第6話 ラルクス商国

 結論から言うと、俺が思っていた異世界はここには存在していなかった。

 いや、むしろ俺が思っていた通りの異世界だったせいで、こちらの住民の生活に支障をきたしていた。


 歴史は停滞し、人々は力を求め、力に溺れ、力尽きて世を去っていく。それが延々と繰り返され、誰も止めることなく今後も続いていく。

 聞いた話を鵜呑みにすると人はいつ滅んでしまってもおかしくないようだが、この国にそんな雰囲気が全くないのはどうしてだろうか。


「この国は、周辺の諸国とは何か違うってことか?」


 俺は、気がついた時には純粋に思ったことを口にしていた。タスマンは、再び強面の表情になった。


「ラルクス商国は、特殊な方法で国を統治している。第一に、この国には五人の王がいる」

「国一つに対して、五人の王? 多くないか?」

「それも特殊なんだが、名前の通り、この国を動かしているのは商人と言っても過言ではない。五人の王、これをこの国では商王と呼び、東西南北にそれぞれに一人いて、あと一人の商王は中央の王都を治めている」

「四方の商王と中央の商王は違うのか」

「中央の商王は、この国を建国した者の末裔がなることになっている。他の四人の商王は、その地方で最大の収益を上げている者がなることに決まっている」

「完全に商人の国って感じだな。中央の商王だけが逆に異質な感じがするが」

「中央の商王は、王都を治めていると言ったが正確には中央の商王は治めている領土など持ち合わせていない」

「何、それなら中央の商王は普段何をしているんだ」


 完全にお飾りでしかない王など、こんな実力主義みたいな国では邪魔な存在でしかない。


「中央の王都もまた四方の区画に分けられていて、四方それぞれの商王が決めた代表者が、その区画を治めている。中央の商王は王都全体のまとめ役として、四方の区画を競わせながら運営しているという形だな」

「面倒なことをしてるんだな」

「建国当初は、中央の商王一人だけだったんだが、変わった王で、商人同士を競い合わせることがこの国の発展になるだろうと、そして最後に残った者こそがこの国の王に相応しいだろうと考えたのだ」


 中央の商王が王として君臨している意味がますますわからない。中央の商王は必要なくね?

俺が怪訝な顔をしていたのに気づいたのか、マルクスは言葉を付け加えた。


「中央の商王が今も王として君臨しているのは、取り纏め役ということもあるよ。でも、それだけではなく商人としての格も段違いだ。様々な商品の開発や発明、日用品の大量生産などいろいろなことに手を出し続けているんだ」

「よくもまぁ、発想が尽きないな」

「そうだね、中央の初代商王が普通の人間だったら長くは続かなかっただろうね。王として」

「普通の人間だったら…?」


 この異世界の基準で普通なんていまいち俺にはわからない。話を聞く限り、野蛮な住人しかいなさそう。

 マルクスは、少し意地悪っぽくこう答えた。


「だいたいは、わかるだろう?初代商王は、君と同じ世界の転移者だったんだよ」


 出たよ。チート使い。野蛮よりもたちの悪そうな人物。


「ハハ、険しい顔がさらに険しくなったね。君が子供の顔だから不気味な顔にしか見えない」


 そんなに可笑しかったのか、マルクスは笑い始めた。

 不気味って失礼な、前世の顔よりはマシだと思っているだから訂正してほしい。


「初代商王は、転移者特有の特殊能力をいくつか持っていたが、それよりも前の世界の知識を活用して国を建国していった。言わば、商人からすれば神様みたいなものになるな」


 まだ笑っているマルクスを無視してタスマンは話を進める。マルクスは、意外と優男のくせに腹黒なのかも知れない。


「今では、この商国も大国になった。周辺の国との小さないざこざはあったらしいが、大きな争いは起きなかった。周辺国は最初から纏まるかのように一つの国となっていった」

「初代商王がすごいだけで、その子孫がすごいと限らないだろう」


 能力やノウハウでどうにか出来たのも初代商王の時代のみのはずだ。生まれてくる子供まで天才なんてことはそうそうない。


「と、思うだろ。実は違う、この世界では自分の子孫に一部の能力が残ったり、別の能力に進化したりすることある」

「……能力まで遺伝するってことか。最終的には、そんな世界だと最強人間だらけになりそうだな」

「そんなに甘くはないがな。必ず、遺伝するわけではない。むしろ、そうして遺伝する方が稀だな」

「なるほど」

「歴代の商王達は能力の向上を怠ることなく続け、先代から受け継がれてきた知識や経験を生かして成長し続けている。まさに、最強の商人と言っても間違いはないな」


 同郷の奴で、まともなヤツは意外と近くにいた。あっちは王様だが。


「これは余談なんだけど冒険者ギルドが調べたことがある。歴代の商王には引き継ぎの際、先祖代々受け継がれ続けてるものがある。『幻想計画』という、初代商王が書いたとされる秘密の計画書が何百枚も存在するらしいんだ。中央の商王は自分の計画と共にその計画書を実現させていっているという話なんだ」


 マルクスがまた意味深なことをいい始める。オカルトに近い話な気がする。自分が死んだ後のことまで計画するやつがいるのだろうか。


「ラード君も冒険者で一人前になれたら、中央の王都に行ってみるといいよ。こことは全く違って、僕の言ってることに真実味が出てくるから」


 どうやら、マルクスは俺を驚かせる気満々らしい。


「話は逸れてしまったが、お前が転生者ってことに対してこちらから言うことはない。冒険者になってくれれば、何か起きた時でも対処のしようがある」


 タスマンは、冒険者副ギルド長らしく胸を張ってそう答えた。


「だいたい、お前の親もアイツだしな。心配ないと思うが」

「ん? アイツって俺の親のこと知っているのか?」

「知ってるも何もお前の親は生粋の冒険者だぞ」

「……はぁ?」


 どういうことだ。ウチの親は、商人のはずだ。


「まぁ、言ってないのなら何かあいつにも考えがあるのかも知れんな。帰ってから聞いてみるがいい」


 タスマンはこう言っているが、俺はその言葉を信じられない。

 俺の親は、冒険者? ニーナは専業主婦だし、父親のラルフは商人……いや、待てよ。前々から商人にしては、口数が少なくコミュニケーション能力に問題しかないと思っていたが。

そうか、そういうわけか。


「妙に、納得した顔したね」


マルクスが俺を面白そうに見ていた。……俺ってそんなに顔に感情が出やすいだろうか。


「まぁ、なんとなく。納得できることがあったから」

「なるほどなるほど」


 なるほどを二回言うのは、癖なんだろうか。

 なんか、ムカつく。


「君との面談も、これで終わりだよ。てか、今回の面談のメインはラード君だったのだけど」

「元々は、面談はしないのか?」

「いや、するよ。意識調査ってのは大事だからね。冒険者って職業柄、生半可な気持ちでやってたらケガするだけだしね。さ、先にさっきの部屋に戻っていて僕は後でくるから待っていて」

「わかった」


 俺は、タスマンとマルクスのいた部屋を後にした。

 まだ聞きたいことがいろいろあったが、これから会う機会が増えそうだし、わざわざ今聞かなくても暇な時に聞けばいいしな。

 若干、話が長すぎて面倒くさかったし。







「どう思う、お前から見てアイツらは。冒険者として続きそうか?」


部屋に残ったタスマンとマルクスは、ラードが去った後、話し始めた。


「正直なとこ、無理な気がします。ラード君はまだしも、一緒にいた子たちは能力的に続かないと思います。僕的には、ラード君についても続く気がしませんが、頑張り次第ってとこですかね。転生者ということを考慮しても、元々の世界がそれなりに平和そうですから、肉体的には頑張り次第でも精神的にはどうでしょうね」


 あっけらかんと笑っているマルクス。それを見たタスマンは、落胆した。


「やはり、そうか。アイツらは、肉体的にも精神的にもまだまだ幼すぎる。本来ならあの年でギルドに来たら追い出すべきなんだが、ギルドに入れる年齢が六歳からと決まってるからな」

「転生者と転移者に対する処置でしたもんね。だいぶ前からの決まりですけど」

「成人してから冒険者になっても問題はないと思うがなぁ」

「ラード君が転生者な手前、他の二人だけ追い返すのも不自然ですからね。転生者とバレることもラード君自身、隠してる様子でしたしね」

「ままならないものだな」

「こんな世界ですから、今さらでしょう?」


 この国はまだ平和だが、外国では毎日争いが起きている。それに加えて、ダンジョンやら魔族やら魔獣やらで冒険者には仕事が絶えない。死の危険性が一番高い職業なせいで、誰もやりたがらない。

 年に何人もの冒険者が命を落としているのに、その仕事をあの子供たちにさせると考えると、タスマンは気が重かった。


「冒険者が少ないのも事実で、四の五の言ってられない状況ですよ。能力があればまだしも、気持ちだけでどうにかできるならこの世界はとっくに平和でしょうね」

「お前みたいに割りきれれば俺もこんなに苦労はしないんだろうな」

「僕だって、苦労だらけですよ。あと、少ししたらギルド長も戻って来ますから頑張ってください」

「やっぱり、俺は副ギルド長って器じゃない。マルクスがなればよかったと今でも俺はつくづく思っているんだが」

「無理ですよ、僕は冒険者のランクが足りないって言ってるじゃないですか。バカなこと言ってないで副ギルド長室に戻って書類の山を片付けてください。ギルド長に怒られますよ」

「あーあ、俺の戦場に戻りたい」

「副ギルド長の戦場は、この部屋を出て奥のいっこ手前の部屋です」

「……お前、絶対腹黒だろ」

「何を今さら」







 そんな二人のギルド職員の気持ちなど知らず、俺はロムとハンナのいる部屋に戻ってきた。


「どうした、ラード。あのマルクスっていう奴に変な事でも言われたの?」


 ハンナが会ってから早々そんなことを言ってきた。


「いや別に、俺は何も言われてないが」

「そうなんだ……べ、べつに!お姉ちゃんとしてラードのことが心配になっただけだからね! あんたが難しそうな顔で帰ってから心配しただけだから!」


 俺ってやっぱり顔に出やすいだろうか……。

 ハンナまでそんなふうに言い出すとは相当かも知れない。ニーナとのにらめっこには自信があったんだが。

 ハンナは何を弁解しているかはわからないが、俺は彼女を、あたふたとしていて情緒不安定だなと思った。


「あ、お帰り。面談どうだった?」


 緊張で、疲れはてたロムがそこにいた。

 緊張し過ぎだろ。これからどうするつもりなんだ。


「面倒くさかった」

「ハハハ、ラードらしいね」


 ふぅと気を取り直しているロムの隣の椅子に俺は座った。


「ラードの時だけ、時間が長くなかった?」

「世間話が長くて面倒くさかったんだって」

「そ、そうなんだ」


 間違ってないはずだ、世間は広い。


「ラードの事だから、話を聞いてなかったんでしょ! 私がいたら聞かない度にバシバシと背中を叩いてられるのに」


 毎日いたら俺の背中がハンナの手形で埋めつくされそうだな。寝転がることも出来なくなりそうだ。


「ラード、マルクスさんはこの後なんて?」

「部屋で待ってるように言われたんだが、いつまで待ってれば…」


 唐突に、部屋のドアが開いた。そこにはマルクスの姿があった。


「ごめん、今日のこの後の予定なんだけど。副ギルド長がにげ……いや、緊急の別件で僕が手が離せなくなったから詳しい話は明日にしよう! 明日の同じ時間に来てもらえばいいから」


 マルクスはドアを開けたまま、「んじゃ」っと言って去っていった。


「何か、マルクスさん忙しそうだね。僕たちも帰ろうか?」

「……そうだな」


 俺はロムに賛成した。

 何があったかは知らないが、強面のガッタイのいいオッサンを優男の腹黒男の青年が追いかける様を想像しようとして……面倒くさくてやめた。若干、遠くから成人男性の気持ちの悪い声が聞こえた気がしたが気のせいだろう。


 三人は、そのまま帰った。







 ――して、どういうことか。ロムとハンナと別れた俺が家に帰ると、玄関でニーナが待ち構えていた。仁王立ちで。


「待っていたぞ、勇者よ!我が息子だからこそ、近づく魔力に我は感づいておったぞ!」


 さすがに、母親でもそれは引くわー……魔力とかよりも気配、匂いとかな感じがするしな。

 そのしゃべり方は、新しい病気か?


「長らく待った、この六年! 来る日も来る日も冒険者の話をしてきた甲斐があったというもの! ようやく報われた!」


 ニーナは何かを噛み締めるようにそう言っているが、全く俺には伝わらない。

 もう部屋に入っていいかな? いつも話してるのは、しょっぱい人がしょっぱい冒険をする話だろう。相変わらず、しょっぱい以外のことが全くわからなかったが。


「さぁ、共に冒険に出掛けようではないか! まずは、我が師となってそなたに力を授けよう! 我たちの冒険は今、始まったばかりだ!(ばさー)」


 ニーナは、どこから出したのか知らないがマントを羽織り、俺の方へ手を差しのべてくる。


 大変だ……これは末期だ。もう助からない。


「何を躊躇う! 勇者よ! 高ランク冒険者の我がいれば、何も恐れる必要はない!! さぁ! この手をつかみたまえ!」

「……は?」


 さっきから、思考停止して話を聞いていなかったが、今ニーナはなんと言った?


「……高ランク冒険者? 誰が?」

「我だ!」

「誰が、なんでどうしてそうなんだ?」

「母である我が長年冒険者をやっていて! 強きものを倒し弱きものを倒して!今こうして、高ランク冒険者として君臨しているのだー!ハハハ!」


 ニーナの高笑いが廊下に響く。


「だいたい我は、いつも言っていただろう?」

「……言ってない」

「ん?」

「嘘だろ?」

「嘘じゃないぞ?」

「息子に嘘をついてまで仲良くしようとするとは……」


 俺が心から疑いの目をかけているのを察したのか、ニーナは挙動不審になり始めた。


「ん!? いやいや、嘘じゃないよ! ママは本当だよ! 本当のこと言ってるよー信じてよ~」


 語るに落ちたな。ニーナは、何の物真似だか知らないがさっきまでの物真似をやめて、俺にすがり付いてくる。


「ね? ね? ママは、ラードちゃんのことがだぁい好きなの! そんな私がラードちゃんに嘘つくわけないでしょ?」

「俺が幻滅する前に、嘘をつくの本当に止めないと嫌いになるぞ」

「本当、本当だって~信じてよぉ~…」


 最初の威張っていたあの姿はどこへ。ニーナは若干、涙目になりつつも服のポケットからカードのようなものを渡してきた。


「これは……?」

「これが証拠だよぉ~しくしく~」


 鬱陶しさを感じつつもニーナからそれを受けとる。

 ……なんと、銀縁の輝くカードに、ニーナの名前とBランクという文字が書かれていた。


「これで信じてくれたぁ?」


 俺の表情を伺うニーナ。


「まじか……」


 どうやら、行き違いをしていたようだ。あらゆる方向に。

 ニーナは自分が冒険者であることを俺に話していたらしいが、その記憶が俺にはない。強いて言うなら、いつものしょっぱい話の最後に「冒険者が行った後に私も行ったんだけど何もなかったぁ」とか「伝説の剣を探して楽しかったなぁ」とか眉唾なことを言っていた気がするが、本当だとは思ってもみなかったから、完全に記憶から消していた。


 ……とりあえず、ムカついたからニーナの頭にチョップをしといた。

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