第33話 どんな顔して先輩に会えばいいの!?

「どうなのよ? 健吾」


 いきなり健吾が吹き出した。


「あれか? くくっ、ハハっ。あれはだなぁ」


 それで、ろくでもないことを言ったに違いないことを察知して、あたしは健吾の首根っこを掴んで引きずり倒した。


 「白状しなさいっ。なんて言ったのよ!」

 「別に大したことはいってねえよ。嘘もついてねえし」

 「へっ!? う、嘘ついてないって、まさかホントのことを話したの!?」


 ……そんなはずはない。


 あの後もずっと、先輩はあたしのことをって呼んでいた。

 

 まさか、気づいててワザと知らないフリを?

 そんなのありえない。

 

 でも、『鹿島は、美紀でも優紀さんでもどっちでもかまわない』という健吾の推測が正しければ、あたしだって気づいても気にせず、むしろ最初から無かったことにしてあたしとつきあうために意図的に話を避けるなんてことも……。


 あたしが衝撃を受けて懊悩してると


 「お前、焼き芋、大好きだったよな」


 は?


 「え? うん、好きだけど」


 あたしもお姉ちゃんも食べ物の好みは似ていて、カスタード以外の甘いモノが大好きだ。


「で、鹿島にそう言っといた」

「そう、って?」


「『優紀さん、お前が来る前に焼き芋パクパク喰ってたぜ』って。まあ、あとは、『男なんだから察してやれよ』って」


 真っ赤になった。


「何て嘘つくのよっ!」

「嘘か? まあ、そうかもな。くくっ」

「何が嘘ついてない、よ。思いっきり大嘘じゃない!! どこの世界にデート前に焼き芋喰う女の子がいるのよ!!」


 ああもう、恥ずかしい。

 顔から火が出そうだった。

 

 よりによって、何であたしがおならをガマンしてたことになっているのか。


 しかも、想像してみると場面に見事にはまってて尚更へこんだ。


 キスの途中でいきなりうつむきだして、

 大丈夫です、って力無く笑って、

 観覧車が下に着くと同時に外へ飛び出す。シリアスさのカケラもない。


「まあ、気にすんな、人間、誰でも屁ぐらいこく」

「勝手に話を進めるな~~~~っ!!!!!!!!」


 健吾の襟を掴んだままガクガク揺さぶる。


「まて、やめろ、目が回る~~」

「この、くぬっ! くぬ! ホントは大して堪えてクセにぃ!!」


 動作は激しいけど、ダメージのほどは大したものじゃないことは分かっている。


 あたしが揺さぶった勢いだって、健吾は自分で身体を揺らして簡単に殺してしまえるから。

 

 そもそも、こんな力任せの攻撃がうまく行くわけもなかった。


「もう、ホント、アンタっていつもそう!! あたしが本気で殴らないからって調子に乗って!! どうしてくれるのよ!! どんな顔して先輩に会えばいいの!?」


「……もう昨日だって普通に会ってるじゃねえか」

「揚げ足をとるな~~~!!!!」


 投げた。もうほとんど無意識だった。


 腕を下に引っ張って重心を崩し、健吾が踏ん張った力を使って逆向きに舞わす。

健吾は、素直に宙を舞った。


 宙を舞わなければ腕が折れる。そういう仕組みだったから。

 

 健吾は、力を抜いてされるがままになった。あたしは、腕を掴んだまま円を描くように身体を回転させて、遠心力で宙返りさせて


……地面に。


 ふわり、と穏やかな秋風を感じた。

 

 窓から差し込む日射しは、暖かかった。


 仰向けで押さえ込まれたまま健吾が呟く。

「…………相変わらず、うまいもんだな」


 落ち着いた、静かな声だった。


「サボってばっかのアンタといっしょにしないで。今でも週2回は道場に顔出してるんだから」


 そう言ったあたしの声も、さっきと比べるとずいぶん穏やかだった。


 力任せに殴るのと違って、合気道の技には心身の濁りを洗い流してくれるような軽やかさがある。


 とはいえ、それだけで機嫌が直ってしまうあたしも、われながら単純というか、なんというか……。


 でも、あたしの良いところは、明るくて前向きなところなんだから、うじうじ考え込んでたって仕方ないとも思う。


 腕を解いて立ち上がる。両手をパンパンと払う。

 仰向けの健吾を見下ろし、


「もう……、今回はこれで許してあげるけど、今度変なことしたら、その顔踏みつぶすからね。いい?」


 健吾は寝そべったまま答える。


「了解です、お嬢様」

「よろしい」


 昔やったおままごとの名残か、そんなやりとりが面白かった。あたしがわがままお嬢様で、お姉ちゃんが優しいお母さんで、ミサちゃんが頑固者お父さんで、健吾が執事。


「それと、バツとして、あたしがバレないように協力すること」

 ――まだ続けるの?

 どこからか、そんな声が聞こえたけれど、気にしない。

 

 先輩が気づくまで、あたしはお姉ちゃんのフリを続けるつもりだった。

 

 保留になってしまった疑問が、今も頭の片隅に残って離れない。

 

 先輩は、本当に気づかないのだろうか。

 永遠の愛も、真実の恋もまやかしで、指紋検査がなければ人は恋愛すらできないのだろうか。

 

 違うと言ってほしかった。

 

 僕が好きなのは君じゃない、とはっきり言ってほしかった。

 それなら、あたしは何もかも諦めてしまえる。

 でも……、

 でも、もし、本当に気づけないなら……?

 あるいは、気づいてもまだ、あたしを好きだと言ってくれたら……?


 そう考えて、自分勝手な思考に身震いする。


 海の底に沈んだような息苦しさに包まれて、そこから出ようと思いっきり両手を広げて息を吸った。


「お嬢様」

 健吾が、再び口を開く。


「何かご用かしら?」


 誰も見てないけど、学校でこれは恥ずかしい。

 それでも、ついクセで返答を返して苦笑する。

 仰向けに寝そべって、健吾はにやにやと笑う。一体何の話かと思えば、


「お嬢様。スカートの下にスパッツをはかれると、覗く楽しみが半減でございます」


 あたしはその顔を無言で踏みつぶした。


           @


 ――先輩は、どうして気づかないんだろう。

 

 先輩と帰る放課後。

 

 隣を歩く横顔を見つめながら、暗く沈んだ思いを抱き続ける。

 

 バスを降りたあたしたちは並んで朝倉家に向かっていた。


(つづく)

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