第37話 後をつけるぞ、美紀
「ねえ健吾。お姉ちゃんって、普段はいつも誰と一緒にいるの?」
お姉ちゃんのフリをしている間、挨拶くらいならそれこそ大人しめの子から健吾の悪友みたいなのまで、クラス中ほとんどと交わしたし、勉強のこととか委員会のこととか何かと相談を持ちかけられて困ったこともしばしばだった。
でも、それ以上に親しい友達っていうのは、どうも見つからなかった。
一緒にお弁当を食べたり、バカ話をして笑い合ったり、悩み事を聞いてもらったり……。
そういう友達が誰なのか、少しも分からなかった。
お姉ちゃんのことなんて、何でも知ってるつもりだった。
でも、本当はそうじゃなくて、あたしはお姉ちゃんと同じクラスにすらなったことがなくて、お姉ちゃんにはあたしが知らない部分がたくさんあって、だから、どうしても前のように無邪気に接することができないのだと思う。
このまま何もなかったかのように元に戻って何も知らないままでいるのは怖い。
本気でぶつかり合ってお姉ちゃんのことを何もかも知ってしまうのも怖い。
でも、いまのままずっと仲直りできないのは……。
「誰と、ってそりゃ、お前とだろ?」
元も子もない答えが返ってきて、あたしの意識が浮上する。
確かに、あたしはしょっちゅうお姉ちゃんのクラスに来て一緒にお弁当を食べたりする。だけど、
「じゃあ、あたしがいない時は?」
「俺」
「アンタはいいの」
健吾は、不満げに唇を尖らせて見せたけど、すぐに肩をすくめ
「あとはそうだな、美里もよく一緒にいるけどアイツはお前とセットだしな。あ、そう。仲が良いのかどうかは知らないけど、いつも一緒にいるやつはいるぜ」
「誰?」
「月子」
驚いた。
「月子ちゃん!? それって会長の……」
生徒会長の妹、と叫びかけて思いとどまる。
一つ子が、姉の付属品みたいに扱われて面白いわけがない。
ちらりと教室内を覗き込むと、窓際の健吾の席の後ろあたりにうつむいて座る月子の姿が見えた。
しかも、その隣にはお姉ちゃんが座り、何かを話しかけている。
葉桜月子。
姉の陽子は一年にして、この学校の生徒会長を務めている。
一方で、妹の月子は目立たず騒がず。
あたしの中では、表街道を突っ走る姉の陰で、いつもうつむいている印象しかなかった。
二人とも、モデル並みの長身でスタイルも良く、顔立ちも整っているのだけれど、華やかな笑顔を振りまく姉に対し、どんよりとしたオーラを纏った妹は近寄りがたい雰囲気を発している。
その月子が、お姉ちゃんと仲が良いという。
意外、という気もするし、そうでもない気もした。
お姉ちゃんはそれほどおしゃべりな方じゃないから寡黙な月子とは話が続かない気もするし、お姉ちゃんは面倒見が良くて優しいから、いつもぽつんと座っている月子に対してあれこれと世話を焼くような気もする。
もう一度、教室の入り口の陰から中を覗き込む。
お姉ちゃんは、さっきと変わらぬ様子で月子に話しかけていた。
一方の月子は、聞いているのか聞いていないのか、うつむいたり窓の外を眺めたり、時折、お姉ちゃんの言葉に反応してコクリと小さく頷きを返す。
なんとなく、友達という雰囲気ではなかった。
話すのはもっぱらお姉ちゃんだけで、月子は一言もしゃべっている様子がない。
『仲が良いかどうかはわからない』と健吾が言ったのは、こういうことなのだろう。
無口な娘とその母親、そんな雰囲気が色濃くあった。
その光景にあたしは既視感を覚える。
お母さんが死んでからふさぎ込んでいた昔のあたしと、その隣で元気づけてくれるほんの数分だけ年上のお姉ちゃん。
泣いていると慰めてくれて、笑っていると喜んでくれて、
怒っているときには静かに聞いてうなづいてくれる。
思い出す。
あのころのあたしにとっては、お姉ちゃんが世界の全てだった。
これはもう大げさじゃなくて本当にそうだったと思う。
それなのに……。
なんだか無性に淋しくて悲しくて、それに負けないくらい腹立たしくて、もうそれ以上二人の様子を見ていられなくなって、あたしは自分の教室へ戻った。
それなのに、次の時間も、その次の時間も、やっぱりあたしはお姉ちゃんの教室に行った。
教室の前の廊下でぼんやりとお姉ちゃんを眺めているところを健吾にからかわれた。
そして、やっぱり昼休みも………。
@
昼休みが始まると同時にあたしはお姉ちゃんのクラスへ急いだ。それを見透かしていたのか、健吾は廊下に立ってあたしを待ちかまえ
「優紀さんならいないぞ」
えっ?
「なんか、授業が終わったらすぐどこかに行っちまった。昇降口の方だったから、多分、外だと思うけどどうする?」
『どうする?』とは、待っているのか、探しにいくのかということだろう。
今日はテニス部の昼練はないから先輩の姿を見に行くというのは有り得ない。
でも、なんとなく朝に先輩が来ていたことと関係がある気がしてならなかった。
だから、
健吾には何も言わずに踵を返し、あたしは昇降口に向かう。
「おい、待てよ」
「ついて来ないでよ。健吾は関係ないでしょ?」
「いいじゃねえか。俺はお前の彼氏だぞ。くくっ」
……まったく。
彼氏彼氏って、ニセ彼氏のクセに偉そうに。
よっぽどそう言ってやりたかったけどここでは誰に聞かれているか分からない。
あたしは口を紡いで健吾を無視して、とにかく足を動かし続けた。
テニスコート、校庭のベンチ、自動販売機、学食、非常階段。
わざわざ校舎の外に出て行くような場所はさほど多くはない。
だから、心当たりのところはすぐに探し尽くしてしまってあとは一つしか残っていなかった。
例の体育館裏だ。
足が止まる。
「なんだよ、次、いかねえのか? って、あとどこか残ってたっけ?」
正直言って行きたくなかった。
行けばきっとそこには先輩もいる。
いつぞやのあの日のように。
そこに行って、あたしは一体何をするつもりなのか。
デートに割り込んできたお姉ちゃんみたいに二人の邪魔をして喜ぶのか。
それともこっそり覗きながら嫉妬の視線を送るのか。
どっちもイヤだった。そんなの、ぜんぜんあたしらしくない。
だから「戻ろ」って健吾に言おうとして後ろを振り返って、その時だった。
「あ、鹿島」
――え?
もう一度振り返って前を見る。
健吾が示した先には、確かに渡り廊下を横切る先輩の姿。
あたしたちには少しも気づいていないようだった。
「後をつけるぞ、美紀」
「ちょ、ちょっと……」
そんなのもういいから帰ろ、とそう言いたかった。
そう言いたかったはずなのに、あたしはそれ以上何も言わずに忍び足で歩く健吾の後ろをついて行った。
第一校舎の横を通って、渡り廊下を横切って、突き当たった体育館沿いに歩いて角を右に曲がってついた先は……。
(つづく)
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