第21話 好きでも何でもないくせに

「……待った? 美紀ちゃん」


 来た!


「えっ、あ、いえ、ぜんぜん……」

 

 って、美紀ちゃん?


 後ろからの声にそこまで反応して、何かおかしいことに気づく。

 「……何よ。健吾じゃない」


 健吾はイタズラっぽく笑ってピースをする。

 まったく、声マネなんかして、びっくりするではないか。

 おまけに結構似てたものだから。


 それにしても習慣というのは恐ろしい。

 心の中で何度も何度も『あたしはお姉ちゃん』と言い聞かせていても、いざ『美紀ちゃん』と呼ばれると身体が勝手に反応してしまうのだ。


 ああ、先が思いやられる……。


 そんな風に、がっくりと、地面に手をつきたい気分になっていると、健吾があきれたような声を出す。


「……おまえさ、まさかとは思ったけど、今日も優紀さんの格好なんだな」

「……当たり前でしょ」


 何が当たり前なのかは自分でもよく分からないけど、落ち込んでるのを見せたくなくて、とりあえず強気に答えておく。


「そんなに俺とつきあうのがイヤなのか?」

「当たり前でしょ」


 今度の意味は明確だった。


「俺はずっと、美紀のことが好きだったのに?」


 一瞬、ドキッとなった。けどすぐに思い直す。

 だって、健吾が面白そうに笑ってたから。


「ふん、なによ。あんなのどうせ、冗談なんでしょ?」

「当たり前だろっ……くくく」


「アンタ何考えてんのよ。あの『あたし』がニセモノだって知ってたくせに、何で告白されてOKしたのよ。お姉ちゃんに何か言われたの? 弱みでも握られてるの? お姉ちゃんは何考えてるのよまったく」


「そんなの俺が知るはずないだろ。くくっ。俺がOKしたのはただ単に面白そうだったからだぜ?」


 ……まったく、コイツは。


「あたし、アンタのそういう無神経で考えなしなところ、大っ嫌いなの」

「ふーん。俺は、美紀のそういう裏表のなくてハッキリ言うところ、結構好きだけどな」

 

 うううぅ~~~。

 

 思いっきり横っ面をひっぱたいてやりたかったけど、やめにした。


 なぜって、バスが到着してしまったから。

 待ち合わせに間に合うには、次のバスが最後だから、先輩はきっとそれに乗っているはずだった。

 コンパクトを取り出す。

 先輩が来る前の最終確認。

 健吾のせいで尖ってしまった唇を柔らかい微笑みに変え、つり上がった目をニコちゃんマークに取り替える。

 健吾は後ろから鏡を覗き込んできたり、ケラケラと笑ってみたり、未だにちょっかいを出してきたけれど、あたしは気にせず取り合わず。


 バスが止まる。

 古めかしい電子音と共にドアが開く。駅前は終点だから前後の両方のドアが全開で、そこから大勢の人があふれ出てくる。


 先輩は、先輩は……、と。


 きょろきょろするのははしたないからゆっくりと視線を巡らせて先輩を捜していると、雑踏の中に明るい声が響き渡った。


「おね~ちゃんっ! 健吾~! 待った~??」


 恥ずかしいから、そんな大声出さないで欲しい。


 天真爛漫モードを爆発させて元気に手を振って来たのは、お姉ちゃんだった。

 

 白いパーカーにジーンズ。およそデートとは思えないラフな格好にちょっとびっくりしてしまったけど、考えてみればこっちの二人は幼なじみな上にニセカップル。


 気張っておめかしする理由なんて何もないのかもしれない。

 いや、でもそれにしたってラフすぎる。

 お姉ちゃんの隣には、少し戸惑ったような顔をした先輩。

 先輩はあたしと目が合うと微笑んで軽く手をふった。

 あたしは小さくを返す。


「先輩、早く早くっ!」


 お姉ちゃんは、先輩の腕を取ってトテテと引っ張ってくる。

 その姿はまるで恋人を急かしているみたいで、正直言って面白くなかった。


 好きでも何でもないくせにベタベタするな、と思う。


 ただでさえあたし達のデートのお邪魔虫なんだから。


 とはいっても、健吾もお姉ちゃんも、もちろん偶然鉢合わせたわけはなく、名

目上はあたし達の邪魔をしに来たわけでもない。


 どういうことなのかと言えば、今日は、Wデートなのだった。



 @


 お姉ちゃんが健吾に告白したおとといの、例の昼休み。


 トイレでお姉ちゃんと入れ替わることを決めてから、あたしは先輩たちが待っている教室に戻った。

 お姉ちゃんは先に教室に戻っていて、お昼休みはまだ10分くらい残っていて、先輩はまだ、その教室にいた。


 先輩は、あたしの目が泣いた後で真っ赤なのを見て心配そうにしてたけど、お姉ちゃんが先手を打って誤魔化していたみたいで、特に追求はされなかった。


 それから、よく見るテレビは某だとか誰それ先生の授業はヤバイとか、そんな話が何分かつづいた後、先輩の一言からデートの話になったのだ。


「あのさ優紀ちゃん。明後日の日曜にでも、遊園地にいかない?」


 先輩の声は落ち着いてたけど、きっと、先輩だって緊張しているに違いなかった。


 だって、メガネの下の目線は時折ふらふらと右に泳いでいたから。


 嬉しさの反面、その10倍くらいの恐ろしさがあった。

 二人でデートなんかして、ボロが出ない自信はない。

 おまけに場所は遊園地。


 ジェットコースターやらなにやらテンションが上がってしまうアトラクションが満載なのだ。

 うっかり忘れて、いつもの様にはしゃいでしまったりしたら目も当てられない。

 なのに、

 

「遊園地か~。ねえ、健吾ぉ。あたしも遊園地行きたいな~~」

 

 え?


 あたしが返事を躊躇っているその横で、お姉ちゃんは、ちょっと鼻にかかった甘え声で健吾にデートの催促を始めていた。

 はっきり言って気持ち悪かった。


 あたしの姿であたしの声で、健吾に向かってそんなしゃべり方しないで欲しい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る