第27話 王様の全部の兵隊も、王様の全部のお馬も

「あ~~っ。ハンプティとダンプティ!!」

 

 お姉ちゃんの声の明るい声が響き渡る。

 ジェットコースターの後遺症なのか、慣れない部活の疲れが出たのか、お姉ちゃんの足下はちょっとふらついてたけど。


 ちなみに、お姉ちゃんがはしゃぎながら駆け寄ったのは、遊園地のマスコット、双子の『ハンプティとダンプティ』だ。

 どっちも、卵に顔を描いて手足をつけたみたいな変なデザイン。


 近くに寄ると、ラジカセみたいなザラザラした音が響いて、何かを歌っていた。


"HumptyDumpty sat on a wall~♪"

(ハンプティ ダンプティ塀の上)


"HumptyDumpty had great fall♪"

(ハンプティ ダンプティ落っこちた)


"All the king's horse and the king'smen♪♪"

(王様の全部の兵隊も、王様の全部のお馬も)


"Coudn't put HumptyDumpty together again~~♪"

(誰もハンプティ ダンプティを元通りにはできなかった)


 ……ハンプティとダンプティは一つ子。

 だから元には戻れない。

 元は一つだったのに、生まれ落ちて二人に別れてしまったら、絶対に一つには戻せない。

 王様の全部の兵隊でも、王様の全部のお馬でも。


 英語の授業で習ったマザーグースの歌を思い出して、皮肉っぽく笑う。


 まるで、あたしとお姉ちゃんみたいだ、と思った。


 ちょっと前まではお姉ちゃんのことなら何でも分かってるつもりだった。


 心が通じ合ってていつも一つなんだって思ってた。

 

 だってあたしたちは一つ子だから。


 お母さんのおなかの中では、元は一つだったのだから。


 それなのに、今ではお姉ちゃんのことなんて一つも分からなくて、もう一生分かるようにはならないんじゃないかって、そう思う。

 そう……


 王様の全部の兵隊も、王様の全部のお馬も、二人を元には戻せないのかもしれなかった。


「ねえ、お姉ちゃ~ん。一緒に写真とってもらおうよ~。先輩と健吾も一緒に!」


 『あたし』の声がした。


 見れば、そこにはハンプティとダンプティだけじゃなくてなんだか分からないようなキャラクターが何人も集合していた。

 

 二本の尻尾がいつもケンカしている《ツインテール・チェシャキャット》とか、お互いの首を斬れって命令し合ってる《一つ子女王》とか。


 もちろん全部『イリスとエリス』に出てくるキャラクター。


 ハイチーズ。パシャっ。


「ねえねえ、お姉ちゃん。確か、お姉ちゃんのクラスって、文化祭で『イリスとエリス』の劇をやるんでしょ?」


 写真を撮りおわってカメラを受け取ったお姉ちゃんが、唐突にそんなこと言い始めた。


 ちょっと待った。

 聞いていないぞ、そんな話。

 

 あたしは思わず健吾の方を見た。すると健吾は、あっさりと『そうだぞ』と答える。


「へえ~。じゃあ、僕も見に行こうかな。優紀ちゃんは何の役なの?」


 先輩の素朴な疑問に、あたしは弱ってしまった。


「えっと、あたしは……」


 そう口籠もって考えながら、お姉ちゃんに視線を送る。

 お姉ちゃんの役って、なんだろう。


 そもそも、役者じゃなくて、小道具とか、衣装とか、振り付けとかそういう裏方の方が、お姉ちゃんには似合っている気もして……


「お姉ちゃんは、白ウサギなんでしょ? 可愛らしくて、お姉ちゃんにぴったり!」


 ……そうなんだ、と思う。


 確かに、お姉ちゃんは大人しいウサギさんっていう感じがする。


 でも、お姉ちゃん、自分で自分を可愛らしいとか、よく平気で言えるものだ。

 

 それに、イリスとエリスに出てくる白ウサギって、別にカワイイ役どころでもないような気もする。


 ずっと前に見たツィズニー映画の記憶だけど、確か、あわてん坊で、どちらかというとマヌケな感じで、頭のおかしな他のキャラクターたちにからかわれてオタオタするような


 ……って、それは『あたし』のことじゃないか!!


「ちなみに、俺はツインテール・チェシャキャット」


 健吾はどうだとばかりに胸を張った。


 でもあたしは少しも驚かない。


 考えてみれば当たり前の話なのだ。

 面白くもない。

 だって、いつもニタニタした笑う猫チェシャキャットと、ふざけてばっかりの健吾。


 見ているだけで腹が立ってくるところがそっくりだから。

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