第25話 ごめんなさい先輩

 それで、4人でジェットコースターに乗った。


 前が見えるほうが怖くないよ、と知ったかぶって、お姉ちゃんは最前列の座席を確保。その隣に健吾がそろそろと腰を下ろし、その後ろにあたしと先輩が座る。


 安全バーが降りてきて、発射の準備が整う。前の手すりにつかまろうとして、ふと、先輩の方を見る。


 「どうかした?」

 「え、あ、いいえ。なんでもないです……」


 視線が合ってしまって、あわててそっぽ向いてしまった。

 ダメだ。

 積極的に、大胆に。

 そう思っても、至近距離で先輩の顔を見ると緊張してどうにもならない。

 

 ああ、もう……。

 気の利いたことなんて、何も言えそうにない。そう思って諦めて、前を向いた。


 落胆と緊張と焦燥と、沈んでるのかハイなのかよく分からない気分でぼーっとしていると、視界の端っこに先輩の手が見えた。手すりにつかまった先輩の右手。


 男の人とは思えないくらいすらりとした綺麗な手。でも、大きな手だった。


 トクン。


 一度、心臓が脈を打った。

 燈火に惹かれる蝶のように、手が伸びる。

 緊張を沈めるために目をつぶっておそるおそる、そして、先輩の手に、


 触れた。


 ビクッと、先輩の身体が動いたのが分かった。


「あ、あの、ごめんなさい……」

 小学生じゃあるまいし、手が触れたぐらい何でもないことのはずなのに、自分から触れるとなるとぜんぜん別物で、なぜかすごく気まずくて後ろめたくて、思わず謝って手を放してしまった。


「こわいの? 優紀ちゃん」

「……あっ、い、いいえ、大丈夫です」


 思わず否定していた。

 大失敗だ。

 怖がりなところをアピールすれば、思いっきり甘えられたかもしれないのに。

 ああもう、どうしてこう、あたしって奴は肝心なところで押しが弱いのだろうか。


「そっか……」


 先輩は、そう静かに言って、視線を前に戻した。


 でも、


 ため息をついて手すりを掴んだあたしの左手に、横から伸びてきた先輩の手が重なる。


 えっ?


 顔を上げて先輩を見る。

 手を重ねていることが照れくさいのか、先輩は緊張した面持ちでずっと前を向いていた。

 その横顔を見つめていると、心臓が跳ねてドックンドックン、うれしさと気恥ずかしさを全身に送り始めた。


 胸の鼓動を遮るようにしてカウントが始まる。

 F1のスタートのシグナルみたいな音が響いて、

 

 3……、

 

 力強くて優しい感触を左手の甲に感じながら、あたしは心の中で先輩に謝る。

 

 2……、

 

 先輩から顔をそらして前を向く。

 ごめんなさい、先輩。

 

 1……、

 

 発射っ!!

 

《一つ子女王》の強烈なツインショットがぶち込まれてハリネズミのコースターが打ち出される。リボンが飛んでしまいそうな加速の風と重力を受けて、残った右手でスカートを押さえて、先輩に気づかれないように心の中できゃ~~~~と歓声を上げる。


 ごめんなさい先輩。うつむいたまま心の中でもう一度謝る。

 わたし、ホントはぜんぜん怖くないんです……。


            @ 


「あ~面白かった」


 健吾が笑う。


 嘘つけ、とあたしは思う。健吾がずっと怖がって下を向いていたのは後ろ斜めの座席からもはっきり見えていたのだ。『ぬおおおお』とかって、変な声も出してたし。


 でも、健吾の虚勢にツッコミを入れる『美紀』はいなかった。


 ってあれ? お姉ちゃん?


 と思って周りを見渡すと、お姉ちゃんはさっきまでの元気はどこへ行ったのやら、降りてすぐのところで気持ち悪そうにうずくまってた。


 「お、おい、大丈夫かよ美紀」

 「おねぇ、あわわ……美紀ちゃん!! 大丈夫!?」

 「……………………………き も ち わる い」

 まったく。だから、言わんこっちゃないのだ。



 そのままお姉ちゃんの手を引っ張って女子トイレに駆け込む。

 ジェットコースターで気持ち悪くなる人ってどれくらいいるか分からないけど、とりあえず階段を降りてすぐのところにお手洗いはあった。

 

 結局、吐きはしなかったみたいだけど、女子トイレから出てしばらくお姉ちゃんはげっそりと両手両足を投げ出して、ベンチで情けない姿を晒していた。

 

 ……あ~あ、こんな姿、家でも見たことないのに。


 お姉ちゃんの隠れファンが見たら、なんて言うかなって、意地悪く思った。


 まあ、ある意味一番のファンであるところの先輩が、すぐ側の自動販売機でジュースを買っているわけだけれど。


 あたしは、座ってるお姉ちゃんの前に立って、先輩に聞こえないように小声で愚痴る。


「まったく……。何考えてるの? 乗ったこともないくせに無理してジェットコースターなんて乗ろうとして……」


 それを聞いてお姉ちゃんは、ぐったりとしたまま不満げに頬を膨らませる。

 まったく……。ホントに、子供みたいだ。


 鼻息をフンと吐く。

 自然、口がへの字に曲がり、眉根がよってくるのが分かった。こんなの、どうせ、自業自得なのだ。もしかしたらお姉ちゃんはあたしのためって言い訳するかもしれないけど、ありがとうだとか、かわいそうだなんて絶対思ってあげないのだ。


 「本性出てるぞバカ美紀」

 「ひゃっ!」

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