第26話 誰がバカよ。このセクハラ観覧車男

 「本性出てるぞバカ美紀」

 「ひゃっ!」


 いきなり耳元で健吾の声。

 

 あたしはビクッとなって振り向いて、その場を飛び退く。


 飛び退くと同時にちらっと横目で確認すると、先輩はまだ自販機のあたりにいた。

 だから、あたしは先輩に聞こえない程度の小声で、


「誰がバカよ。このセクハラ観覧車男」


「仕方ないだろ。お前が二人いるんだから。色々考えたんだぜ何て呼んだらいいか。『偽優紀さん』とか、『美紀姉ちゃん』とか、『真☆美紀』とか『モノホン美紀』とかいろいろ」


「……で、『バカ美紀』なわけ?」

「いいだろ? ほら、ちゃんと、通じたじゃねえか」


クックと、健吾は肩を揺すりながら笑う。


 思いっきりひっぱたいてやりたくなって、右手にありったけの力をこめたけど、それを察知したのか先に健吾が先制攻撃を仕掛けてきた。


「殴ったら鹿島にバレるぞ」

「もう、うるさいわね。分かってるわよそんなことぐらい。それよりアンタ、鹿島なんて呼び捨てにしないで『先輩』ぐらいつけなさいよ」


 ひそひそ声はキープしながら、精一杯に健吾を怒鳴りつける。


「いいじゃねえか。鹿島がいいっていったんだから。俺のことも健吾って呼ぶってよ。それよりお前、もっと優紀さんと仲良くしとけよ。わかってんのか? 優紀さんは『妹思い』で有名なんだぞ。そんな仏頂面で睨みつけてたら怪しくてしょうがねえだろ」


 ああ、もう。そんなこと分かってる。


 でも、仕方ないじゃないか。イヤなものはイヤなのだ。


 腹が立つものは腹が立つのだ。

 それは相手がお姉ちゃんでも、もしかしたら先輩ですら関係ないことなのだ。


「とにかく、そろそろ、その顔やめとけよ。鹿島が来るぞ?」

「え、あ……、ああっもう……」

「……さてと。大丈夫か? 美紀」


 いきなりの気遣うようなセリフに思わず身構えたけど、その『美紀』とはあたしのことではなかった。

 健吾はあたしの横をするっと抜けると、ぐったりとしたお姉ちゃんのところへ駆け寄り、


「ほれ」


そう言って缶ジュースを差し出す。お姉ちゃんの好きなミルクティー。


すごい、違和感があった。


相手があたしだったら、健吾は、「まったく情けねぇな」とか「おら、次行くぞ、早く立てよ」とか「よし。立てないのなら俺がおぶってやろう。くく。感謝したまえ」とか、思いっきりバカにしたりからかったりするはずなのに。


この待遇の差はなんだろう。


恋人と幼なじみの差なのか、それとも、美紀と優紀の差なのか。


「はい。優紀ちゃん」


いつの間にかすぐ後ろに駆け寄ってた先輩が、あたしに缶ジュースを差し出していた。


こっちはあたしの好きな炭酸のグレープジュース。


確かに大好きだけど、どうしてあたしの好みが分かったのかって不思議に思った。

疑問の表情が顔に出てたのか、先輩は


「ああ、それ? 健吾が、優紀ちゃんはそれが好きだって言ってたから。ちょっとイメージ違う気がしたけど、それで大丈夫だった?」


ダメじゃない。

むしろ嬉しい。

けど、イメージ違うとか言われるとやっぱりドキッとする。


まったく、健吾も、こんなところに限って気を回したりしないで二人ともミルクティーにしておけばいいのに。


あたしだって、別にミルクティーは嫌いではないんだから。


それとも、あたしがドキッとしたのを見て笑うつもりだったとか?

そう考えると何となく腹が立ってきて、でも、当たるものなんて何もないから、あたしはぐいっとジュースを一気飲みして、


……むせた。


スカッとさわやかな炭酸飲料が気管支に入って、静電気を飲み込んだかのような刺激が肺にきた。まったく爽快どころではない。


健吾に、思いっきり笑われた。


「だ、大丈夫? 優紀ちゃん」


大丈夫です。

ちょっとむせただけです。

恥ずかしいですからバレちゃいますからお願いですから、そんなにあんまりあたしの顔を見ないでください~~。


真っ赤になった顔を見られないようにうつむきながら、心で叫ぶ。


でも、あたしが口にできたのは、「大丈夫です」という一言だけだった。

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