第7話 冒険者として1日目

 結論から言うとニーナは、高ランク冒険者で間違いなかった。

じゃあ、父親は? と聞いたら元々、商人の家系でちょっと有名な商人になったらしい。ナンテコッタ。

 明らかに、ポジション逆な気がするがこの様子じゃ異世界監督はポジションチェンジをするつもりはないらしい。


「うぅ~ライトちゃん聞いてよ~。お兄ちゃんがね、お兄ちゃんがね。ママのこと信じてくれなくて信じてくれたと思ったら頭にチョップしてきたんだよぉ~」


 やっと、部屋に入れた俺はライトに泣きつくニーナを横目で見ていた。言ってないニーナが悪い。


「いたいの、いたいのとんでけ~」

「あぁあ、ライトちゃんは優しいねぇ……ママもこんなことじゃ挫けないよ! ラードちゃんには忘れられていたけど、冒険者の威厳を示さなきゃ!」


 示す前に、そもそもはっきりと冒険者として言って無いだろ。


「ママは、つよい!」

「はぁー……ライトちゃんもなんでこんなに今日も可愛いでしょうか~食べたくなっちゃいまちゅね~!」


 正直……冒険者だってこと、今でも半分も信じてはいない。

 この光景を見て、魔獣と戦うニーナを想像できない。


「今日はね! ラードちゃん、ライトちゃん! ママは、ラードちゃんのデビューを祝していっぱい料理を作るからね!待っててね!」


 俺たちにそう宣言して颯爽と去るニーナ。


「……ライト、うちの母さんは病気なんだ。いつまでも優しく見守ろうな」

「おにぃちゃ! やさしいやさしい!」


 やっぱり、一番優しいのはライトだと思う。







 一晩明けた朝。

 今日も朝は昨日と同じイベントが起きたが、フィールドを築くことで心の安定は今日も保たれた。ご近所さんは笑っていたが。


 昨晩のパーティーだが、いろいろニーナに聞きたいことがあったのに、主賓よりも主催者がはしゃいでいたため何も聞けなかった。

 それで、気分をよくしたニーナは普段お酒を飲まないくせに高そうなワインを開けて、速攻酔っていた。


 俺は、酔ったその姿を見て普段ニーナがお酒を飲まない理由わかった。笑い上戸ではなく、ニーナは泣き上戸だった。

 さっそく、隣にいたライトに絡んで「ママ、くさいから、や!」と言われて悲惨な結果になっていた。

 俺にも向かってきたが、やっぱり頭にチョップしておいた。


 「私、嫌われてるんだぁ」と泣き崩れそうな勢いだったので、俺はライトがいつも寝る時に抱きしめているぬいぐるみを彼女に握らせて「僕たち、ママのこと嫌ってないよ」って呟いておいた。

 ニーナはぬいぐるみを抱きしめて「こんなママでごめんねぇ……」と叫んでいた。ライトには文句を言われたが、今日は俺と一緒に寝ることで納得してくれた。


 それから食器の片付けなど終わらせて俺たちは、寝室でぐっすり眠ることできた。その間、ニーナの「ママはいつまでもママだよぉ~…」とかの声が延々と聞こえた気がした。気のせいだろう。


 朝、起きるとニーナいつも通り平常運転で昨日のことを忘れていた。息子の祝いの席を忘れてしまったことを嘆いていたが、今後も折に触れてパーティーやればいいかって謎の持論を展開していた。


 あと、何故かニーナはオデコが痛いらしく俺は知らないと答えておいた。


 そんなことを考えてるうちに、昨日と同じ待ち合わせ場所についた。二人は、先についているようだ。


「遅い!」


 開幕早々、これか。ハンナは頬を膨らませ昨日と同じポーズで怒っていた。最近そのポーズは流行っているのかも知れない。


「私より、早く着きなさい!」


 横暴である。


「じゃあ、お前が俺より遅く来ればいいだろ?」

「それじゃ、私が遅刻するじゃない!」


 なるほど、それなら俺がハンナより早く来ることはないだろう。面倒くさいもの。


「おはよう、ラード。ハンナも早く来てほしくて待ってたんだよ、だからそんな面倒くさそうな顔しないで」


 ロムが苦笑いで答える。


「わ、私はラードに来てほしいなんて思っていないわ!しっかりさせないといけないと思って言ってるだけで!」

「はいはい、ご馳走さま。昨日も今日もラードが来るまでそこをうろうろしてたじゃないか」

「それは! その……! あの……!」

「待っててくれたのか?」


 そんなにぶつけたい相手がいなけば発散できないのか、傍若無人娘め。


「……う、うん」


 しおらしくなるハンナ。なんだこいつ、急におとなしくなりやがった。何を考えている。


「はぁ……ハンナもラードが来たからいいでしょう? ラードもさらに面倒くさそうな顔をしない」


 また、顔に出てしまっていたらしい。


「さ、行くよ。冒険者として最初の1日だから頑張ろう」


 まだ見習い冒険者だがな。







 冒険者ギルドに行くと、クエストボード前でマルクスが待っていた。爽やかに笑っている。


「お、おはようございます! マルクスさん!」

「ハハ、相変わらずロム君は緊張してるなぁ。まぁ、こっちに来て一緒に座ってくれ」

「は、はい!」


 ぎこちなく歩くロム。


「そんな緊張しなくても、僕は取って食おうってわけじゃないんだからもっと気軽に」

「は、はい……」


 この腹黒優男は隙あらば、取って食いそうな気がするとはこの二人には言わない方がいいだろう。

三人は、マルクスのいるテーブル席についた。


「さて、始めに、三人とも、冒険者デビューおめでとう!これが、君たちが冒険者であることの証明となるギルドカードね」


 マルクスが渡してきたギルドカードには昨日見たニーナのギルドカードのような銀縁はなかった。名前と、現在のランクがGランクと書いてあった。


「再発行にはお金がかかるから、無くしたり壊したりしないでね。持っているだけですごく便利だから」


 見てみるが、名前とランクしか書かれておらず、あまり意味がなさそうに見える。


「このカードは身分証にもなるし、後で受付で登録したら最後に行った町の名前も表示されるよ。戦闘不能事態に陥って倒れたときでも、近くにいる冒険者がこのカードの信号をたどって助けに来てくれるからね」


 なるほど、簡易の発信器みたいな機能もあるのか。カード自体で他のカードからの信号を追うことができなくても、登録された場所からだいたいの居場所が分かればどうにかなるしな。わざわざその機能をつけるってことは、冒険者の仕事はそれだけ危険ってことか。


「魔道具ってことか?」

「まぁそうだね、それに近い。正確には、ちょっと違うけどその認識で間違いはないよ」


 道理で再発行にお金がかかるわけだ。


「さて、ギルドカードの説明は追々していくとして、冒険者ギルドのことをもっと詳しく説明しておこう。長くなるけど、寝ないでね?」

「それは約束できない」

「ちょ、ちょっと、ラード!」

「寝れないように昨日の静かな部屋から賑やかなこっちのホールで話をするようにしたんだけどね」


 ロムに怒られそうになったが、対策済みだったらしい。


「最初にそこのクエストボードって書かれた場所を見てごらん。いろいろな紙が貼ってあると思うけど、一枚一枚がこのギルドにきた最近の依頼書なんだ。多いでしょ?」


 一面に貼られた依頼書を見てみる。詳しくは見えないが、モンスターや植物の絵だったり必要ランクだったりが書いてあるようだった。


「緊急のものや新しい依頼は、あそこに貼られるけど。それ以外の依頼書などはあっちの棚にいっぱいある」


 見てみると紙の束が棚においてあった。量が尋常じゃないが。


「高難易度のものだったり、遠い場所の依頼だったりは大変だからね。あぁたまっていく一方だよ」


 マルクスは、軽くため息をついた。


「ぼ、僕たちはこれから、あの中から仕事を見つけて依頼をこなすんですか?」

「後々はね。最初の方は、ギルドが選んだ依頼をやってもらうけど、ランクが上がったらあの依頼書の中から自分たちで選んで受付で受注したらいいよ」

「わ、わかりました」

「クエストボードについては問題ないね。依頼書については詳しくは見てみないとわからないし、それについても、追々ってとこだね」


 地味に、覚えることが多そうだ。


「つぎに、今座っている食堂についてだけど説明もあまり必要ないよね。ここは食事をしながら依頼などについて話し合う場所でもある。依頼を達成して祝杯をあげるのもいいと思うよ、周りに迷惑のかからない程度にね。ケンカなんてしたら僕は悪い子ですって書いた紙をつけて冒険者ギルドの前に立たせるから」


 冒険者ギルドの前は大通りだ。マルクスなら、本当にするに違いない。


「あとちなみに、ここの食堂は日替わりランチが美味しいよ。たまにハズレがあるけど…基本的には、美味しいから食べた方がいいと思うよ。新鮮な食材を使ってあるから」


 新鮮な食材が何なのか、気になるところではあるがハズレがあるとすれば冒険者ギルドに集まる食材……あまり深く考えないでおこう。


「で、あっちの反対が買い取り屋、簡易的な店だね。買い取りは素材とか宝石とかいろんなものを買い取ってくれるから持っていくといいよ。店の方は、あくまで簡易的なものだから本格的な武器とか道具とかなら町の専門店で探す方がいいよ。基本的に、ここにはスペアの剣とか消耗品とかしか置いてないからね」

 

 便利なことには違いなさそうだな。わざわざ町をうろうろして準備するのも面倒くさそうだ。


「最後に、昨日僕がいた受付のことだけど、それぞれ受付に種類がある。冒険者用の依頼受付と依頼を頼みにきた外部のお客様用の受付。それ以外の運営的なことに関しての受付はそこ」


 今日は、別の人がそこで受付をしていた。


「入り口にも、案内人の人がいたと思うけどなんせ、いろいろな人が出入りしてるからね。あそこも大変だと思うよ」


 昨日の案内人の女性は、そのままだった。入ってくる依頼人に対して丁寧に対応していた。


「ここまでで、ここのホールでの機能説明は終わったんだけど何か質問はあるかな?」

「と、特にはないです」


 ロムがそう答えた。いろいろ細かいところが気になるが、その時々に聞けばいいか。


「だいたいのギルドは作りが一緒だから覚えておいてね。じゃあ、次に訓練場に行こう。ついてきて」


 俺たち三人は、言われるままにマルクスの後ろについて行った。







 俺たちがついた場所は、ギルドの奥にあった。ただ広く空間があるだけのものだが、前世でいう所の学校の体育館よりも大きなスペースだった。

 所々で、冒険者たちが体を鍛えていた。


「ここが今日から、君たちが訓練を行う場所になるところだよ」

「ひ、広いですね」


 ロムは萎縮したように見えた。ここまで来て今さらな気がしたが。


「手始めにここを十周してもらおうかな、基本全力で」


 さらっと、子供の俺たちにいうマルクス。


「冒険者の基本は、体力だからね。逃げる練習をしておかないと」


 逃げる前提の冒険者なんているのだろうか。


「準備できたら、どんどん走りはじめていいよ。それが終わったら、体幹と筋肉トレーニングだよ。それも終わったら、最後に勉強会をして終わりだから頑張ってね」


 ……最初からハードで地味な冒険者が始まりそうな予感がした。







 十周走った頃には、俺たち三人はぜぇぜぇ言っていた。前世の学生の頃を思い出して吐くかと思った。六歳の子供になんてことさせやがる。


「はいはい、次行くよー。そこに、横に倒してある丸太があるからその上を端から端まで渡ってね。落ちたらもう一周、訓練場を走ってね」


 また、さらと恐ろしいこと言いやがった。こっちは、息も絶え絶えで軽くふらふらしているのに丸太を渡れとか鬼か。


「休憩してる場合じゃないよー。時間は待ってくれない。こんなことしてる時でも危険は君たちに迫ってくるよー」


 危険を迫らせてるのは、お前だろ。


 丸太は、走る前だったら簡単に渡れただろうが走る後だとバランスがとりにくかった。俺が三回、ロムも三回でハンナは一回落ちただけだった。


「次は、腕立てとかー腹筋ねー。あまりにも、ペースが落ちてきたら一周走らせるからね。頑張って」


 頑張ってじゃあねぇよ。

 最初からハード過ぎるだろ、大人だって弱音を吐きそうな訓練組みやがって。冒険者じゃなくて金メダリストを育成するつもりか。


「あ、先にお昼ご飯にする?」


 いま食べれるかっ!

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