第17話 心配しないでよ優紀さん(一章終了まであと2話)

 「へぇ~、お弁当、優紀ちゃんがつくってるんだ」


 「ええっと、まあ……」


 しばらく四人でご飯を食べて、当たり障りのない会話を続けていたら、

『優紀さんは、すげえ料理うまいんですよ』っていう健吾の一言から、

 急にお弁当の話になった。

 

絶対に、絶対におもしろがってるとしか思えなかった。


「あ、ちょっと一個もらっていいかな?」


「えっ、あ、はい。何がいいですか?」


 先輩が玉子焼きを所望したから、あたしはそれを箸でつまんで……


 本当の彼氏彼女だったら、ここで『あ~ん』って、してあげるのかもしれない。

 

 いや、さすがに人前ではしないかな?

 でもとにかく、あたしは先輩のお弁当箱の端っこにそれを置いた。

 だって、偽カップルなのだから仕方がない。

 

 ちょっとぎこちないかもしれないけど、『お姉ちゃん』の行動としては十分あり得ることだ。

 それに、この場所でラブラブなところを見せつけようものなら、何が起こるか分かったものではないのだ。

 

 だって、ここはお姉ちゃんの教室なのだから。

 

「うん。おいしい」

 

 それはそうだろう。


 主婦歴十年近くになるお姉ちゃんの作品なのだから。

 

 幸せな顔をしている先輩が少しかわいそうで、でも、その鈍感なところにちょっと腹が立った。


 ……健吾は一発で気がついたのに、なんて思ってしまうのだ。


 ただ、かれこれ十年以上のつきあいになるミサちゃんでさえ気づかなかったのだから、それは無茶というものだろう。


「あ~あ、いいな、ラブラブで」


と、コレはあたし、もとい、お姉ちゃんのセリフ。


「お姉ちゃんもとられちゃったし、あたしもそろそろ彼氏つくろっかな~~」


 ちょっと、お姉ちゃん。あたしの姿で勝手なこと言わないで欲しい。


 しかも、お姉ちゃんは、『ね、健吾?』とかって思いっきり誤解されそうな発言をつなげた。


 さっきの『優紀×鹿島ショック』の衝撃もようやく沈静化してきたA組に、新しい爆弾が投げ込まれ、


 昼時の喧噪に呑まれていた教室は、

 怪奇現象みたいにシーンと静まりかえってしまった。


「……おい、なんで俺にふるんだよ」


 健吾も同じことを思ったようだ。心底迷惑そうな顔をしている。


「だって、あたしが彼氏つくるって言ったら健吾ぐらいしかいないじゃない」

 

 吹き出した。

 

 口に何も入ってなくて、本当に良かったと思う。

 そんなあたしをよそに、お姉ちゃんはどんどん話を進めていく。


「あたしね、ホントはずっと健吾が好きだったんだ」


 そう言って、上目遣いに健吾を見つめるお姉ちゃん。


「ねえ、健吾は、あたしじゃ……、イヤ?」


 カワイイ。

 とかって見とれてる場合じゃなかった。


 あたしは両手を小さくばたばたさせて抗議の合図を送ったけど、お姉ちゃんは全然こっちを見てなかった。


 健吾は、黙ってお姉ちゃんを見たまま、何も言わなかった。


 クラス中が、次の健吾のセリフを見守っていた。


 そんな中、健吾は肩の力を抜くように笑った後、あっさりと言った。


「ああ、いいぜ」


「ちょ、ちょっと健吾くん」


 思わず、口を挟んでしまった。

 アンタはそれでいいのか。そう言って首根っこ掴んで振り回してやりたかったけど、そんなこと『お姉ちゃん』のすることじゃない。


 っていっても、もう何が『お姉ちゃんらしさ』で何が『あたしらしさ』なんだか、全然分からなくなっていた。それでも、とにかく、あたしはあたしの思い描くお姉ちゃんらしく健吾を問いただすことにして


「ね、ねえ健吾くん。そんなに簡単に決めてしまっていいの? 健吾くんの気持ちは、どうなの? 本当に、美紀ちゃんとうまくやっていけるの?」


 「心配しないでよ優紀さん。だってさ、俺だって……」


 健吾は、あたしの方を見ていた。

 

 でも、健吾が見ていたのが『美紀』なのか『優紀さん』なのか、あたしにはわからなかった。


 健吾は、一度言葉を切って、こうつなげた。



「俺だってずっと、美紀のことが好きだったんだから」

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