第9話 小咄、ハンナ・ブロッサム

 私が、ラードに会ったのは6歳になった時のことだった。


 近所の女の子たちに一緒に遊ぼうって素直に言えず、男の子たちとケンカばかりして、パパに怒られて、いつものように家の裏庭で泣いている時に、ラードはどこからともなく現れて、私にこう言ったのだった。


「お前、暇か?」


 泣いてる女の子に対して、暇か?はないと思う。

 そんな呆然と眺めている私を不思議に思ったのかラードは小難しそうな顔をした。


「う~ん、まぁいいや。こい」


 と思ったら、小難しそうな顔は一瞬だった。

 ラードは私の手を引っ張ると面倒くさそうにどこかに歩きだした。


「俺たちは、今から『コノマチ探検隊』だ。拒否権は許さん、お前が最初に見つけた子供だからな。俺の探検隊に加えてやろう」

「なにそれ?」

「は?子供と言えば探検隊だろ?この町には、絶対隠された秘密がある。異世界まで来て何の秘密もないとかありえない。禁じられた魔法書とか落ちてるはず」


 そんなものが道端に、落ちていたら危ないと思うんだけど。


「お前、名前は?」

「え?」

「名前だよ、名前。お・な・ま・え、は何ですかって」

「は…ハンナ! ハンナ・ブロッサム!」

「そうか、ハンナか。俺は、ジョニーって言うんだ」


 いきなり、ラードは自分の名前で嘘をついてきたのだ。

 知らなかった私は、しばらくの間ラードのことをジョニーって呼んでいた。


 ラードは今まであまり外は出たことなくて、その日も悪党をチョップして撃退して家から出てきたと言っていた。

 家にいる悪党ってなんだろうと思ったが、そんなことよりもラードといろいろな場所に行って会話を楽しんだ。

 ラードはこの町のことを知らないのか、目につくものを片っ端から聞いてきた。


「ハンナがいると探検が捗るな。明日もこの調子で頼む」


 ラードのその言葉を聞いたとき、嬉しかった。

 探検に明日も行こうって言われた。

 次の日も次の日も、ラードは普通にやって来た。私たちはまだ行ってない所をまわりながら、いろんな事を話した。

 基本的に口下手な私が話してばかりだったけどラードは全部に頷いてくれていた。面倒くさがりながらも。


 しばらくして、私たちはこの町のほとんどの場所を見終わった。私はこの探検が終わってしまったことに悲しくなっていた。


「今日で見るとこなくなっちゃったね……明日はどこ見るの? ジョニー」

「ジョニー?」

「あなたの名前でしょ?」

「違う。俺は、ラードって名前だ」

「え?最初にジョニーって……」

「ん? ……あぁそうだった。そういえばジョニーだった……その時の気分とノリでそう答えてしまったなぁ…」

「私に……嘘をついたの?」

「いや、そういう訳じゃなくて。その時のノリっていうか、気分がジョニーだったっていうか……」

「最低っ……!」


 ――やってしまった。


 私は、そのままラードの話も聞かずに頬に平手打ちをくらわせてしまった。

 その瞬間に後悔したけど、私は何も言わずその場を走り去ってしまった。


 そして、次の日には自分の中の罪悪感に苛まれた。落ち込んでいる時にいつも向かう裏庭に行くと、そこにはラードの姿が。


「よぉ」


 面倒くさそうな顔を浮かべて手をあげている。


「な、何よ」


 そんな光景を見て一瞬、嬉しくなったが素直になれない私はトゲのある言い方をした。


「いやぁ、なんだ……昨日は、悪かった」


 意外な言葉だった。私だったら、そんなにすんなり言えない言葉をこの男はさらっと言った。


「わ、私も悪かったわよ……」


 素直になれない、自分が憎い。


「はは、じゃあこれで仲直りだな。子供はすぐに仲直りできるから助かる」

「子供じゃないみたいな口振りね」

「俺は、大人だからな」

「コノマチ探検隊なんていうのに?」

「誰だ、そんなだっさい名前をつけたバカは」

「あんたがつけたのよ、バカ」

「記憶にごじゃいませぇん」

「ふふ」


 さっきまでの、不安な気持ちが吹き飛んでいつの間にか笑っていた。


「そういえば、今日はなんでスカートを履いてるんだ?」

「今日は、パパにお客様が来るからいつもの格好じゃダメだって」


 いつもは、スカートなんて履かない。遊びに行くときは、いつもズボンだった。


「に、似合う?」


 スカートの端をつかんでくるりとまわって見せた。


「ハンナにしては似合う」

「にしては?」

「うん」

「……ふん!」

「あがっ……!」


 ……またやってしまった。


 今度は拳で。

 でも、今度は後悔してない。さすがに、ひどいと思ったからである。

当の本人も、悪びれもなく「いい拳をお持ちで…」とふざけていたから余裕はありそうだ。


 そのまま私は怒って帰ったが、次の日もラードはやって来て、前日何もなかったかのように平然と話し始めた。


「ハンナ、次は冒険者になるぞ!」


 それが、第一声だった。今度は謝罪とかないのか。


「私、まだ怒っているんだけど?」

「そんなの、俺とお前の仲じゃないか。水に流せよ」

「いやよ!私傷ついたんだからね!謝るまで許さない!」

「とりあえずさ、近所の子供に一緒にならないか、聞いてみようぜ!」

「私の話を聞きなさい! もう!」


 ラードは、いつもの面倒くさそうな顔とは違って妙にキラキラと目を輝かせていた。


「はぁ……近所の子供を誘うって言ったって、探検隊の時に嫌だって言われてるじゃない」


 コノマチ探検隊の時も、ラードは近所の子供に誘いをかけた。しかし、ダサい名前だとバカにされて誰も入ってくれなかった。


「大丈夫大丈夫、俺には秘策がある」


 変なことをいい始めた。私は疑いの目でラードを見ていたが、気づく様子もなく話を続けた。


「まぁ見てろって」


 ラードの努力は、結果としてダメだった。努力自体していなかったが。

 ラードは、子供を飴玉で釣ろうとしたようだ。結局、作戦は失敗したが、子供たちも飴玉を持っていたようで、違う味と交換してもらえたらしい。


「ハンナ、飴玉ゲットだぜ!」


 ラードの頭が心配になってきた。


 次の日には、男の子を一人私のところに連れてきた。


「ほら、ハンナ。飴玉で釣れたぞ!」

「いや、僕は別に飴玉はいらないって……」


 初めて会った時のロムだった。 一緒に冒険者になる人をロムが探してるって聞いて、ラードに話しかけたらしい。ラードは飴玉で釣れたって喜んでいたけど現実は違った。


 そこから、ラードは飴玉交換で仲良くなった子供たちに冒険者の情報を調べさせた。

 普段のラードは面倒くさがりだが、自分の興味のあることに関しては活発になり、このときは特に楽しそうに見えた。その姿を見ると、私もワクワクするような気持ちになった。


 あっという間に半年が経つと、何故かラードはやる気をなくしていた。


「なんでそんなやる気のない顔をしてるのよ」

「いやー、半年前は楽しそうだなぁと思って言ったものの、いざ冒険者と思うと面倒くさくなって」

「…はぁ?」

「だって、冒険者ってその日暮らしの生活じゃん。1日一回は、何かの依頼とか受けないとならないって面倒くさいなぁー」


 こっちとしては、たまったもんじゃない!

 この男、最初はやる気を見せていたが、この一年間冒険者になる前に特訓しておこう! って言ってたのは最初だけで、最後は私に引っ張られる形で嫌々体を鍛えていた。

 ロムには、特訓とかはカッコ悪く見えるから俺たちだけの内緒でって言って。


 私の前では一年間、バッチリカッコ悪かった。


 それなのに、こんなところで止めそうになっている。

 「私、女なんだけど」って特訓断ろうとした時も「俺は、お前がいないとダメなんだ」って言って呼び止めたくせに、この男自身にはやる気がないと? まったく、笑わせる。


「……ぶん殴るわよ」

「え?」


 またまたやってしまった。……もちろん拳で。

 後悔なんて全然ない。むしろ、すっきりした。


 その日から、横暴女とたまにラードから呼ばれるようになったけど、横暴なのはどっちなのよって思う。その度に殴ってるけど。


 本人も言っていたけど、私がいないとこいつは本当に駄目って、私もその日からそう思った。

だから、ラードが面倒くさがる度にこうしろとかああしろとか言うのだが、ラードはすぐに駄々をこねる。本当に子供だと思う。

 たまに忘れそうになる、こいつは年下だったと。


 うるさく言ってもあまり聞かないと、一年一緒にいてわかった私は、冒険者になってからあまりうるさく言わないようラードを見守ることにした。念願の冒険者になったのなら、何か変わると思ったからだ。


 冒険者1日目になった時。

 午前中にやっていた訓練は、私たち二人がやっていた特訓の半分にも満たなかった。


 それなのに、ラードはしばらく文句をいい続けて思いっきり疲れた表情を出して、全然体力の余裕があるくせに自分は疲れてますみたい雰囲気をガンガン出していた。

 どんだけ面倒くさいのよ、あんたは。


 そうとは気づかず、ロムはずっとラードに大丈夫かと聞いていた。

 ロムは可哀想、ラードは馬鹿野郎。


 それから日を追うごとに周回とセット数が増えていく中で、私と、面倒くさがってやる気のないラードがペースを落とさず淡々とこなしている姿を見て、ロムは何か気づいたようだった。


 途中からあまりにも異常だった、あんなにきつそうに走るラードでもペースは落ちず、ロムは何とか私たち二人に追い付こうとして、1日が過ぎるたびに距離を離される始末。

 7日経ったぐらいの時は、ロムは私たちよりも周回遅れしていた。私はその状況を1日1日と見ていたが、ロムに何を言っていいかわからなかった。

 ラードは気づいてない様子で、午後をどうやってサボれるかを考えている感じで、あまりロムのことを気にしてはいなかった。


 そこから二、三日経った頃に周回遅れのロムの隣を通った時、彼は私たちにボソッと「ごめん、二人とも……ぼく……明日休むかもしれない…」と言った。


 聞こえるか聞こえないかわからない声量だったと思う。その後の午後も普通に勉強会を受けて、帰り道私たち三人は疲れながらも楽しく帰っていたから、聞き間違えかと思って私も忘れていた。


 次の日の朝。

 ロムはいつもの待ち合わせの場所に、来なかった。

 ラードもきた時、ロムは? って聞いてきたけど。あの表情を見るに、ラードもロムのことを気づいていたようだった。


 気づいて聞いてきたラードを見て、私は一瞬戸惑ったが、知らないと答えた。

 その後も、ラードは質問をしてきたが、内心ではわかってるようで、悲しそうな顔をしていた。私はなんで昨日ロムに聞かなかったんだろうって心が痛んだ。


 ラードは、いつもとは違う私の様子に気づいて手を引っ張って冒険者ギルドに向かった。


 でも、やっぱり次の日もロムは待ち合わせ場所にやって来なかった。

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