【2章終了まであと2話】第29話 ほら、入れ替わってもかまわないでしょう?
「……好きなのは、僕の方だけなんだと思ってた」
「えっ?」
唐突に、先輩が口を開いた。先輩は照れくさそうに頬と鼻の中間あたりを掻く。
「ほら、僕の方から告白したからさ。優紀ちゃんはOKしてくれたけど、本当に僕が好きなのかどうか、正直不安だったんだよ。優紀ちゃんって、いつも落ち着いているし。もちろんそんなトコも好きだけど、やっぱり気持ちが見えないと心細くて、だから、二人っきりになるとどうしても嫌われやしないかって気になって、なんだかうまく話せなくて。……はは。なんか、今日のデートだって僕が誘ったわけだし、男だし、上級生なもんだから、ちゃんとリードしなきゃって焦っちゃってさ」
先輩は、いつになく饒舌だった。慌てているような口調から先輩の緊張が伝わって、あたしも何かを言わずにはいられなかった。
「あ、あの、わたしも」
「?」
「わたしも、普段のイメージと違って幻滅されたらって思ったら怖くて……、それで」
それを聞いて、先輩は、あたしのネガティブ思考を笑い飛ばすように
「はは。同じこと考えてたんだね」
同じこと。
同じ不安。
同じ焦燥。
同じ想い。
それが嬉しいのか、おかしいのか、はっきりとは分からないけど、気がつけば声を立てて笑っていた。
お姉ちゃんがするようにクスクスと。先輩もつられて笑う。
観覧車は回る。景色は移り変わる。
でも、それさえゆっくりに感じるような穏やかな時間だった。
やがて、先輩がもう一度口を開いた。
「でも、そんな、幻滅なんてしてないから大丈夫だよ。優紀ちゃん」
「………」
サワサワと不安が忍び込む。
あたしが自分で言い始めたことだけど、出来ればそのことには触れて欲しくはない。
いつバレてしまうか気が気ではなくなってしまうのだ。
でも、先輩はそんなあたしの不安には気づかず言葉を続ける。
「確かに今日の優紀ちゃん、いつもと少し違って見えるけど、それは良い意味で、そうだなぁ、何て言うか、いつもより女の子らしいよ」
「女の子らしい……ですか?」
意外な言葉に耳を疑ってしまう。
そういえば、ミサちゃんも前に色っぽいとかって言っていた。
あの時は何を馬鹿なことを、って気にもとめなかったけど。
「普段の優紀ちゃんはすごく落ち着いてて、怒ってるところとか泣いてるところってちょっと想像できないけど、今日は、ちょっとした仕草にもすごく感情がこもってる感じがする。いつもの優紀ちゃんも良いけど、今日の女の子っぽい優紀ちゃんも……なんていうかその、」
先輩は思いっきり照れに照れてその先を口にした。
ごにょごにょと紛らすみたいに囁かれた言葉は、それでもはっきりとあたしの耳に届いた。「好きだよ」と。
狭い観覧車の中が大草原みたいに広く晴れやかに変わった。
心臓はさっきよりもさらに早く脈打っているけれど、そんなのぜんぜん気にならなかった。
……あたしではダメなんだと、ずっと思っていた。
お姉ちゃんの格好しても、お姉ちゃんのフリをしても、結局すぐにバレてしまうと思っていた。
バレなかったとしても、すぐに幻滅されて、好きになんかなってもらえないと思ってた。
でも、先輩は、あたしのことを好きだといってくれた。
いつものお姉ちゃんじゃなくて、今日のあたしを。
わたしも好きです。
そう言いたかったけど、胸がいっぱいで、言葉が出なくて……。だからなのかどうなのか、あたし自身にもよく分からないままに、行動が気持ちを示そうとしていた。
まだ初デートなのに、はしたないって思われそうで怖かったけれど……。
見つめ合う。
そのまま、先輩に引き寄せられるように身体が寄り添う、心持ち唇を上向かせて、先輩の目を見つめながら瞼を閉じた。
まるで夢に落ちていくみたいだった。
二人の距離が近づく。
―――美紀ちゃんだとダメなんて、そんなことないわ。
お姉ちゃんの声が、思い出される。
―――美紀ちゃんのことをもっとよく知れば、きっと好きになってくれると思うの
うん。先輩は、あたしのことを好きになってくれたのかもしれない。
―――鹿島さんには美紀ちゃんの方がふさわしいと思うから
そうなのかもしれない。
だってお姉ちゃんは先輩を好きじゃないんだから。
好きでもないのに告白を受けて代役を立てるような人より、あたしの方がずっとマシなのかもしれない。
その方が、その方が……。
心地よい暗闇の中に、先輩の体温を感じた。
唇が、重なる……。
その方
が、
先輩
も
幸
―――ほら、入れ替わってもかまわないでしょう?
凍りついた。
あたしは、何をしているのだろう。
先輩を騙して、先輩の気持ちを踏みにじって、先輩のためだって言い訳して……。
息苦しさに耐えられなくて、海底から空気を求めるみたいに、唇を離す。
胸の鼓動は今は鉄杭を打ち込まれたみたいに苦しくて、うつむいたまま、あたしは顔を上げられなくなってしまった。
あっという間に世界が遠ざかって、暗転した思考の中で耳鳴りのように罪悪感が鳴り響いていた。
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