第11話 はじめての依頼

 冒険者になってから、1ヶ月が過ぎた。

 すごく長く感じる1ヶ月だった。午前中の訓練だけはどうしてもヤバかったから、俺はロムの一件の後、ロムをロープを繋いで引っ張る形にしたのだが、気がついたら俺もハンナにロープで引っ張られて走っていた。


 ゲロ吐くほど、つらい。

 ロムに関しては、死んでいた。あの一件から、なんでも自分の気持ちを口に出していたが、最後にはもう帰りたい……としか言わなくなった。


 うん、自分の気持ちには素直になれたから良しとしよう。でも、帰らせるかは別だ。

 憧れていた冒険者の姿とは、かけ離れた状況にいる。兄たちも、きっと通った道だ。ロムも通らなければならない。


 冒険者になるなんて言わなければ……とロムは言っていたが、俺も同感で、逃げ出そうと俺がロムに持ちかけた時には、すでにハンナが俺の腰にロープを巻き付けて俺たち二人の言葉を無視するように走り出していた。


 まじで、ゲロ吐くと思った。


 そんな感じで、1ヶ月やり遂げた俺たちにマルクスは驚きの一言を言いはなったのだ。


「え、本当に午前中の訓練やり終えたの?冗談だったのに」


 ……こいつを殺してしまいたい。心からそう思った。


「いやー、ちゃんとやってるとはね。文句言って走っていたから、やらないと思ってたよ。まだ君たちは子供だし、今は諦めさせて成人してからやり直させるのでもいいか、と思っていたんだけど、まさか本当にあの訓練を終わらせるとはびっくりだね」


 だから、二、三日経ったぐらいから午前中には訓練場には来なくなったのか。午後になってから、冒険者を辞めたくなったかしつこく聞いてきたのは、煽ってるわけじゃなくて確認をしてただけなのか。

 腹黒のせいで、ずっと煽っているんじゃないかと思っていたぞ。


「まぁ、結果オーライかな。諦めない心は大事だしね」

「他の冒険者訓練生たちも、同じ事をやってるんですか……?」


 もはや、文句も言う元気もなさそうなロムがおもむろにそう聞いてみた。


「するわけないよ」

「え……?」

「他の訓練生にはね、君らがやっていた1日目のスケジュールを、1ヶ月かけてやってもらってる」

「え、なんで僕らは……」

「さっきも言った通り、一旦ここで君たちを挫けさせるつもりだった。冒険者としては、まだ全然早すぎると思ったからね。体もそうだけど、心もそうじゃないかって」


 最初の面談の時に、そこを見ていた訳か。


「でも、こうして出来たから僕も君たちを認めなきゃならないね。おめでとう、1ヶ月」


 全然、納得いかない。

 ロムは愕然としていたが、ハンナは何故か俺を睨んでいた。俺が何をした、悪いのはマルクスだろ。


「で、1ヶ月経ったということで君たちに初めての依頼だ」

「初めての依頼?」

「そう、しかもこれは君たちへの指名依頼だ!」


 依頼人は、追加の支払いをすれば冒険者を指名できる。それを指名依頼という。

 誰が、そんな冒険者になったばかりの俺たちに指名依頼なんか…。


「依頼内容は、庭の除草作業と片付け。部屋掃除の手伝いだ」

「冒険者がやる仕事とは思えないだが……」

「何を言ってるの、ラード君。ランクの低い冒険者が、最初から町の外に出る仕事がある訳ないじゃない。Fランクぐらいになるまで、町の外の仕事はないよ」

「まじか……」

「これも立派な仕事だし、今の君たちは仕事選べる立場じゃない。冒険者ギルド訓練生だからね、ちゃんと働いてもらわないと」


 ニコニコしているマルクス。


「はぁ……それでその依頼人は?」

「依頼人は、ニーナ・ファーベルさん。ラード君、君なら場所も知ってるでしょ?」


 ……知ってるも何も俺の実家だ。


「ねぇ、ラード。ニーナさんって誰?」


 ロムが疑問に思って聞いてくる。


「……親戚の人だ」

「そうなんだ、だから僕たちに依頼したんだね」


 ニコニコしているマルクス。

 こいつ、分かっててさっきからニコニコしていたのか。やっぱり、優男の顔をしてても中身は悪魔だな。


 何故、うちの親は朝何も言わないんだ。

 いつも通りだったし、依頼なんていつ出しに行ったんだ。

 あの親の謎の行動力をなめていた……くそ、迂闊だった。


 しかし、どうする?

 ロムやハンナには、親の過保護が凄いとは言っていたが、家まで連れてきたことはなかった。当然、二人はニーナを見たことがない。

 これは、ちょっと不味い。ニーナが俺に会った瞬間に抱きついてきてしまったら、俺は友達にその恥ずかしい姿を晒さなけばいけなくなる。

 それは、なんとしても阻止しなければ。


「な、なぁ、二人とも? ここは、俺一人で終わらせてくるよ。簡単そうな依頼だし、お前たちも朝の訓練で疲れてるだろう?」

「でも、僕はいつも二人には迷惑かけているし……ここは僕も……」

「ロムが行くなら、私を行っても問題ないわね。ラードだけだと、心配だし」


 こ、こいつらぁ……。


「大丈夫大丈夫! こういう時は、協力が必要だ。今日この仕事が終わっても明日の仕事もあるかも知れないし、交代でやった方が効率はいいし」

「でも、仕事内容を聞くに一人では1日で終わらないよ?」


 おのれ、マルクス。

 ニコニコしながら余計なことを言い出す。


「ラード、バカなこと言ってないでさっさと行くわよ」


 ハンナに俺は手を引っ張られ連れていかれる。


「どうしてこうなった……?」


 マルクスは微笑ましそうに俺たちを眺めると、ロムに紙を渡してきた。


「最後に、依頼が終わったらこの紙にサインをもらってきてね」

「は、はい!行ってきます!」

「いってらっしゃい、頑張ってね」


 こうして、新人冒険者三人の初の依頼が始まった。







 家についたら、玄関前に腕組みしている変人がいた。


 ……穴があったら入りたい。


「よく来た! 少年少女の諸君! ここまでの長旅ご苦労!」

「いや、ギルドからの道そんなに遠くないんですけど……」


 無駄だ、ロム。その人は、大病を患っていてまともに会話の出来ない人なんだ。無視してくれ。


「ふふふ、君たちならばここまで来れると私は思っていたぞ!」


 ほらな、話を聞いてない。


「君たちが息子の友達ということは知っている。息子に友達がいるのに、息子は何も教えてくれなかった。そのことは悲しいが、私はこうして君たちに会えたことを心より嬉しく思う!」

「は、はぁ……」


 ロムたちは、困惑している。


「……ねぇ、ラード。ニーナさんは、息子の友達って言ってるけど誰のこと? ここも、私の家の裏のお家だし」


 ハンナの質問なんてムシムシ……二人とも俺の家名なんて知らないし、出会った時もラードとしか名乗っていないから、確信は持てないだろう。


「そう思わないか、息子よ」


 ――――ニーナが、ロムの後ろに隠れる俺に話しかけるまではな。


「え、やっぱりラードの家だったの! ここ!」


ロムたちは、驚いていた。


「やっぱり、ラードちゃんはママのこと言ってなかったのね。ママ悲しくて泣きそうだわ……」


 しくしくとわざとらしく、泣く真似をするニーナ。


「ら、ラードちゃん……」


 二人は、別のところで驚愕していたが。


「ということは、いつも私の家の裏が見えていたってことね」

「だ、だからなんだよ」


 この際、恥ずかしい気持ちになってやろうじゃないか。えぇ。


「逃げ出してきたって言ってたけど……あの時私が泣いていたから……」

「な、なんだよ?」


 ハンナは、困惑する俺の顔をじっと見つめながらしばらくするとうつむき加減で顔を赤らめた。


「べ、別に! なんでもないわよ!」


 なんだこいつ、俺をバカにしないのか?

 むしろ、怒ってるのかも知れない。顔が真っ赤だし、あまり近づかない方がいいだろう。


「あ、あの庭の片付けとかって聞きましたけど……」


 ロムがニーナと話を進める。


「ん……そうだよ! 君たちには、ここの庭を掃除してもらいまーす!」


 泣き真似を止めたニーナは、さっきの設定はどこに言ったのかいつものように話し始めた。


「いやー助かるよー家には私しかいないからね。一人では、どうしても1日では終わらないし、マルクス君に聞いてみたら今日からだったら依頼受けてもいいですって言ってくれたし」

「マルクス君って、知り合いだったのか?」

「後輩だよー後輩」


「「「……え!?」」」


 俺たち、三人は声を合わせて驚く。


「この庭も、ラードちゃんと特訓してたら最近草伸びてきたなーと思っていたからちょうどよかった」


 なるほど、一応ちゃんとした理由があったのか。わざわざ息子に依頼することとは思わないが。


「ラード、ニーナさんがラードと特訓しているって言ってるだけど…?」

「ロム……実は、うちの母さんは冒険者なんだ。それも高ランクの」

「え!?」


 ここ最近、ロムからは「え」しか聞いた覚えがない。

 よくわかるぞ、二人とも。俺も最初は信じられなかった。……今も、信じたくはないが実力は本物だろう。この1ヶ月、特訓では俺からの攻撃は一発も当たってない。どんなに不意討ちを仕掛けても、するりとかわされる。


「まぁまぁ、君たちが驚くのも仕方ないよ。この美しすぎる私がダメなんだ! あぁ!」

「……俺は、息子をやめたいよ」

「なっ、なんてことを言うの! ラードちゃん! 私たち、上手くやってたじゃない! もう一度やり直しましょ!」


 こうなると話が進まない。ロムとニーナもなんて言えばいいのかわからないみたいだし。


「はぁ……母さん、まずどこからしたらいいの?」

「ラードちゃん、母さんじゃなくて、ママでしょ?」

「はいはい」

「む~……とりあえず、庭から終わらせてしまおうかな。家の中は、ちょこちょことしたとこだし」

「わかった、ほら二人とも。さっさとやるぞ」

「は~い」

「……母さんは、家の中を先に片付けておいてくれ」


えぇー、というニーナを無視して俺たちは作業にかかる。

 むくれながらも、トボトボと家の中に帰っていくニーナを見送りながらも俺を筆頭に作業を開始する。


「ラードのお母さんって、元気だね」

「元気過ぎる気がするがな……」


 ロムが苦笑いを浮かべながらニーナの感想を言った。


「ラードの家には、お父さんはいないの?」


 ハンナが、聞いてきた。


「ハンナんちと一緒で父さんは商人だよ。あまり家にはいないがな」

「寂しい?」

「全然」


 寂しいなんて思ってすらない。むしろ最近、存在を忘れかけていた。


「もぅ強がって、うちのパパもたまにしか帰ってこないから寂しいよ?」


 たまにとかじゃなく、全然なんだけど。帰ってこないんだけど。


「別に、お前たちがいるから寂しくないぞ?」

「……バカ」


 俺が言ったことの何がおかしかったのか、ハンナはそっぽを向いてしまった。何故だ。


「僕は、その言葉を聞いて恥ずかしくなったよ」

「なんで、ロムが恥ずかしくなるんだ。俺は思ったことをそのまま言っただけだが」

「君の感性は、どこか可笑しいよ」


 そうだろうか。

 本当のことを言ったまでだと思うが。前世では、社会人時代まで付き合いのある友達なんていなかったから、今の俺には居心地のいい空間になっていると思う。

 まさに、子供に戻ったようだ。


 昼になったら、ニーナが昼食を作ってくれた。ギルドの食堂は美味しいけどママの料理を忘れないでね、と余計な一言をそえて。


 ロムとハンナは、弟のライトを紹介された時、二人そろって俺には似ていないねと言っていた。

 見比べるな、ライトとは出来が違うのだ、中身も外見も。


 和気あいあいと食事をしてから、俺たちは作業に戻った。依頼内容をすべて終わる頃には、夕方になっていた。


「あの、ニーナさん。ここにサインを……」


 ロムが、ゆっくりとマルクスから渡された紙をニーナへ渡す。


「うむ」


 ニーナは紙を受けとるとサインしてロムに返そうとする。


「あ、ありがとうございま――」

「――しかしまだ、終わらんよ!」

「え?」


 ニーナは紙を高々と上へあげて、いつものように宣言した。


「君たちの冒険者は、まだ終わってない! ここで私を倒して、この紙を手に入れるのだ!さぁ剣をとれ!」

「いや、剣を取れと言われましても……」

「はい」

「あ……ども」


 俺は、いつものように立て掛けられていた木の棒を、ロムとハンナに渡した。


「一発、当てたら終わるから」

「いや、一発って木の棒でも危ないよ」


 ……当たればな。


「さぁ、かかってこい!」


 俺たちは、夕日が沈むまでニーナの特訓(遊び)に付き合った。ロムもハンナも全然木の棒が当たらなくびっくりしていた。三人で囲んだ時はさすがに当たると思ったが、ニーナは悠然として俺らの上を飛んだ。


 無理だろコレ、三人は思った。


 紙はそのままニーナが、冒険者ギルドに届けに行った。夜になるから子供たちは帰るように、と言って。

 ならば最初から特訓するなよって言いたかったが、三人は最初の依頼でヘトヘトだった。


 なんだかんだで俺らの最初の依頼は終わったが、達成感はあった。むしろ、達成感しかなかった。


 明日からも、こういう依頼が俺たちにくるだろう…ニーナからの依頼はさすがにもうないだろうが。

 俺は、異世界で忘れていたワクワクを少し思い出した気がした。


 ……今日1日の全身の疲労と共に。

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