第19話 きっとこれが一番いい方法(一章終了)

「あのね、美紀ちゃん。取り消す必要はないの」


「取り消す必要ないって、だって、えっ?……」


「だって、わたしがずっと美紀ちゃんになればいいんでしょう?」


 それか。


 お姉ちゃんが、健吾に告白した理由。


 あたしたちとご飯を食べたがった理由。

 

 ずっと逃げ回ってたのに、昼休みに限って自分からA組に現れた理由。



 ……全部、最初から考えてたのかもしれなかった。



「なんでよっ! なんでっ、そこまでして……。そんなに、あたしを先輩とつきあわせたいの……?」


「美紀ちゃんは、鹿島さんのことを好きなんでしょう?」

 

 頭がクラクラした。


「好きだよ。好きだけど……、でも、だって、先輩はお姉ちゃんのことが好きなのに」


「でも、鹿島さんは気づかなかったでしょう?」

「!?………………」


 お姉ちゃんの声は静かで、悪意の色も皮肉の響きもなかった。

 分からないことをただ不思議そうに尋ねる無邪気な子供のような……。


「鹿島さんは、美紀ちゃんだって気づかなかった。


 だから、鹿島さんにとっては美紀ちゃんでも私でもどっちでもいいのかもしれないって、そう思うの」


「そんな、そんなわけ……」


「ううん、もしかしたら、鹿島さんが最初に好きになったのだって美紀ちゃんなのかもしれない。

 だって、鹿島さんは美紀ちゃんが健吾くんとつきあってるって思っていたでしょう? だから、もしかしたら鹿島さんは美紀ちゃんを諦めて……」


「いい加減にして!! 何でそんなこと言うの!?

 先輩がそんな人なわけないじゃない!!

 先輩はお姉ちゃんが好きなの!! 代役とか身代わりとかそんなこと考えたりしないの!!」


「じゃあ、どうして、気づかないの?」


 壁があった。

 絶対にあたしの方が正しいはずなのに、それ以上言葉が出てこなかった。

 お姉ちゃんの言葉はシンプルで、それなのに巨人みたいにあたしの前に立ちふさがっていて、あたしが何を言ってもビクともしそうになかった。


「ごめんなさいね。でも、きっと、これが一番いい方法だってそう思ったから……」 


「何が一番いいのよ!! こんなの、こんなの最低じゃない!!」


 でも、このまま健吾とつきあっても、

 啖呵きって別れても、先輩に振り向いてもらえる可能性なんてもう何も残ってなかった。

 お姉ちゃんのフリをして先輩とつきあう。

 それ以外に先輩に好きになってもらう方法なんてなかった。


 もうどうしようもなかったのだ。

 それでも、最後に残った理性は抵抗を続ける。

「……あたし、お姉ちゃんだったら、先輩のこと譲ってもいいって、

 ……そう思ってたんだよ?

 ホントに、そう思ってたんだよ?」


 もう、本当にどうしようもないのだろうか。


 お姉ちゃんはいつも優しくて、おしとやかで、

 そんなお姉ちゃんとだったら、先輩だってきっと幸せなんだろうってそう思ってたのに。

 

 でも、今では、お姉ちゃんのことなんて何も分からなかった。


「……美紀ちゃんは、今でも、鹿島さんを譲ってもいいって、そう思えるの?」


 先輩が、かわいそうだった。

 先輩が好きになったお姉ちゃんは、先輩を好きになってはくれなかった。

 

 先輩が好きになったお姉ちゃんは、好きでもないのに告白を受けて、先輩の気持ちを踏みにじって……。


 ―――譲ってもいいなんて、そんなの思えるはずなかった。


 だから。


 口を結んでキッとお姉ちゃんを睨みつける。


 怒りは、あっという間に全身を駆けめぐり、決意に変わった。

 そして、あたしの前に、赤と青のリボンが差し出される。


『どうするの? 美紀ちゃん』


 お姉ちゃんは何も言わなかったけど、あたしにはそう聞こえた。


 どうするかって、そんなの決まっていた。


 本当はそんなことやりたくない。


 でも、もう仕方がないのだ。

 悔しさも哀しさも腹立たしさも全部飲み込んで、力に変えた。

 足を踏み出してお姉ちゃんの横をすり抜ける。うつむいたまま、すれ違うと同時に


 「お姉ちゃんなんて、大っ嫌い」


 低く、吐き捨てるように呟いた。

 

 たった一言なのに、その一言に、世界をぶち壊すのと同じくらいの勇気が必要だった。

 言うと同時にあたしはお姉ちゃんから青のリボンをひったくって、叩きつけるみたいにドアを開けて外にでた。

 

 もう、涙は流さなかった。


 力一杯、地面を漕ぐみたいに足を動かす。


 一段とばして階段を駆け下りて、一番最初の曲がり角を左に曲がって、怒鳴り散らすみたいに足を進める。

 唇を結んで、眉を吊り上げて、思いつく限りの罵声を想像の中のお姉ちゃんに浴びせ続ける。

 嘘つき。

 卑怯者。

 人でなし。もう口もきいてやらない。顔も見たくない。

 同じ空気を吸ってるだけで吐き気がする。


 もう、お姉ちゃんなんて………。


 でも、本当のことを言えば、両足はガクガク震えていた。


 そっぽ向くみたいに飛び出してきたのだって、怖じ気づいてお姉ちゃんの顔をまともに見られなかったから。


 パニックになって、頭の中は幼稚園児の落書きみたいにグチャグチャで、

 自分がどこに向かっているのかも分かっていなくて……。


 それでも、もう、後には引けなかった。


 どことも分からない場所を一人歩いた。


 周りには誰もいなくて、自分の足音が耳にうるさくて、やるせない気持ちと同時に飲み込んだはずの感情が溢れてきた。


 お姉ちゃんに騙されたことが悔しくて、先輩がかわいそうで、無性に腹立たしくて、


……もう、お姉ちゃんのことなんて、何も分からなかった。

 優しくて、あったかくて、


 お姉ちゃんのこと、

    ずっと、ずっと大好きだったのに。


 一度、足を止めて、第2校舎3階の窓から空を見上げた。


 神様は相変わらずのいじわるで、こんな日だっていうのに空は抜けるような秋晴れで……


 もう、涙は出ない。だけど……



 お姉ちゃんのことが分からなかった。


 本当は、それが一番悲しかった。


(一章おわり 次回更新予定2月25日(火))

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る