第8話 かわった日常
優男のスパルタをなんとか乗り越えた俺たちは、食欲もないのに食堂で飯を食わされた。「体を動かした後は、ちゃんと栄養をとらなきゃ。大きくなれないよ?」と、何がそんなに可笑しいのかニコニコして俺たちに言いはなった腹黒ににらみ返す力すら、俺には残っていなかった。
食堂の料理は旨かったとか不味かったとかじゃなく、味がわからなかった。
冒険者訓練生の間は昼食だけだが、食堂の食事は無料である。しかし、こんなハードな運動をさせられていたら食欲なんて起きる気がしなかった。
「やっぱり、運動した後の食事は格別だね」
この優男は、俺たちの訓練中ずっとこっちを見てるだけで、特に運動してる様子はなかった。
俺は、冒険者のランクが上がったらこいつをぶん殴ることを心に決めた。
食事を終えた俺たちは、ギルドの資料室みたいな所に来て椅子に座らされていた。
周りは、紙を束ねたファイルが多く、棚にもぎっしりとファイルが並べられていた。
「ここには、この世界にあるいろいろなものが書いてあるんだ。魔獣の情報や魔法の呪文や、君たちもランクが上がったら行くであろうダンジョンの情報なんかもね」
俺たちに興味を持たせるために、マルクスは部分的に単語を強調して話しているが、午前中の訓練で意気消沈している俺たちにはどうでもよかった。
そんなことお構い無しにマルクスは楽しそうに話を続けた。
「君たちには、ここに置いてある資料を最終的には全部覚えてもらいます。冒険者ランク昇格試験にも関係することだから怠ったらダメだよ?」
周りを見渡す。
果たして、前世でいう所の教科書何十冊分なんだろうか。俺の脳より、そこにあるひと束のファイルの方が分厚いんだが。
「このペースだったら一年で間に合うかわからないけど、まぁ午前中の訓練を早めに終わらせたら問題ないから頑張ってね」
問題大有りだ! と叫びたかったがそんな元気もわかない。他の二人も、午前中の前半は会話があったが後半には会話は減り、午後になってからは言葉すら発していない。
「あ! あと、午前中の訓練なんだけど1日経つ度に周回を一周、筋肉トレーニングを1セット増やしていってね。今日から1ヶ月」
この世界では、1ヶ月は50日ある。素で殺してやると思った。
俺たちは、マルクスの鬼のようなシゴキに耐えて帰路へついた。帰る頃には、夕暮れ間近だった。
帰り道でも、俺たちは終始無言であった。ロムに関しては、緊張とは違った理由でぎこちなく帰っていった。
ハンナは、とくに変わった様子もなくただ疲れた様子で帰っていった。体力の化け物か、こいつ。
俺は、もう道でもいいから横になりたかった。足が重力に抗うことを半分やめている。
「た、ただいま」
なんとか、自宅のドアを開けることができた。開ける前の一瞬、もう俺…ここで倒れてもいいよね?と思ったが、なんとかなんとか踏ん張りを見せてドアを開けた。
「待っていたぞ!我が息子よ!」
……そこには、自称高ランク冒険者が待ち構えていた。勘弁してくれぇ……。
「今日は、我が息子に剣技を教えようと思う! ついて、まいれ!」
ニーナに引っ張られ、外へ逆戻りをさせられて俺は玄関先の家庭菜園用の小さなスペースで木の棒を握らされた。
「はっはっは! どこからも、打ってまいれ!」
もちろん、家の前は夕暮れで人の通りが多い通りである。
ニーナと俺の立ち会いがバッチリと見えるであろう。
「ん? ん? どうしたぁ? 我が怖いかぁ?」
どんな状況でも、動じないあんたが怖いよ……。
無視して家の中に入ろうとするとニーナが先回りしてドアの前を確保した。
「逃がしは、しないぞぉ! さぁ、かかってこい!」
……お・の・れ・に・ぃ・な!!
人が腹黒野郎にボコボコにされてるとは、知りもしないくせに! この腹いせ、お前にかぶってもらう!!
俺は、一気にニーナの近くへと行き、木の棒を横へと払う。
「よっと」
ニーナは軽く後ろへステップして俺の攻撃を避ける。
そこを畳み掛けるようにして一心不乱に木の棒をニーナに向けて振るう。
「はっはっは、当たらんよ! そんな攻撃じゃあ!」
「くっ……」
ニーナは、ギリギリ紙一重というところでわざと俺の攻撃を避けてくる。
見えているというのか! この攻撃が!
「はぁぁぁぁぁっ!!!」
ニーナの避ける先を予想して一気に縦へ振りかぶり、走り込んだ勢いのまま振り下ろした。
「甘いっ!」
ニーナはどうやって俺の攻撃を避けたのか見えなかったが俺の後ろへと移動していた。
俺は、棒を振り下ろした勢いでバランスを崩し、そのまま地面へと顔からダイブした。
地面は、ひんやりとして気持ちよかった。
「はっはっは、どうだ! これが高ランク冒険者の力よ! はっはっは!」
……もう助けてほしい。このバカを誰か止めてくれ。
ニーナの特訓(?)は、夕陽が落ちるまで行われた。ニーナの「あ! 晩御飯作らなきゃ!」で訓練は終了した。
俺は、嫌になるほど地面の冷たさを感じてそのまま眠りについてしまいたかった。疲れすぎて。
「あ……我が息子よ!明日も我は同じ時間で待っているから覚悟しておくんだな! はっはっは!」
高笑いを上げながら家の中と去っていくニーナ。
残された俺は、未だに大地を感じていた。
また次の日。
気がついたら、朝になっていた。昨日のことはあまり覚えていない。思い出したくない、忘れていたい。
しかし、俺の両足は昨日の出来事を覚えてるようで絶賛筋肉痛であった。
すべて異世界が悪い、異世界は俺に優しい所を見せてはくれない。むしろ、俺に対しての当たりがひどい気がする。
前世では、とくに善人ってわけじゃないけど悪人でもなかったはずだ。神様はやっぱり転生先を間違えたんじゃないかと俺は思う。
待ち合わせ場所に着くと、そこには二人の男女座り込んでいた。
「やぁ、おはよう。ラード」
ロムがか細く見える。ハンナは、突っかかる元気もないのかただじっと俺を見つめた。
「なんだ、俺に言いたいことでもあるのか?」
俺が突っかかってみる。
「ううん……」
ハンナらしくない。冒険者になってからハンナとの会話が少なくなった気がする。昨日、今日に関しては理由がわかるが。
「疲れたなら辞めてもいいんだぞ? 俺たちは別に強制はしない」
「ううん、大丈夫。ラードたちと冒険者になる」
「そうか」
元気のないハンナは、調子が狂うな。
「さ、行こ。朝のノルマを終わらせなきゃ……午後がキツイ」
ロムがゆっくりと筋肉痛に耐えながら、立ち始める。ハンナもあとに続く。
ロムが自然とノルマって口にしたのは、慣れのせいなんだろうか。若干、恐怖を感じた。
俺たち、三人はロボットのような動きで冒険者ギルドへ向かった。妙な形で俺が最初にこの世界に抱いていたイメージが実現した。
午後の勉強会と称したマルクスの講義の時間の話だ。
「冒険者ランクは、G→F→E→D→C→B→A→Sの八段階あることは三人とも知っていると思う。このランクは、それぞれG~Eは駆け出し、一端クラス。Dランクは一人前クラス。Cランクは一流クラス。Bランクは達人クラス。Aランクは玄人クラス。Sは人災クラスと言われる」
ニーナは、達人クラス。さすがはBランク、道理で俺の昨日攻撃が当たらないわけだ。前世で剣道をしていた俺でもあんな感じなのだから仕方ない。
まぁ、剣道は中学で辞めたけど。
「上に行けば行くほど、冒険者ランクの高い者は減っていって今の現状は現役のSランクは一人しかいない。でも、一人でも力は圧倒的でCランク以下の冒険者が束になっても勝てないとされている。それだけ、天辺は最強なんだ」
「僕たちじゃ、絶対になれそうないね……」
「現状、Fランクにもなれる気がしないんだが」
「ラード、それを言わないでよ。僕は気持ちが折れてしまいそうだよ」
「俺は、半分折れてる」
「早いよっ!」
マルクスは、俺とロムの掛け合いを面白そう見てる。
「ハハ、君たちは冒険者になったばかりだからね。いきなり、一番上を目指しても疲れるだけだから目の前の目標を達成するのがいいじゃないかな」
目標さえも、見えない。俺には。それが顔にまた出ていたのか、マルクスは笑っていた。
「ハハ、まだまだ先は長いってことさ。さて、冒険者ギルドについてなんだけど、この世界の各々の町には冒険者ギルドが必ず一ヶ所は建っている。村ぐらいの規模になると依頼箱が設置されていて定期的にギルド職員や冒険者が回収する仕組みになっている。それを冒険者ギルドに持ち帰って、ギルド職員は依頼の難易度を考慮して推奨冒険者ランクを印鑑で押しているんだ。それを目安に冒険者は依頼を受ける」
「推奨じゃない冒険者ランクでも受けられるんですか?」
「受けられるけど、あまりオススメはしない。受注者のランクが推奨ランクより低い場合はリスクが大きいし、第一、ある程度の実績がなければ受付で受理されないよ。推奨ランクより高い場合は逆に、数をこなさなきゃ割に合わないと思うよ」
「な、なるほど」
「慈善行動だけでは、食べていけないからね。時間と都合に余裕があるといいけど、他の人に構う前に自分のことを出来ないなら話にならないよ」
「はい」
「あと、一つ重要なことがある。冒険者ランク昇格はポイント制になっている。依頼を達成したり有害モンスターを討伐したりしてポイントを貯めて、規定ポイントになったら冒険者ギルドで試験を受けることになるんだ。筆記と実技があるけど。安心して、Fランクの昇格試験は実技がない」
「実技がないなら、午前中の訓練は意味がないじゃないか」
俺は、不満そうに訴える。
「今は、ね? FからEになるときに、体が動かないとどうしようもないからね」
マルクスは笑顔で答えた。何をさせるつもりだ、この腹黒は。
午後の講義を終えて俺は、ベッドにタイブしたい気持ちでいっぱいだったが、昨日と同じようにニーナが許してくれなかった。
身も心もボロボロになっていく俺を慰めたのは、弟のライトだけだった。小さな手のひらで俺の頭を撫でては、えらいえらいと言ってくれる。
弟とはこういうものだろうか。それに対して、兄というのはこういうものなのか。兄弟の不思議に、俺は触れた気がした。
そんな日々を過ごしてた俺にある事件が起きた。
冒険者になって、十日ほど経った日のことだった。
いつもの待ち合わせ場所に向かうとそこには一人しか人物は立っていなかった。
「あれ? ロムは?」
「知らない」
冒険者になってとうとう大人しくなってしまったハンナが俺にそう答えた。
「知らないってどういうことだよ。もう時間だろ?」
「明日は休むかもって、昨日言ってたからそれじゃない?」
そういえば、前日の午前中走ってる時に呟くように言っていた気がする。俺は、キツくてあまり聞こえてなかったが。
「じゃあ、今日は俺たちだけか」
「たぶん」
「ロムに用事か何かあるんなら仕方ない。俺たちだけでいくか?」
「うん」
俺たち二人は、ロムの休みを疑問に思いながらも冒険者ギルドに向かったのであった。
でも、次の日もロムは待ち合わせ場所に来なかった。
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