第28話 そっちに座ってもいいですか
窓から眺める香津谷市の展望。
高い場所っていうのは、どうしてこんなにも気分が高揚するのだろうと思った。
ここは地上100m大観覧車の頂上付近。
あれからいくつかのアトラクションと乗り物を経て、ようやく健吾のご所望した観覧車に到着したのだ。
下にはミニチュアハウスみたいな建物。
トランプのお城やらバラの迷路やら、もともと奇妙な遊園地の街並みは、この高さから眺めるとまるっきりオモチャみたいだった。
キノコを食べて大きくなったイリスとエリスが見た景色は、もしかすると、こんな感じだったのかもしれない。
「わあ、きれいですね」
そうやって伸びやかな声を響かせたつもりのあたしが、声色とは反対にガチガチに緊張してドキドキしていたのは、きっと、高さだけのせいじゃない。
だって、さっきからずっと先輩と狭い密室で二人きりなのだから。
お姉ちゃんの提案で、観覧車では二組に分かれることになった。
もちろん、あたしと先輩。
それにお姉ちゃんと健吾の組み合わせ。
これはあたしにとっては絶好のチャンスで、ケンカしてることも忘れて、思わずお姉ちゃんに感謝しそうになった。
……のだけれど、現実はそう甘くはない。
観覧車に乗ってから、もう2分くらい経ったけど、あたしはほとんど黙ったきりだった。
本当にもう、何かしゃべらなきゃ、しゃべらなきゃと思えば思うほど、何を話せばいいのか分からなくなるから不思議だ。
あたしが『きれいですね』っていったのも、
実はもうこれで3回目だったりする。
どうしよう。
気まずい沈黙が埋まらない。
それでなくても嫌われやしないか、バレやしないかってずっとビクビクなのだ。それをクリアした上でなお、先輩と楽しいおしゃべりができて、さらに先輩に好きなってもらえるような方法があったら、ぜひとも教えてもらいたいものだった。
そもそも、あたしがしゃべれないのは分かるとして、先輩がいやに無口なのは何故なのだろう。
先輩も二人っきりで緊張してるとか、座ったら部活の疲れがどっと出てきたとか?
いや、もしかして、
まさか……。
イメージと違う行動のオンパレードで早くも嫌われてしまったとか………。
妙な作戦を立てたのがいけなかったのか。策士、策に溺れるとはこのことか。
……ありえる。
だって、なんだか今日はお姉ちゃんのせいで振り回されてばっかりだったし、優しくておしとやかで、先輩にだけ積極的でちょっと大胆な演技なんて、どこまで成功しているのか分からない。
まずいまずい。どうしよう……。
そう思いながら、窓の外を眺めるフリをして、横目で先輩の顔をうかがおうとして……
「……!」
「……!」
バッチリ視線があってしまった。
「あの……」
「あのさ」
今度は、声がかぶった。
もうこうなってくると泥沼で、心臓バクバク、頭グチャグチャ。何を言おうと思ったのかも忘れてしまったし、そもそも口を開いていいものか、またまたハモって気まずくなりはしないのか。
できることなら今すぐ窓をぶち破って先輩の前から逃げ出したかった。
……でも、ここは地上百mの密室なのだけれど。
ああ、もう……。
もう何度目だか分からない沈黙。
いつもならこんなことはない。
あたしが美紀の格好をしてたなら、とにかくバカ話でもなんでも適当におっぱじめて笑いをとるなり、『暗いですよ先輩!! 今からしゃべらないの禁止ですっ』とかって無茶苦茶言って、無理矢理ハイテンションにもってくなりすればいいのだ。
でも、そんなの却下だ。一つもお姉ちゃんらしいところがない。
ふと思う。
お姉ちゃんだったら、こんな時、何を話すのだろうか。
恋愛なんて分からないってお姉ちゃんは言ってたけど。
お姉ちゃんは、好きな人と一緒にいて緊張したことなんてないのだろうか。
緊張。
気まずさ。
ドキドキ。
へどもど……。
黙ってると頭が発酵して溶けてしまいそうだから、もうとにかく全部、素直に言葉にしてみることにした。
「……あ、あの、二人っきりだと、緊張しますね」
それは、口にしてみると意外にお姉ちゃんぽくて、あたしが思い描いていた初デートの一コマにもふさわしい一言だった。
ただ心配なのは、先輩が、あたしと同じように緊張してくれているのかっていうこと。でも、
「……うん。いやあ、本当に。緊張するよね。そういえば、優紀ちゃんと二人っきりになったことってあまりなかったし」
照れくさそうな先輩の表情。それで勇気が湧いた。
「あの、そっちに座ってもいいですか……?」
「えっ、あ、うん……」
先輩は、歯切れの悪い返事を返し、二人がけの座席の左側によって席をあけ、
「はい、どうぞ」って手を広げる。
ちょっと他人行儀だけど、ぎこちなさは好きな気持の表れだと思う。
……あたしなんかでも、先輩はどぎまぎしてくれてるのだ、と思った。
だからちょっと積極的に大胆に。あたしは先輩の横に座ると、心持ち身体を先輩の方に寄せる。
それから恥ずかしそうに顔を伏せて、肩と肩が触れあうくらいに身体を寄り添わせた。
『恥ずかしそうに』っていっても、フリじゃなくて、本当に照れくさかったのだけれど。
先輩は、ちょっと驚いたようだったけど、すぐに落ち着きを取り戻してあたしの右手に掌を重ねてくれた。
……トクントクントクン。
心臓は正直で、何も言わなくてもあたしの気持ちを伝えてくれそうだった。
さっきの気まずさとは違う、静かな時間が流れる。
緊張はなくならないけど、それでも心地よい沈黙だった。
先輩も同じ気持ちなんだって今はそう思えた。
「……好きなのは、僕の方だけなんだと思ってた」
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