第22話 これじゃあ、あたしはまるっきり暴力女だ
「遊園地か~。ねえ、健吾ぉ。あたしも遊園地行きたいな~~」
え?
あたしが返事を躊躇っているその横で、お姉ちゃんは、ちょっと鼻にかかった甘え声で健吾にデートの催促を始めていた。
はっきり言って気持ち悪かった。
あたしの姿であたしの声で、健吾に向かってそんなしゃべり方しないで欲しい。
でも、これってちょっと変だった。
お姉ちゃんが健吾に告白したのは、あたしを嵌めるためだったんだから、言ってみれば、こっちの二人も偽カップルなワケだ。
健吾だって、お姉ちゃんの変装だってことは知っている。
そうなると、お姉ちゃんが健吾とデートしたがる理由が分からない。
それに、遊園地は……。
それで何となく、お姉ちゃんの考えが分かってしまった。
あのお姉ちゃんが、よりによって『遊園地』に行きたがっているのだ。
ジェットコースターはもちろん、ほとんどの乗り物に怖くて乗れないクセに。
だったらもちろん裏があるに決まってて、その裏って言うのは、多分、あたしたちのデートにくっついて行こうってことで……。
お節介を焼くつもりなのだろうか。
それとも、ホントはあたしの邪魔をするのが目的……とか?
分からなかった。
だけど、あたし以上に分かっちゃいない健吾は、いつもの様子で、
「行ってくれば?」
バキっ。
お姉ちゃんの拳が健吾の鼻っ柱に入った。
一瞬、何があったのか分からなかった。
けれど、お姉ちゃんの拳はグーで、手加減なんて少しもなくて、音からしてもかなりやりすぎだった。
健吾も、お姉ちゃんがここまでやるとは思ってなかったみたいで、不意をつかれてそのままノックダウン。
そりゃあ、自分の彼氏にデートの催促をしたのに、『行ってくれば』じゃ、怒るのも当たり前だけど、いくら何でも……。
まったく、ホントになんてことしてくれるのだろうか。あたしの姿で。
お姉ちゃんは人を殴ったのなんて初めてだろうから、加減が分からなかったのかもしれないけど、それにしたって、これじゃあ、あたしはまるっきり暴力女だ。
そして、この事態に一番慌てたのは先輩だった。
できたてのカップルのいきなりのピンチ。
あたしは、健吾なんて自業自得だと思ってたし、お姉ちゃんが突飛なことをするのにも慣れてきたし、なにより二人がニセカップルだということを知っていたからさほど驚きもしなかった。
けど、こんな修羅場に出くわしたら、普通は、回れ右をして一目散に逃げ出すか、必死で二人のご機嫌をとるしかないのかもしれなかった。
そしてもちろん、人の良い先輩が選ぶのは後者だった。
そこで先輩が提案したのが、このWデート。
というわけだ。
@
その先輩が、お姉ちゃんに引っ張られて、こちらに駆け寄ってくる。
今はテニス部の方もお姉ちゃんが代わりに出ているから、二人は学校からずっと一緒だったのだろう。
本当なら恋人同士のはずの二人。
一体、お姉ちゃんはどんな顔して先輩と一緒にいるのやら。
と、いけない、いけない。
お姉ちゃんにあきれている場合でも皮肉ってる場合でもないのだ。
一方のこっちは、本当なら先輩の恋人でも何でもないあたし。
今度は、こっちが顔を作らねばならないのだから。
「優紀ちゃん。待った?」
別に遅刻もしてないのに、先輩はそうやってあたしを気遣う。
あたしはお姉ちゃんがよくするように、ゆっくりと小首を傾げるようにして微笑む。肯定でも否定でもないあいまいな返事。
「大丈夫です。わたしも一つ前のバスでしたから……」
「俺はそのさらに二つ前だったけどな」
と偉そうに答えたのは健吾。いつも遅刻してくるクセに珍しいこともあるものだ、と思っていると、
「……遅刻すると美紀がうるさいからな」
「当たり前でしょ」
と、答えたのはお姉ちゃん。
健吾が苦笑して、先輩が微笑ましそうに笑った。
あたしもつられてお姉ちゃんっぽく笑ってみせたけど、ホントは少し面白くなかった。
だって、健吾は、あたしには絶対こんなに気を遣わないから。
ぬいぐるみを投げつけても、グーで殴っても、思いっきり投げ飛ばしても、いや、やればやるほど面白がって、ふざけて平気で遅刻してくるから。
@
道々、話は弾んだ。でも、あたしはあまりしゃべれなかった。
理由は決まってる。だって、お姉ちゃんがあたしの代わりに色々話してしまうから。
お姉ちゃんの好きな食べ物だとか、料理のコツだとか、クラスのことだとか、好きな音楽は何かとか。
ほとんどお姉ちゃんがそのまま先輩と話しているようなものだった。
何しろ、あたしに話しかけてきてもお姉ちゃんが答えてしまうのだから。
「優紀ちゃんって、普段は何して過ごしてるの? 家とかで」
「えっと、普段ですか……」
と少しでも口籠もろうものなら、すぐさまお邪魔虫が入り込んでくる。
「えっと、お姉ちゃんは、家では、編み物とか料理とか、あと、テニスもたまにしてますよ!」
あたしは先輩に気づかれないように気をつけながら、お姉ちゃんをムッと睨む。
するとお姉ちゃんの向こうにいた健吾と目があって、クックと笑われた。
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