第24話 ジェットコースターがいいですっ!
駅の私鉄に乗って十五分。
そこから歩いて五分くらいのところに目指す遊園地はあった。
『向山ワンダータウン』っていうちょっとさえないネーミングのこの遊園地は、『不思議の街のイリスとエリス』をモチーフにした家族向けのレジャー施設だ。
あたしの住んでるところから一番近くにあるから、小さい頃はよく健吾やミサちゃんと遊びに来た。
お客の入りはイマイチだけど、ディズニーランドとかと比べたらさすがにかわいそうだけど、あたしにとっては間違いなく、一番思い入れの深い遊園地だ。
「じゃあ、何から乗る?」
入り口のゲートをくぐったところで先輩がみんなの希望を聞いた。
入り口付近は、ハートとかスペードのマークがついたトランプの王国みたいな建物が並んでいるけど、これはおみやげコーナーばっかりで、乗り物までは少し歩くのだ。
そして、道は二手に分かれてて、右の道を行くとジェットコースターがあって、左に行くと観覧車がある。
ところで、普段のあたしだったら、もちろんジェットコースターを選ぶ。
たしか『クローケーショット』だとか、『ハリネズミコースター』とか呼ばれてて、3,2,1ドカン! と、スタートダッシュで一気に最高速60キロに加速。
そのまま一回転して、戻ってきて今度は後ろ向きで一回転という、まあ、結構どこにでもありそうな普通のコースターなんだけど。
でも、並ばなくても乗れるし、何よりも、シンプルでゴチャゴチャしてないから、乗ると気分がスカッとする。
そんなわけであたしはけっこう気に入っているのだ。
でも、今日はちょっと我慢しなくてはいけないのかもしれなかった。
だって、『お姉ちゃん』は実は、怖くてジェットコースターに乗れないのだ。
もしかしたら、一度も乗ったことがないんじゃないだろうか。
ついでに言うと、健吾もジェットコースターが大の苦手だ。
4人で来た時には、だいたいあたしとミサちゃんだけが乗ってお姉ちゃんと健吾は荷物番っていうパターン。
小学校の時、あたしが強引に健吾を乗せたこともあったけど、降りたら半泣きになっていたのを今でも覚えている。
アレは笑えた。
だから、今日も健吾は『観覧車』と主張する。
相変わらずのビビリ屋というか、なんというか。
いつもだったら、『観覧車男』とかアダ名を付けて、ここぞとばかりにからかってやるのに。
まったく、遊園地に来てジェットコースターに乗らないなんて、あんこの入ってないどら焼きを食べるようなものだとどうして分からないのか。
でも、今日のあたしは、『お姉ちゃん』として、健吾の提案に乗るしかないのだ。
お姉ちゃんがいくらあたしのフリをしても、苦手な乗り物までは変わらないだろうから。
あたしは観覧車に乗れるけど、お姉ちゃんはジェットコースターになんて乗れないだろうから。
それに、先輩と二人だったら観覧車も悪くないかも……なんて、思うのだ。
だから……
「ジェットコースターがいいです!!」
って、え?
それはあたしの声じゃなくて、お姉ちゃんの声だった。
ちょっと待てお姉ちゃん。そこまであたしのフリをする必要はないのではないか?
先輩はあたしがジェットコースターを好きだなんて知らないんだから、二人で『観覧車』って主張しても問題はないはずなのだ。
何てったって、カップルの定番だし。
でも、声を大にして叫ぶお姉ちゃんのパワーに引きずられて、話はどんどんジェットコースターに向かっていく。
ほんのちょっとお姉ちゃんが心配だったけど、どうせ自業自得で、だからあたしはもう気にしないことにした。
そして、もちろん、あたしだってジェットコースターに異存はないのだ。
先輩も、これにあっさり同意して、ジェットコースターは多数決で決定事項になった。
先輩は、いつも物腰が柔らかくて優しいから、ときどきひ弱な印象を受けることもあるけど、実際はそんなことなくて、大抵のことは、ものともせずにやってのけてしまう。
タイブレークの一点差でだってサーブミスしたところを見たことないし、部内でケンカがあっても落ち着いたまま仲裁にはいるし、だからもちろん、ジェットコースターごときではビクともしないのだ。
ホントに健吾とは大違い。
ところでその健吾は、孤立無援の状態で必死の抵抗をつづけていた。
やれジェットコースターは野蛮人の乗り物だとか、乗ったら気持ち悪くなってデートどころじゃないとか云々。その点、観覧車はデートの定番。カワイイあの娘と密室で二人っきり。地上百mから香津谷市の景観を一望できます。向山ワンダータウンにおいでのお客様はぜひ一度……
「観覧車は後っ!!」
「……ハイ」
お姉ちゃんの一喝で健吾はあっさり降参した。
先輩が笑う。
「はは。健吾くんは、ホントに美紀ちゃんに頭が上がらないんだな」
本物の美紀ちゃんは思う。
……そんなの、初めて聞いた。
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