒に冒険者になる人を探している。
噂でそう聞いた僕は、自然と二人を探していた。
冒険者になった兄さんたちに憧れてはいたものの、僕も冒険者になろうか決めかねていた時だった。
体力には自信があったが、一人で続けられるかは自信がなかった。いつも兄さんたちについてまわっていた僕は、一人で何かをした経験がなかった。
あの時、ラードたちに会わなければよかったのかも知れない。そうしたら、こんな情けない姿を誰にも見せなくて済んだはず。
お母さんにも、しばらく休みなんだと嘘までついている。畑仕事をちょっと手伝うとき、お母さんの顔を見るたび胸が痛かった。
明日は行こう、明日は行こうと自分に言い聞かせても、朝になると足が震えて、ラードたちにどんな顔して会えばいいのかわからなくなっていた。最後に会った帰り道でも普通に笑えていた自分が、今ではおかしく思える。
そんな事をしてるうちに三日が過ぎてしまい、誰にも言い出せないまま、お母さんの「お友達が来たわよ」という言葉で体が強張った。
ついに来てしまった……。
自分の中で、言い訳を考えようとするも頭の中は真っ白で何も考えられそうにない。
一歩、一歩進める足が、筋肉痛とは比じゃないほど重く感じる。
どうしてこうなったんだろう。
また最初の考えに戻る。この数日で堂々巡りをして答えの出なかった質問。
……あぁいやだなぁ。
僕は、身も心も重い気持ちで玄関へと向かった。
俺たちがさすがにおかしいと思ってロムの家に向かったのは、ロムが来なくなってから三日経った朝だった。
昨日、一昨日とマルクスには、ロムは実家の農家の手伝いだと言っていたが、あの腹黒は納得しているように見せて何か感づいているようだった。
ロムの家は、俺たちの家から離れた農業地区にあった。俺たちの住む住宅地区とは反対側だ。ちなみに、ハンナの家は俺の家の裏に建っている。ハンナにはそのことを言っていない。初めて会ったとき、たまたま裏の窓を見た俺は、泣いているハンナを見て、苦し紛れの言い方をして町を案内させたのを覚えている。その行動が恥ずかしすぎて、俺が住んでる家の場所をハンナに言う気が起きなかった。
絶対に、バカにしてくるハズだからだ。
あー恥ずかしい。なんで、あんな恥ずかしいこと言ってしまっただろ、俺。
とにかく、今はロムだ。
ロムの家のドアを叩くと、ロムの母親が現れてロムは部屋にいるからちょっと待っててと言われた。
しばらくすると、いつものようにぎこちなく動くロムの姿が見えた。
「や、やぁ」
俺たちよりも年上のロムが、ばつのわるそうな顔して話しかけてきた。
俺は、率直に話を聞いてみた。
「なんで、待ち合わせの場所に来ないんだ」
「っ……!」
ロムは、反射的に目を背けた。俺たちにロムを責めるつもりはないんだが、どうやらロムはそう思わなかったらしい。
「どうしてなんだ」
だからと言って、聞かないわけにはいかない。
「それは……その……」
ロムは、歯切れの悪い回答を繰り返すだけだった
面倒くさい。
前世でも、こんな出来事があったのを覚えている。中学くらいだったか、同級生だったので家まで行って事情を聞きに行ったのだが、理由は俺でも納得できるもので、そいつはそのまま部活を辞めてしまったのを俺は覚えていた。
あの時と同じように、辞めてしまいたい人物が今目の前にいると思うと面倒くさい。
「友達だろ、早く話せよ」
俺は友達と思っていた。ロムがどう思っているかは知らないが、こうして三人で冒険者になったのだから違う気はしない。
「う、うん……ちょっと、外に行こうか」
キッチンにいる母親のことを気にしているようだった。
「わかった」
俺たちは、ロムの家の農場を歩き始めた。
ロムは、俺とハンナを先導するように前を歩いていた。
「……ねぇ、冒険者の訓練ってキツくない?」
ロムは前を向きながら、俺たちに聞こえるように話し始めた。
「キツイ、キツイくないと言われれば、キツイ」
あと、面倒くさい。
「だよね……」
前を歩くロムは、顔を伏せた。表情は伺えない。
「何が言いたいんだ?」
「いや、ね……僕は憧れてたんだ、冒険者に」
「うん」
「でもね……憧れてたのは、冒険者じゃなくて冒険者になった兄さんたちに憧れていた気がしたんだ」
「何が違うんだ?」
「全然違うよ……兄さんたちのようになりたかった。誰からも頼られて、誰からも好かれてる存在だったから、そう僕もなりたかった。強くて頼もしい兄さんたちに」
俺たちは、黙ってロムの話を聞く。
「その兄さんたちがなったのが、冒険者だった。冒険者になれば、僕も兄さんたちのようになれると思ったんだ。……でも、現実は違った。兄さんたちのような、カッコいいとこなんて僕にはなくて、いつまでもどんくさくってラードたちの足を引っ張るようなことばかり…なんか無理だなって僕は思った」
前を歩いていたロムの歩幅がゆっくりと遅くなった。
「こうして、二人に見届けられて歩いていると自分がすっごく情けなく思えるんだ。どうして僕はこうなんだろうって」
ロムは、自分の気持ちを吐き出すように話し始める。
「二人は強いよ……僕はとても弱い。走りながら追い付こうとするけど追い付けなくて、距離だけが離れていっていつの間にか僕だけになっちゃうんだ。一人の僕は…とても弱い」
静かにそう呟くとロムは、その場に立ち止まりポツポツと泣き始めてしまった。
「はは……男の子なのに、すぐに泣いてしまうなんて情けないよね……わかってる、わかってるだけど止まらないんだ……僕の中にある悲しい気持ちが、いつまでも僕を責め続けて……いつまでも悲しくて涙が止まらないんだ……」
とうとう、声まで出して泣き出してしまった。
俺たちより年上と言っても、ロムはまだ十才。前世では考えられないぐらいに、ロムは強いと俺は思う。しかし……。
「泣くのをやめろ、勘違い野郎」
冷たく俺はそう言いはなった。
「え……」
ロムは涙ながらに、俺を見てきた。ハンナも驚いている様子だった。
「ロム、お前はいつから最強だと思っていた?」
「え……僕はべつに最強なんて……」
「お前は、いつから最強だと思っていたんだ?」
ロムは、俺の言ってることを理解できていなかった。
「はぁ、面倒くせ! わざわざ来てみれば、俺は最強でしたアピールかよ!」
「僕はそんなこと言って……」
「お前はなんなんだ、ロム。自分は最初から最強で、人ができることはなんでも出来て、百パーセント人の期待に応えられる存在だって思っていたのかよ?笑わせるぜ」
「そんなこと言ってないって僕は……」
「なんだよ? 言ってみろよ、お前がどう言おうと今のお前は変わらないし俺のお前の評価変わらない!」
「ちょ、ちょっと!」
今まで、俺に任せてたハンナも横から口を挟む。
「ハンナも聞いてくれよ? ロムのやつ、最初から最強で最初から才能に溢れて何の苦労もなく物事を進められるんだってよ。すごくないか?」
「ラード、ロムもそこまでのことは言ってない!」
「言ってるよ、兄貴たちにこじつけて自分を高く見積もってやがったんだこいつは。能力があるのは兄貴たちなのに、自分にも能力があるって過信していたんだよ。自分と兄貴とは違って、別の人間だっていうのにな!」
「ラード!」
ハンナは俺を止めにかかるが無視する。
「ほら、なんとか言えるなら言ってみろよ。ロム」
さっきから黙りこくっているロムに向かって俺は言い放つ。
「君に……」
「何?」
体を震わすロム。
「……君に、僕の気持ちなんてわかるかぁぁぁぁ!!」
ロムは、俺に飛びかかりそのまま後ろへと倒れこんだ。そのままロムは、俺の服の襟を握りしめる。
「君には、わからないだろう!僕の気持ちが! 弟っていうのはね! 兄以上に期待されるんだ!兄以上になることを両親に心待ちにされてるんだ! それなのに! それなのに、僕はその気持ちに応えられず、兄さんたちに憧れてばかりいる姿がとても惨めで、心からムカついているんだ! それなのに、君は! 君ってやつは!」
「や、やめなよ。ロム」
「ハンナもわかるだろ! ラードはいつもは面倒くさそうな態度をしながら、淡々と訓練をこなすんだ!ムカつくんだよ、実は余裕なくせに!」
「ち、違うラードは……」
「うるさい! 結局、僕の気持ちなんて誰もわかんないんだ!」
俺の上で好き勝手言っているロム。
「……わかるかよ、お前の気持ちなんて」
「え……」
ロムは俺の方を向いた。そこを見計らって俺は、そっとロムの頭にチョップをする。
「お前の気持ちなんて、お前が言わなきゃ誰にもわかんねぇよ」
ロムは呆然と俺を見つめる。
「どんなに最強でも、最初から人の気持ちがわかるやつなんていない。そいつが本当こと言い出すまで、聞くしかないんだ。それは、とてつもなく時間がかかるし、お互いの信頼関係がないとできやしない。そうだろう?」
「そ、それは……」
「当たり前のことだったんだよ、ロム。お前は最強じゃない。最強のフリをしていた一般人だ。だけど、一般人の中でもお前っていう存在はお前しか存在しない。最強をやめろ、ロム。お前には似合わない。お前は、ただの優しくて強がりな一般人だ」
「ラード……」
ロムは、そっと俺の上から退いた。それに伴って、俺は立ち上がる。
「よっと。ロム、いつまでも最強最強って言ってると大人になってからダサいぞ。お前」
ロムは、何も言わなかった。
「さて、ハンナ。今からギルドに行ったとして何周だと思う?」
「何がよ?」
「訓練だよ、訓練。あの鬼教官のことだから遅刻は十周とも言い切れない」
「今から行く気なの?」
「あったり前だろ? 冒険者なんだぜ? 俺ら一応」
「はぁ……わかったわよ、私も一緒に走ってあげる」
「あんがとよ、ハンナ」
「ば、バカじゃない!あんたのためじゃないんだからね!」
「ぐふっ……! なんだよ、感謝したのになんで殴るんだよ」
「うっさい!」
ハンナは何が気に触っただろうか。走りたくないなら、ついて来なきゃいいのに。
そんな光景を見ながら、ロムは静かに口を開いた。
「じゃあ、僕はうちに帰るね……」
「はぁ? 許さんぞ、ロム! お前も道連れじゃ!」
「え……」
俺は、ロムとハンナの手を握りしめ、無理やり歩き出した。
「ちょ、ちょっと」
二人はバランスを崩しかけた。
「さぁ、行くぞ地獄へ! どんな場所へ行こうとも友と一緒なら何事も怖くないはずだぁ!」
ニーナの病気が俺にも移ったのかも知れない。
「……ありがとう、ラード」
「何を言ってる、ロムよ。俺は、変にカッコつける奴が大嫌いなんだ」
君がいうか、とロムは呟いたが俺には聞こえていなかった。
「両足パンパンに腫らしにいくぞ! 野郎ども!!」
「……私、女なんだけど?」
「え?」
この後ハンナに殴られたのは、言うまでもないだろう。
俺たちは、面倒くさがり男と横暴女とただ優しいだけの一般人の男のパーティーで腹黒男が待つ、修練ダンジョンへと足を向けたのであった。
今日1日の感想としては、ダンジョン攻略失敗と綴るしかないだろう。……明日、足が上がる気がしない。
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