(完結まであと3話)第47話 どんな結果に終わっても、その時は

「お姉ちゃん、今度こそ、ホントに正直に答えて」


 もう、ダメだった。


「好きなんでしょ? 先輩のこと」


 わたしはいつの間にか目を閉じていた。

 そうして、

 永遠に思えるような沈黙の中で、

 わたしは、一度だけ、

 鹿島さんに告白されたあの時と同じように、微かな頷きを返した。 


 ただ……

 すぐに後悔の念が湧き上がってくる。

 言うべきではなかった。我慢するべきだった。

 それも、ちょうどあの時と同じだった。

 だからわたしは美紀ちゃんにすがるような視線を向けた。


「……でも、だったら、美紀ちゃんはどうするの? わたしに鹿島さんを譲っておしまいなの? それじゃあ、わたしのためにガマンしようとしてるのは、美紀ちゃんも同じでしょう? だって、鹿島さんは美紀ちゃんのことだって好きになりかけてるのに」


 それでは何も解決にはならないのだ。

 けれど、

 美紀ちゃんは不敵な笑みを浮かべた。

 

 わたしの後悔を吹き飛ばすくらい力強く。


「ううん。あたしは我慢なんてしないし、お姉ちゃんに譲ってあげるつもりなんてないよ。だって、あたしは先輩が好きなんだから」


 言っている意味がよく理解できなかった。

 譲るでもなく、諦めるでもなく、我慢もせず、美紀ちゃんは一体どうするつもりなのか。

 疑問は口をついて出た。

「じゃあ、」


 どうするのか、という質問は、凛とした答えによって妨げられた。

「言ったでしょ? 「正々堂々勝負する」って」


 身体が奮えた。

 それから美紀ちゃんは伸びやかな笑顔を響かせた。


 皮肉なモノだと思う。

 わたしが入れ替わったのは美紀ちゃんのこんな顔を見たかったからなのに、それが全部がダメになってしまってようやく美紀ちゃんはわたしに笑いかけてくれた。


「先輩はお姉ちゃんが好き。それは間違いないけど、でも、あたしはもう「あたしじゃダメ」だなんて思ったりしないの。だって、先輩はあたしにも好きだって言ってくれたから」


 同じ顔で同じ声で同じ仕草をしていたら。それは同じ人。


 心なんて目には見えないから。


 だったら二人が入れ替わったって問題はない。


 わたしは、そう考えて美紀ちゃんと入れ替わった。

 永遠の愛も運命の恋も、そんなものはまやかしだけど、だからこそ、わたしの気持ちもすぐに醒めると思ったから。


 それで結果的に、美紀ちゃんが喜んでくれればいいと思ったから。


 けれど……


「でもね、お姉ちゃんのフリをするのは、もうやめたいの。だって、アレはあたしじゃないんだもん。顔も声も同じなんだから、あとは同じ仕草さえできればお姉ちゃんにだってなれる。でも、それじゃあ意味ないの。だって、あたしは「美紀」なんだから」


 美紀ちゃんは、そう言った。

「優紀」を好きになってもらっても意味がない、と。


「あたしは怒りっぽくて、お姉ちゃんみたいに可愛くもないし、おしとやかでもないけど、『……元気で明るくてまっすぐな、お姉ちゃんの自慢の妹』なんだから」


 美紀ちゃんは、自分で言ったセリフに「あははっ」と照れ笑いをした。

 明後日の方向を向いて言い淀んで「これ、お姉ちゃんが言ってくれたことだからね」と言い訳をする。


 嘘も突き続ければ本当になるかもしれない、演技も続けていれば真実になるのかもしれない。

 少なくとも、わたしのフリをした美紀ちゃんは、鹿島さんにとっては確かに「優紀」だった。


 けれど、美紀ちゃんは、それではダメだと思ったのだ。


「あたしが先輩に好きになって欲しいのは「あたし」なんだって気づいたの。お姉ちゃんが大切だって言ってくれた「あたし」なんだって」


 赤のリボンが揺れる。


 強気な笑みがわたしと同じ顔を彩る。

 

 一つ子。


 顔も声も好きな人も何もかもが同じで、だけれど全く別の、もう一人のわたし。

「……ごめんね美紀ちゃん」


 気がつけば、ポツリと言葉が零れていた。


「それから、ありがとう……」

「うんっ」


 何を謝ったのか、何を感謝したのか、それはハッキリとは言わなかった。

 けれどそれでいいのだと思う。それでちゃんと伝わったのだと思った。


 わたしは鹿島さんが好き。

 でも美紀ちゃんのことも大好き。だから……、


「うん。だから、どっちが勝っても恨みっこなし! それでいい? お姉ちゃん♪」


 わたしは頷く。


 静かな選手宣誓だった。

 護るとか護られるとか、譲るとか譲られるとか、姉とか妹とか、そんなことは関係なしに正々堂々、遠慮なく。

 どんな結果に終わっても、その時は、笑って相手を祝福出来るから。


 だって、わたしの喜びは美紀ちゃんの喜び。


 だって、美紀ちゃんの幸せはわたしの幸せ。


 どこからか、ハンプティダンプティの歌が聞こえる。


"HumptyDumpty sat on a wall~♪"

(ハンプティ ダンプティ塀の上)

"HumptyDumpty had great fall♪"

(ハンプティ ダンプティ落っこちた)

"All the king's horse and the king'smen♪♪"

(王様の全部の兵隊も、王様の全部のお馬も)

"Coudn't put HumptyDumpty together again~~♪"

(誰もハンプティ ダンプティを元通りにはできなかった)


 元通りになる必要なんてない。


 いまなら、そう思えた。


 何もかも違ってしまって、何もかも分からなくなってしまっても、わたしたちはきっとお互いを大切に思えるから。


 やがて気づく。

 ハンプティダンプティのメロディは、わたしの携帯から流れていた。


 制服のポケットから携帯を取り出して液晶の画面を読み取る。


 ……鹿島さんからだった。


(つづく)

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